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「途上の春」
「変化って言葉に左右されない物語があるとしたら、なんだか永遠に終わらないでいられる気がしない?」
ある夜、公園でお花見という名目でお酒を煽っていると、シノイ先輩は足元に花びらを集めながら呟いた。
「そういわれると、物語ってそもそも終わりに向かっていくようにできてる気がしますね」
「変化してく話題を追いかけていくんじゃなくてさ、ここにあるものを語ろうとできたらいいのにね、時間の軸があることが前提だとしたら、止まることのない自動通路に最初から乗せられてるみたいで、ときどき無性に怖くならない?動き続ける通路とは別の時空に、静かな水平線を描いて、そこに雫を一つ落とすようにして話ができたらいいのにって思うんだけど」
終わり方が決まらない、というのがシノイ先輩の口癖で、初めて会ったときも、この公園で「終わらないお話」を朗読していた。「終わらないお話」というのはつまるところ、物語が「おしまい、おしまい」を迎えないということである。エンディングが研究テーマのシノイ先輩は、その研究に取り憑かれた人らしく、喋り方まで途切れない波の音のようだった。二人しかいない街灯の下で、句点に腰掛けながら煙草を吸った。
「春の匂い消しだね」
新しい何かの香り、変わってゆく何かの香り、春に引き寄せられたあらゆる香りを打ち消して二人の服からはただ煙草の香りがした。
「途上の春」