鎧は砕けて、星になり。【交流企画:ガーデン・ドール】
何が正解なのか。
どうするのが最善なのか。
ずっと考えていた。
最後の最後まで。
いっそ危害を加えられないのなら、「彼」をそのままにしても構わないのではとさえ思った。
それが出来ないから、戦わねばならなくて。
そうして、全ては終わった。
自分の手元に残るのは、淡いピンク色のネクタイと白い折り鶴、そして三つの無傷の飴。
思い返してみても、未だに悔いが残る。
ベッドに仰向けになったヤクノジは、軽く目を伏せて思考の海に自分を浸していった。
最初、そう、最初は。
何が有効なのかも分からなかったが、飴を包みごと触れさせることで変化が起きた。
グロウ先生が生徒に渡していた感情の飴。
星柄の包みが印象的な飴。
だから、マギアビースト対策ノートでその情報を仕入れ、自分も他のドールと同じように自分が与えられた飴を触れさせた。
共に出撃した面々の飴は割れたが、自分の飴は何一つ割れることがなく。
三つ全て触れさせても変化がなかったので剣で切りつけたが、ダメージを与えられたという感覚はなかった。刃が通らない。傷がつかない。そんな感覚だった。
無意味になってしまった飴を、逆に傷付かなくて良かったと大切にしまい込んだ。
どうやら、既に触れさせたことのある感情の飴や、他のドールから譲渡された飴は変化がないようだった。
ヤクノジが持っていた感情の飴は既に誰かが触れさせたあとで、効果を失っていたということらしい。
それでも、良かったと心から思った。
割れてしまうのは、少し苦しい。
だから、これで良かった。
マギアビースト討伐には、出撃のクールタイムというものがある。
連続で出撃することは出来ない。
なので、次に戦える時までに出てきた情報を確認し、自分がどう動けばいいかと考えたりするのが主にできることとなる。
ヤクノジが待機している間に、状況は変化していた。
ドールたちはそれぞれがそれぞれに感情の飴を触れさせ、それによってか煌煌魔機構獣の身体には罅のようなものが入り、何処か痛々しい姿になっていた。
寂しい姿だな、とヤクノジの口から零れるほどに。
共に出撃したククツミやリラ、レオの表情も曇るほどに。
それでも、自分たちがドールであり、煌煌魔機構獣がマギアビーストである以上相容れない。
そういうことになっている。
自分が知る上では、そういうものだ。
だから思考を止めて戦うというわけではなく。
頭はずっと何かを模索していた。
「まだ魔法を試していない」というノートの書き込みを見て、それぞれ魔法を試すことが出来るドールは試すことになった。
ヤクノジもその例に漏れず、今まで付けたことのない魔力強化バッヂを着けて戦闘に赴いた。
ククツミの集光魔術が通ったのを確認し、自分も魔術を行使する。
「実行。奪う、与える」
最初に仕掛けたのは放散魔術。
熱に関わるこの魔術は、日常でしばしば使うことはあれど、マギアビースト戦に有効なのか分からない。
分からないが、だからこそやらなければ。
小さく詠唱をして問題なく発動した魔術であったが、煌煌魔機構獣には効いていないようだった。
魔術そのものが無効なのではなく、放散魔術が効力を発揮するには相手が大きすぎる。そんな感覚だ。
駄目か。
となれば、使えそうなもう一つに賭けるしかない。
樹氷魔術。
「うーん、じゃあ樹氷かあ……」
口に出す言葉は出来るだけいつもと同じような穏やかさで。
そうしないと、己の思考に飲まれてしまいそうだから。
「実行。散る、爆ぜる」
樹氷魔術の詠唱と共に、氷柱が煌煌魔機構獣を襲う。
どこまでのダメージとなったのかは分からないが、それでもまだ武器を振るうより手応えがある。
共に出撃したイエロークラスの面々が集光魔術を次々に放つように、ヤクノジももう一度樹氷魔術を叩き込んだ。
魔力強化バッヂには使用限界がある。
あっという間に限界になってしまったので今度は剣で挑むが、やはりその手応えは初めて戦った時と変わらず、ダメージが通っていないと分かるものだった。
そして、次の出撃。
煌煌魔機構獣の姿は、また一段と痛々しいものになっていた。
「……うーん……やだなあ、色々」
いよいよ、辛さが口から零れるようになってしまった。
共に出撃した面々は前回と同じくククツミ、リラ、レオの三人。
三人とも戦うことに思うことはあれど、戦わねばならないという顔をしていた。
崩れて、壊れそうな煌煌魔機構獣。
魔術も物理攻撃も効くようになってしまったらしいその姿は、悲しさすら覚えてしまう。
「こういうの、しんどいね」
感情を抑えて、苦笑する。
マギアレリックの鬼の面を装着して全力で斬りつければ、嘘のように攻撃が通った。
普段こうして剣を振るう時よりも、違う感覚。
より一層攻撃が入っているような、そんな感覚。
これなら、と思った瞬間。
煌煌魔機構獣の身体が崩れた。
「……え?」
自壊する。
煌煌魔機構獣の身体が、崩れていく。
そんなことがあるだろうか。
今までも立ち尽くしていたり、震えていたり、此方をじっと見つめるだけで。
一度の攻撃もなく。
何をするでもなく。
自分たちは、一方的に攻撃をしている。
それは、戦いなのだろうか。
もしかするとそれは戦いとは呼べない、もっと陰惨なものではないのだろうか。
それでも。
手近な言葉が見付からない。
だから。
「戦うことしか、できないんだよねえ……」
そう言うしかなかった。
そう口に出すしかなかった。
共に出撃したドールが煌煌魔機構獣に攻撃を仕掛けていく。
抵抗なく魔法の、武器の一撃が当たる。
その衝撃だけではなく、自らも壊れて輪郭を失っていく煌煌魔機構獣。
安らぎは。
何処にもない。
与えられないなら、
何もないのなら、せめて。
「……」
いよいよ言葉も出せなくなり、無言で剣を振るった。
願ったのは、穏やかな日々。
願ったのは、安らげる場所。
何かを探すにしても、何かを壊すにしても、安らげる基地が必要だ。
「彼」にあったのは、恐らくそうしたものへの親和性だったのではないだろうか。
少なくとも、ヤクノジが感じた「彼」への親近感はそうしたものだった。
嗚呼、もしも。
自分がもう少し早く飛び越えていたら。
嗚呼、もしも。
自分がもう少し早く道を決めていたら。
でもそんなものは、全て「もしも」の話。
全て「ここにはない」話。
「…………何が正解なんだろ」
絞り出すように、泣き出してしまいそうな声でそう呟いて凪いだ剣は。
煌煌魔機構獣の身体を砕いた。
その瞬間を、頭は理解を拒んだ。
砕けて、罅だらけの身体が空に昇っているのだと、視界さえも認識を拒んだ。
頭上が、空が明るくなっても。
その光が空に十字を描いても。
煌煌魔機構獣の身体を斬り付けたその姿勢のまま、ヤクノジは動けずに。
腕を下ろしたのは、空が闇を取り戻してからだった。
「…………」
ヤクノジはグラウンドに立ち尽くす。
星が流れる夜空の下、立ち尽くす。
(ああ、泣いてしまいそうだ)
きっと、リラが手を握ってくれなければ泣いていたのだろう。
声を上げて、泣いていたのだろう。
#ガーデン・ドール
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企画運営:トロメニカ・ブルブロさん
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