冬の約束、春の約束。【交流企画:ガーデン・ドール】
さあ、約束の続きをしよう。
ガーデンの季節が目茶苦茶になり、校舎や寮が寒さと雪に閉ざされていた頃。
「リラ、こっちだ」
夜の校舎、プールサイド。
ヤクノジはリラを連れ出していた。
「此処でなら、冬エリアに行かなくてもスケート出来るからな」
「わ、すっかり冬模様ですね…!」
降った雪も解けない寒さは、校舎にあるプールをスケートリンクにしてしまう程だった。
それならば、とでもいうように貸し出された二人分のスケート靴を片手に、ヤクノジは手招きする。
昼間ならばまだ雪遊びに興じたりするドールを見かけるが、夜ともなればその影すらも見えないガーデンの敷地。勿論、ドールによって活動時間にバラつきはあるので夜中に出かける者がいてもおかしくはないのだが。
てんでばらばらになってしまった季節の石をいくつか回収はしたものの、それでも事態の収束には至っていない。
それ故にまだ雪の季節が終わる気配はなく、ならば遊ぼうという理由である。
スケート靴を履いてプールへと滑り出せば、しっかりと凍り付いていて不安定さは全くない。
すっ、すっ、と最初はぎこちなく踏み出していた足運びも暫くすれば安定し始め、滑るという行為を楽しむことが出来た。
スケートリンクとなったプールに、ふたつの笑い声が響いていく。
「ヤクノジさん!」
名前を呼ばれて振り向くと、その光景にヤクノジは息を呑んだ。
スケート靴を履いたリラの足元がきらきらと光り、滑っていく先を照らしていた。
滑った跡が光の線のように視界に残っていく。
純白の螺旋が夜の闇に流れていく。
その光に、ヤクノジは見惚れていた。
「それは……魔法か?」
「はい!発光魔法と言って、光る対象は自分の体しか選べないんですが…」
「そうか、今なら魔法を使ってもいいのか……」
全身を淡く光らせて踊りのようにくるくると回るリラに、ヤクノジは思い出したように呟く。
魔法や魔術の訓練はしていても、日常的に使用することが少ないこともあってついつい意識の外になりがちだったのだ。
ヤクノジがすっと片手を上げれば、周囲に雨粒ほどの水の塊がいくつも浮かんでいく。
その水泡たちは月や星、ガーデンの人工的な光を受けてきらきらと光る。
雨の雫と似ているようで違うその泡は、何処か幻想的だった。
「……ブルーの水泡魔法。ちょっと面白いだろ?」
「水の玉が……!…凄いです、光が通ってキラキラですね…」
「あんまり、使い所はないんだけどな。リラには色々見せてもいいかなと思って」
リラの反応に少し気を良くしつつ、放散魔術を水泡にかける。
水の泡は小さな氷の粒となり、水とは違うきらめきを見せて周囲に散らばっていった。
「今だと、水の上を歩くのは難しいんだよな。プールは凍ってるし、他のエリアも季節が滅茶苦茶で丁度よさそうな場所が思い浮かばないし。かといって液化……は、見てもあんまり面白くないしな」
未来は分からない。
薄暗いところを隠そうともしないこの場所(ガーデン)では。
これから、なんて約束は何一つ意味を成さないかもしれない。
それでも、ヤクノジは笑みを見せた。
「だから……約束する。雪が溶けたら、歩行魔法も見せるよ」
その約束は、まだ雪が降る頃。
二人の関係が、変わる前の頃。
そして、雪が終わって。
「リラちゃん、こっちこっち」
ヤクノジは再びリラと共に夜の校舎、プールサイドを訪れていた。
「歩行魔法を見せるのは、雪が溶けてからって約束したでしょう?」
言葉にしたのは、雪が消える前の約束。
ヤクノジが変化する前の約束。
同じ場所であっても違う景色の中で、ヤクノジは歩行魔法を唱える。
水面を滑るように足を運んでプールの水面を歩いてプールサイドへと戻れば、魔法の効きに問題はないようで沈む気配はなかった。
「ほら、リラちゃんも」
プールの水面へリラの手を引くと、リラの身体は手を引かれるままに動く。
けれど、その足元はすぐに水の中へ引き込まれそうになってしまった。
「わっわっ」
「おっと、……危ない危ない」
水上歩行は手を繋いだリラにはかからないようで、慌ててリラに浮遊魔法をかけてプールサイドへと戻す。
幸いなことに靴が少し濡れた程度で、服は濡れていない。
疎水魔法をかけた上で浮遊魔法をかければいいのか、それとも……と少し考えてからもうひとつ浮かんだ案をヤクノジは口に出した。
「手を繋いでたら大丈夫かなって思ってたんだけど、ダメだったね。抱っこしたら出来ると思うんだけど……どうする?」
ちょっと困ったような、期待しているような、そんな顔で問い掛ける。
恋仲とはいえ、そして関係を隠す事なく公言しているとはいえ、こうしたことを自分から言い出すのはヤクノジでも流石に少々恥ずかしいものだった。
「…ふふ、じゃあ、お願いしますね?」
照れ混じりに、それでも自分を信頼してくれるリラの笑みにこくりと頷く。
失敗しても怒ったりはしないだろうが、そうだとしてもリラの気持ちには応えたい。
「……じゃあ、失礼して。『実行。たゆたう、うつろう』」
ひょいとリラを横抱きに抱えて、念の為に魔法を詠唱する。
大切な存在を抱えた状態で、僅かなミスさえしたくないのだ。
格好悪い姿を見せたくないだけではなく。
恋人の隣に胸を張って立っていられるドールでいたいから。
しっかりとその重さを愛おしんで、改めて水面に足をつける。
そのままもう一歩。
もう一歩。
「今度は成功したね……。手を繋ぐだけじゃ、やっぱり違うのかな」
誰かと魔法を使うことがなかったヤクノジが、違いを探すように呟く。
「でも、少しだけ嬉しいかも。リラちゃんを抱っこする口実になりそうだから。……浮遊魔法使えって言われるかもしれないけど」
そして、そんなこと言わないでね、と笑う。
ふにゃりと、照れと嬉しさを滲ませて笑う。
プールの水面で、くるくると。
恋人を抱えて、踊るように足を運ぶ。
雪がなくなって、関係が変わっても。
約束は、果たされた。
#ガーデン・ドール
#ガーデン・ドール作品
企画運営:トロメニカ・ブルブロさん
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