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行軍に比べれば、こんなことはなんでもない
写真は名作八甲田山の一シーンです。初公開は真夏でしたが東宝の劇場内は冷房を容赦なく利かせ気分は盛り上がりましたが、とても寒く困りました。
下記は昔書いたブログです。
行軍に比べれば、こんなことはなんでもない
2006年03月04日 18時31分47秒 | イタリアをバスで走る
この旅ではバスに乗る距離が長い。
十日間でおよそ2000キロ走る。
そして毎日早足で10余キロほど歩く。
その旅の一員に80歳を超える方がおられた。
その方に焼き栗を勧め、冬の旅は大変ではないかとたづねた。
いやなに中国で行軍していたときのことを考えれば、何ほどでない。
と、軽くいなされた。
たしかに、こちらは単なる観光だ。
おっしゃるとおりで、あるかもしれない。
しかし、中国を歩いていたのは、60年以上昔のことだ。
2023年1月追記
それでも、当時の行軍の方が苦しく辛かったのだ。
2023年クリスマス休戦もなく年を越えて、
ユーラシアの西で厳寒の戦場での死闘は今なお続いている。
中国に派兵された人から聞いた話です。
旅の目的に一つはモンテカッシーニの丘の上の
修道院を見ることだったそうです。
旅程の都合で訪ねられませんでしたがローマへの帰途に
その遠景を見ることができ感慨を覚えられたそうです。
ハワイ州の日系人米軍兵士がモンテカッシーニで戦い
多数の戦死の後に戦果を挙げるも、ローマの進軍の誉れは
他の部隊に任されましたが、ハワイの日系人の存在感を高め、
日系知事を生み出す要因に一つともなりました。
しかしモンテカッシーノで亡くなった日系の若者たちの命は戻りせん。
愛国心、大和魂の導を何処に置いて生きる時代であったのでしょうか。
下記の写真は当然半世紀以前のものです。しかし、ほど遠からぬ地で百年を待たずして。ほぼ同じ悲劇が繰り返されてことになろうとはイタリア旅行の当時には夢にも思っていませんでした。
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