「灯台守」
「だいじょうぶずっとそうやってやってきたんだから」
電話口の声が妙に遠くに聞こえて、細切れになるはずの音節がくっついたままでいる。わからないのは、意味という殻を脱ぐということが起こるから、そうちょうど玄関で靴を脱ぐみたいな文化。疲れてしまって腰を下ろすけれどカーペットは冷たくないからキッチンで目を閉じるんです、夜は最近あまり眠れない。
大丈夫だよって言って欲しくて、自分ではない誰かにそれを教えて欲しくて、物語を作ったことがあるよ。鉤括弧はいつも同じ名で、無声音のセリフ。
小学生の頃、自分の名前の由来を調査するという宿題が出て、当然、答えのひとつを知っている人が家に帰ればいるとみんな無邪気に信じながら、さようならと頭を下げていた。名の内にあるものを抱きしめているものが、ここにひとりもいなくなったら抜け殻になってしまうということを、絵本が言った。泣いている怪獣と一緒になって泣いた頁だけ波打つ曲線を描いて本棚の中を浮いている。
結局、宿題を忘れた代わりに、もうひとつの名前を覚えている。2階の部屋の全部の扉に通じるホールで手を洗って口をすすいだ声、語呂が悪くてやめたけどと聞いた。
透明な名を飲んでいる。
言葉を守れ、と最近は言うのだ。
「灯台守」