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「湖畔」

「もしいま生きている時間が記憶の中だったとしても、あんまり違和感がないかもしれない」

 湖畔の岩場でいつもみたいに駄弁っていると、ハマは組んでいた胡座を崩して、膝を伸ばしながらそう言った。

 「なんでそう思うの」

 なんでそんなこと言うのかと問うことはふたりの間ではナンセンスだった。ハマがしてくれる仮定の話は、ちょうど現実と夢の間にある何層もの薄い膜の一枚に触れるような話で、ほんとうはこの二つは綺麗に二分化されるものではないとさえ思えた。

 「何度も同じところを再生しているような気になるんだよね、時々」

 声にならなかった息が音として漏れ出て、ハマがこっちを見ているのがわかった。湖の一番深いところを映し取ったような瞳の色がのぞいて、思わず湖の向こう側へ視線を泳がせる。対岸の木が揺れている。遠いはずのその場所の葉が擦れ合う音が聞こえるような気がした。

 「記憶の中って水の中みたいに息ができなくて苦しい感じがする」

 溢れた声で水が震える。ハマが息を吸ったのを見て、この震えが伝わっていることがわかった。

 「じゃあ、忘れる、は乾いてる感じがするよね。気づくと水を失ってる感じ。水の中はさ、苦しいよね、息できんしさ。でも、水は光を反射する。乾いてたら見えない光を見ることができる」

 ハマが震わした水面の、波紋の内に消えた言葉のいくつかはなんとなくわかった。視界の左隅で光が揺らめき出していた。


「湖畔」

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