断線、決壊、崩壊。【交流企画:ガーデン・ドール】
溺れる。
世界に、溺れる。
感情に、溺れる。
意識は罪悪感に絡め取られる。
自我は砕かれ、千々になって。
上書きも消去も出来ない記憶。
上書きも消去もしたくない思い。
嗚呼、楽園とは。
こんなにも遠い。
教育実習生のグロウがガーデンを去った深夜。
力尽きて床に転がっていた身体を起こし、薄く目を開けても。
変わるものは何ひとつなかった。
ついた嘘は勿論叶わず。
きっとグロウが戻ることはなく。
知ることは伝えられず。
別れひとつ耐えられずに。
ヤクノジはそれなりに思考し、分別のあるドールであると自覚している。
自覚はしているが、だからといって傷つかないわけでもない。
傷はつく。
感情を持つのだから当たり前だ。
痛みはある。
思考を持つのだから当たり前だ。
それでも、それで自分を不幸だと思うのは傲慢だ。
だからこそ言わない。
言えるわけがないのだ。
それは許されない。
自分には許されない。
この身体には許されていないのだ。
全てが。全てが。
積もり積もっていた。
ひとつひとつは小さな傷でも、治らないまま増えて行けばそれは深い傷となる。
癒えない傷口。
言えない傷口。
苦痛を叫びそうになる度に、それを飲み込んでにこりと笑う。
いつもならそれも可能ではあるが、今はそれも難しい。
シキの廃棄。
(もう会えない同期)
グロウとの別れ。
(さよならさえも隠した)
傷口から溢れ出るのは罪悪感。
喉元ギリギリまでせりあがるのは悲鳴。
ガーデンで目覚めた人格と、今の人格に違いはあれど。
ヤクノジというドールにとって、立て続けに付いた傷は生々しく残る。
むくりとベッドから起き上がり、ぼんやりと部屋を見渡す。
ペットののりまきは眠っているようで、ケージは静かなものだ。
「……」
普段ならば使わない傀儡呪詛をシーツに施し、揺れて踊るようなそれと合わせてふらふらと足を動かす。
その目が少し沈んでいるのは、夜のせいか。
やけに身体が重いのは、後悔のせいか。
くるくると戯れに回っても気は晴れず、すぐに呪詛を解いて再びベッドに倒れこんだ。
「……少しだけ」
自室の扉にそっと凭れて、結界奇跡を発動させる。
自分を中心として広がった障壁は、部屋の形に広がっていった。
その代償にヤクノジでさえかなりの魔力を消費したが、それでも構わない。
誰も何も通さない箱の中でなら、息が出来る気がした。
結界が消えるまでは一時間。
一時間だけ。
一時間だけだから。
そうして、意識を少しばかり手放す。
息と共に弱音を吐いて、声にならない悲鳴を少しずつ空気に溶かす。
誰にも見せられない。
誰にも見せたくない。
今は誰にも明かせない。
どうか、どうか、今だけは。
罪悪感も何もかもを抱えて墜ちる。
とろりとした夢に墜ちる。
魔力も多量に消費して、少しぼやけた意識のままに。
今は、今だけは。
一人で溺れさせて。
朝になれば笑うから。
明日になればいつも通りだから。
僕は大丈夫。
僕なら大丈夫。
僕はまだ。
#ガーデン・ドール
#ガーデン・ドール作品
企画運営:トロメニカ・ブルブロさん
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