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架空の幸論を述べる。【交流企画:ガーデン・ドール】



センセーの端末が飛び出してきて。
触れられて、自分の身体が転移するその直前。


自分はただ、願うことを。

彼の幸福を願うことを、彼の自由を、彼のあたたかさを。

手放したくなかったのだと。

改めて、思った。


マギアビースト、煌煌魔機構獣の出現から一夜。


ある程度の落ち着きを取り戻したヤクノジは、静かに寮のリビングへと下りた。


魔力面など身体面では問題ない程には回復していたが、笑みもなく静かに行動する姿は見る者が見ればかつてのヤクノジのようでもあった。

けれど、今この場にはヤクノジがただ一人。

故にそうしたことを指摘する者はいなかった。


気付けがてらにコーヒーを淹れようとキッチンに向かいかけた足が止まる。

そこには誰かが置いたらしい花束があった。


ガーデンにおいて花は身近なものだ。
校則にも関わる花。

美化委員のドールが花壇の手入れをしているだけでなく、他のドールも雑に花々を扱わないからか、ガーデンは美しい花が常に咲いている。

花が身近にあり、それ自体はヤクノジも心地よいと思う。


この花束も、誰かが何かしらの祈りと共に作ったものなのだろう。
丁寧に纏められた花を見れば、ヤクノジでもそれくらいは分かる。


「……」


無言のまま、その束を解く。

キッチンの片隅に置かれていた陶器製の花瓶に水を注ぎ、そこに花束だった花を活けた。


一度水の中で茎を切ってから花瓶に刺す方がいいというのも知ってはいたが、それをするだけの精神的な余力はない。


ケガをしているわけでも、どこか痛めているわけでもないが、何処か身体が痛む気がする。
気のせいにするのははっきりと認識してしまうので、口元は引き結ばれたままだ。


自分の感情と現状の出来事を一緒くたにしないヤクノジだが、それでも思うことはある。

自分が何をすべきなのかも分かってはいるが、今の状態で戦おうとしたところで今度こそ心が折れる。

己は心の傷が癒えにくいほうなのだということを、ヤクノジは今更ながらに知った。


「……」


端末の通知を読み、とある通知に気をひかれた。


それがワガママなのは痛いほど分かっていた。
幼稚な感情なのだとも。

それでも、そうしなければいけないと身体の内側から声がする。
後悔をするなと。自分のための行動を許せと。


ふつふつと内側から湧き起こる衝動をそのままに、コーヒーを飲んだカップを片付け、リビングを出た。



夏エリアは、来た事を少し後悔するほどの気温と湿度だった。

それに加えて夕方独特の強く照らす西日は力強く、髪も服の色も暗いヤクノジはじりじりと焼かれているような感覚になる。


夏エリアで立ち尽くしているようなマギアビーストは、リビングで見た情報交換ノートに書かれていた姿よりも何処か硬質というか、無機質に見える。

今までのマギアビーストも同じようなものではあるが、その中でも特にそう見えるのは、姿のせいか。


槍のようなものを持ち、盾のようなものも持っている。生き物というより中に何もない鎧というようなイメージだ。


「……スーツじゃ少し暑いな……」

スーツの袖を多少捲ろうが変わらない気温だ。涼しさは諦めて袖を捲ろうとした手を止めて、ネクタイを軽く整える。

武器になりそうなものひとつ持って来なかったヤクノジだが、ここに来る前にネクタイを変えた。

淡いピンクのネクタイ。グロウのネクタイだ。

グロウとは少し色合いが違うが、濃いグレーのスーツにネクタイはよく映えた。


これが彼かは分からない。
前例はあるが、だからといって全て同じとは限らない。
それでも、仮に彼がそこにいるとして。


「グロウ先生、そこにいますか?」


声をかけてみる。
日頃ガーデンで会話していたときのような気安さで。


マギアビーストからの反応はないが、それでも良かった。
どういう反応が来ようが、もしも攻撃をされようが、それでも。


「グロウ先生、ガーデンに帰って来ませんか?やっぱり皆、寂しがってる」


再び声をかける。


もしもこれが彼だとして。
全てが彼ではなかったとしても、少しくらい彼がいればいいと声をかける。

それが無意味なのだろうと、とうに分かってはいても。


一人で向き合ってみたかった。
誰かと共に行く時ではなくて。
一対一で、向き合っておきたかった。


そうしないと、自分は戦えない。
グロウの願いを、自分の願いを、踏みにじってしまうような気がしたから。


立ち尽くしていたマギアビーストが、小刻みに震えている。
夕日に照らされたその姿は、何処か不安げに見えた。


そんな煌煌魔機構獣に、呼びかけを続ける。
話すことはもう限られているし、恐らく自分の行動をそろそろセンセー辺りに察知されてしまう筈だ。

それでも焦ることなく、穏やかな目のままで言葉を続ける。


「……僕は、先生に言えなかったことがあるんです。伝えられなかったことがある。それを、グロウ先生に謝らないといけないんです。だから、帰ってきませんか」


叶わなくとも。

それは本当だ。


もしもこの異形がグロウ先生なら。

そうでなかったとしても、この言葉を何処かで聞いていてくれるなら。


それでいい。

今の自分の行動が葬送の先の行動だというのは、分かっている。


分かっているからこそ、こんなにも身体中が痛い。

心も身体も、傷のない痛みだらけだ。



煌煌魔機構獣は特に反応を見せない。
それも仕方のないことなのだろう。


そうしてひとつため息を吐いたタイミングで、目の前にセンセーの端末が現れた。

次の瞬間には転移奇跡が発動されてしまう。


その秒以下で、視界に煌煌魔機構獣と呼ばれたその姿を刻み込む。



目を閉じて開けば、ガーデンの職員室だった。



『校則違反を確認したため、罰則ポイントが5ポイントつきます。ガーデンはキミが優等生であることを願っています』

「うん。ごめんね、センセー。こういうことは、あんまり良くないよね」


センセーからの淡々とした罰則通知に、ぎこちない笑みを返す。


センセーという端末に関しては好きでも嫌いでもない。そもそも、今回センセーが行ったのは危険地帯に赴いた生徒の救出であり、それは教師としての責務を全うしているものだ。
それは、感謝すべきことだと思う。

ガーデンについては思うこともなくはないが、ヤクノジはどういうわけかこの端末を嫌いにはなれなかった。


大したことは何も知らない。
ガーデンのことも、センセーのことも。
知らないからといって、嫌う理由にもならない。



職員室を出ながら、あの時間を思い出す。


煌煌魔機構獣への呼びかけを邪魔をされたとは思わない。
過去の例から考えても意思疎通は難しいものだし、恐らく何も届いていない。

だからただの自己満足であり、自分はそのためだけに危険を冒した。
罰則がつくのは当たり前のことだろう。

ここが集団である以上、誰かと関わって日々を営む場である以上、決まり事とそれに対する罰というのは存在しなければならない。


だからヤクノジは素直に罰則を受け入れた。
たとえそれが贖罪券でどうにかなるものだとしても。
普段の自分らしからぬ、安易な行動だったと自覚しているから。


未練に蹴りをつけるというような、大それたものでもなく。

そこにも至らない、周りから見れば馬鹿馬鹿しい行動だと分かっている。


分かっている。

本当のことも。


そして。

そして。
そういうことならば。

願うことがある。
思うことがある。

細やかで、他愛のない願いごと。

それでもいい。
それがいいと。


多分あなたは頷いてくれるから。


「バグちゃんから贖罪券買わなきゃ……」



言いながら、空を見上げる。
まだ空は、明るさを保っていた。



#ガーデン・ドール
#ガーデン・ドール作品
企画運営:トロメニカ・ブルブロさん

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