#山尾三省の詩を歩く 11月
屋久島でも11月に入ると、太陽の光は少しずつ弱くなっていく。特に島の北側では、日射しを遮るどんよりとした雲の低く垂れ込める日が続くようになる。そんな空の下にツワブキの花は咲き始める。もちろん、小春日の暖かい日射しを受けて咲くツワブキもきれいだけれど、曇天の中に咲くツワブキの黄の花は沈み込んでいく気持ちをふわっと浮上させてくれる力を持っている。金色の花だ。
この詩は、屋久島での暮らしを通して、アニミズムに辿り着いた三省さんの極め付きのアニミズム賛歌と言えるのではないだろうか。
素朴な何の変哲もない野の花であるツワブキの黄の花こそ、自分の幸福のひとつの欠片であり、人生の意味だと断言する。
一面に咲きそろったツワブキの花に銀河系はあると訴える。
さらに、ツワブキはわたくしそのものだとまで言っている。
この詩は1998年の11月に書かれているが、その2年後の2000年11月に三省さんは末期がんの宣告を受ける。一縷の望みを託して東京の国立ガンセンターに行くが、手遅れであると言う結論は変わらず、意気消沈して帰途に付いた。
その帰り道、神奈川県の辻堂のある家の庭先にツワブキの花を見つける。そのツワブキの花が打ちのめされていた三省さんの心を生きようとする方向に転換させてくれたのは偶然ではなかったように思う。その10か月後にはこの世を去ることになるのだけれど、ツワブキの黄の花に励まされ、希望を紡いでいったことは確かである。ツワブキに学び、ツワブキのように咲き、そしてツワブキのように散っていけばいいということであった。
このことは『森羅万象の中へ』(野草社)に「銀河系の断片」というタイトルで三省さん自身が書いているので、興味のある方はそちらもぜひ読んでいただきたい。
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山尾 春美(やまお はるみ)
1956年山形県生まれ。1979年神奈川県の特別支援学校に勤務。子ども達と10年間遊ぶ。1989年山尾三省と結婚、屋久島へ移住。雨の多さに驚きつつ、自然生活を営み、3人の子どもを育てる。2000年から2016年まで屋久島の特別支援学校訪問教育を担当、同時に「屋久の子文庫」を再開し、子ども達に選りすぐりの本を手渡すことに携わる。2001年の三省の死後、エッセイや短歌などに取り組む。三省との共著に『森の時間海の時間』『屋久島だより』(無明舎出版)がある。