鬼葬【交流企画:ガーデン・ドール】
マギアレリックである鬼の面は、壊そうと力を入れれば思ったよりも楽に割れた。
やってしまった。
立ち上る黒いモヤを、ヤクノジは緊張の糸が解けたように眺めていた。
きっとすぐに全校生徒へ通知が行くのだろう。
いつものマギアビーストのように。
やってしまった。
覚悟を持って行ったが、それでもやはり背中に嫌な汗が伝う。
これは明確な、ドールに向けての加害行為だ。
ヤクノジに出来るのは、討伐に向かうことだけ。
足元に絡み付く不安を引き摺りながら、対策本部の扉を叩いた。
マギアビースト討伐の第一陣は、必ず四人での出撃を求められる。それ以降なら四人以下でも構わないが、それが決まり事だった。
故にヤクノジは、対策本部の椅子に座り人数が揃うのを待つ。
「……なんか緊張する……」
ぼそ、と机に突っ伏したまま小さく呟けば、不意に聞こえたノックの音に顔を上げた。
やってきたのは、どちらもクラスグリーンでヤクノジと同じ大輪級のヒマノ・リードバックとロベルトだ。
「こんばんはー、誰かいますかー?」
柔らかく間延びしたヒマノの呼びかけに、ヤクノジは片手を上げる。方やロベルトはしばらく前にヤクノジの恋人と決闘した記憶が尾を引いているようで、どことなく距離があった。
「……大丈夫だよ。まあ……思い出すのは嫌だけど、意味があったんだから」
「……むぅ」
「一先ず、マギアビーストをどうにかしようって気持ちは一緒でしょう?それでいいんだよ」
ヤクノジが手招きすれば、仮面越しでも分かる程に複雑な気持ちを抱えたロベルトが近寄ってくる。
正直、ロベルトとリラの決闘についての衝撃はまだ完全に癒えていない。癒えてはいないが、それがただの殺し合いではないと分かってもいるので、深追いはもう不要だ。
「あら、ロベルトさんと…ヤクノジさん。ロベルトさんはともかくヤクノジさんが第一陣にいるのは珍しいですねー」
「いやあ、その……レリックの管理の為には、壊すことも必要かなって……さっき壊したんだ、鬼の面」
ヒマノの言う通り、ヤクノジが第一陣に来ることは少ない。
ヤクノジは第二陣以降、最初の出撃メンバーと入れ替わるようにして討伐に出ることが多いドールだ。今日のように、誰よりも早く対策本部で待機しているようなことは先ずない。
珍しいその理由を告げれば、聡いヒマノの目が瞬いた。
「…そういうことですかー。
確かに壊れる可能性があると怖いですものねー。
…あ、そうだ。そういうことなら伝えておかないとー、ですね」
そしていつも通りの穏やかさで、言葉を綴る。
「実は…マギアビースト討伐後に付与されたマギアレリックを壊れる前のマギアレリックに戻す方法があります。それも…壊れない形にした上で」
「壊れる前に戻す……?壊れずに?え、そんなすごい方法あるの?」
ヤクノジが首を傾げれば、こくりとヒマノが頷いた。
「はいー。映画館のマギアビーストが討伐された際に多目的室に設置されたマギアレリックを覚えていますかー?意思を持つマギアレリック?でピアターさんというらしいのですがー。
その子のもつ異常が時を戻すこと…でした。今は物の時間を戻すことができることしかわかっていないんですけれどー」
映画館に出現したマギアビーストのことは、ヤクノジもよく覚えている。
かなり特殊な個体で、マギアビースト本体と戦うのではなく、投影されたマギアビーストのようなものと戦う必要があった。
討伐の通知に加えて、多目的室にマギアレリックが設置されたという通知があったのも覚えている。
「それで…ぼくはこの子の時間を戻していただきました」
ヒマノがそう言いながらヤクノジに見せたのは、一本のハサミ。
ヤクノジもその能力は知っており、尚且つ壊れたことも知っていたマギアレリックだった。
「せんせーにみてもらったところ、他のマギアビーストから出たものと同様に『決して壊れることはない』という説明が付加されていましたー」
「……あの時のレリックだ!すごいね、戻せるなら便利だね……」
壊れたことを自分の目で見ていたからこそ驚いた。
マギアレリックが壊れ、マギアビーストを出現させること。そしてそのマギアビーストを討伐することで壊れないマギアレリックが生じるが、それは以前とは違う能力を持つことになる。そこまではヤクノジも知っていることだったが、その先もあるとは。
「もちろんただでやってくれるわけではないですー。ものをあげるひつようがあります。多分仮想戦闘で手に入る☆5ステッカーを上げればしてくれるんじゃないでしょうかー。食べてましたし」
「あ、他のレア度のものは受け取っていただけませんでした」と付け加えるヒマノの話を聞きながら、ヤクノジは何か違和を感じた。ステッカーというものは、食べられるものだっただろうか。
「あのステッカー、自販機以外の使い道があったんだ……え、今食べるって言った?」
「まあ、一度お話に行くのはアリだと思いますよー」
自販機というのは、比較的最近対策本部近くに設置されたものだ。
マギアビースト討伐や仮想戦闘で入手出来るステッカーを使用すると、謎の飲み物が出てくる。それを飲めば自分の能力が何かしら向上するという、その効果まで謎のシロモノ。
しかも味は酷く不味い。苦いとか辛いではない。不味いのだ。
「……有難う、そういう話を聞けて気が楽になったよ。やっぱり、僕のワガママで皆を危険に晒しちゃうわけだし」
そう。
今回ヤクノジは壊れる危険性があるマギアレリックを壊れない形にすることで、より安全な管理をしようと考えての行動だった。
そういう理由があったとしても、その過程でマギアビーストは出現することに変わりはない。周囲のドールを危険に晒しておきながら、大した収穫がなかったというのは避けたい。
討伐後にマギアレリックは再配布されるが、他のドールの手に渡る可能性も高く、それに関しては寮の掲示板に頼み事を書いた。自分以外のドールの手に渡った場合、どうか譲って欲しいと。
その際には相当の礼をするとも書いたが、傲慢な願いかもしれない。
ひとつの悩みが落ち着いたとしても、次の悩みがやってくる。日頃から即断即決というドールではないが、ヤクノジはいつも以上に思考を捏ね回すことになっていた。
そんな考え事をしている間に、イエロークラスのドールであるリツがやって来たことで第一陣の人数が揃った。
「……あ、リツちゃん。これで、人数は揃った……ごめん、皆の力を借りるね」
「……応」
「もちろんですよー。よろしくお願いしますねー」
短く応えるロベルトと、いつも通りのヒマノ。
少し前からロベルトの言動は変化していたが、きっとそういうことなのだろう。
自分と同じ理由。ガーデンにおいて、人格が変化するなんて理由はひとつしかない。
その詳細を聞くのは、止めておいた。
ドールそれぞれの歩みは、好奇心でつついていいものではない。
「皆が何か困った時は、僕も力になるから。……お面が無い戦闘、ちゃんと出来るかなあ」
ヤクノジは少し困ったように笑った。こういう時に長く使っていた鬼の面は今、手元にない。そんな戦闘は久しぶりだ。手持ち無沙汰に準備運動などをしてみれば、リツがニッと笑う。
「なんとかなるなる、ダメな時はあたしがカバーするし」
「ふふ、有難う。……うん、なんか大丈夫な気がしてきた。頑張ろうね!」
紅い。
紅い雨が降っている。
太陽の花を、真っ赤に染め上げて。
紅い雨が降っている。
武器と強化バッヂを着けて訪れた夏エリアは、紅(くれない)に染まっていた。
降り続く雨が身体を撃つ。痛みが走る。
ふと出撃した面々を見れば、ヒマノやリツのような髪も服も淡い色の二人は髪も服も赤を帯びて、ロベルトの白い仮面は赤い涙が伝っているように見えた。
第一陣の仕事は、タイムリミットまでに出来る限り相手の動きや必要な情報を集めること。
それぞれが武器を構える。
紅い雨が降る。
誰も寄せ付けないような雨。
その雨が一層強くなる中で見えたのは、獣なのか傘なのか。
強制帰還バッヂが起動し、紅く染まった身体が対策本部のベッドに打ち付けられる。
武器とバッヂをアスナロに返却し、やってきた第二陣に情報を託す。
次に自分が出撃出来るまで、ヤクノジは待つことしか出来ない。
紅い雨に体力を削られ、倒れてしまったヒマノとリツがある程度回復してから、対策本部で面々と別れる。
ドールによっては対策本部にしばらく残るものもいるし、真っ直ぐ寮に戻るかと言われるとそうでもないこともあるからだ。
ヤクノジは寮に帰り、自分の寝間着を引っ掴むと無言のままスーツのままシャワールームへ入った。
髪色とスーツの色で分かりにくいが、ヤクノジもたっぷり紅い雨を浴びて紅く染まっている。
スーツのジャケットの裾を軽く絞ると、ボタボタと紅い雫が落ちた。
「……やっちゃったなあ」
自分の感情を誤魔化すように無理矢理笑顔を作る。
シャワーで紅い雨を洗い流しても、心の隅が紅く染まったままのような気がした。
#ガーデン・ドール
#ガーデン・ドール作品
企画運営:トロメニカ・ブルブロさん
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