VN3がトンデモライセンスである決定的理由
この記事の続きとなります。伏せる意味もないので堂々と批判します。
前回の記事での私の指摘について、Twitterで策定者が主張するところによれば、「ライセンシー側が問い合わせをしなかった場合はライセンシーはどこの裁判所であろうと応訴する合意がなされたものとみなすべき」だそうです。
まあ、そんな法律はありませんけど?
1. ツッコミどころの殿堂な解説
ここ、いつから書いてあったのか、私が言及してから加筆修正したのかは知りませんけど、Webサイトにこのような記述があります。
記載が不十分でもただ連絡先を書いていれば、あたかも契約の相手方に全責任が転嫁できるかのような言種に見えますね。権利義務関係の認識が社会通念とズレているように見受けられます。
定型約款絡みの判例法理をご存じの方には言うまでもない理屈ですが、Webサイト等の表示によって契約の相手方となる人々に周知すべき合意事項を示す義務があるのは、定型約款準備者の側なのです。
罷り間違って、「問い合わせなかった人は訴える時まで教えないけど定型約款準備者の住所管轄で異議ががないものとみなす」とか、規約本文にすらそんなルール一切書いてないですよね?そもそもにして、そんな信義則違反のオレオレルールに、裁判所がどうして加担すると思うのよ?
規約に書いてないことの「合意」という主張、相手方が合意形成を否認したら法的にも無理筋なんです。
「暗黙的合意」は、たとえ親友とか夫婦の間でも立証が難しい領域です。それを判断するのは第三者の裁判官ですしね。そのルールが社会一般に広く浸透していて、通常人なら一般常識をもってすれば十分理解できる状態であって初めて、相手方の過失を問うことができるのです。あるいは社会通念を変える?革命家にでもなるつもりかね?
契約変更内容の明示義務(民法548条の4)という観点
特に、この部分は完全に勘違いしてるなって思うんですよね。なんで相手方から能動的に問い合わせてくれる前提なんですか?(草不可避)
仮に相手方が問い合わせてくれるとして、定型約款準備者が転居した場合、転居した事実とかそのタイミングって、契約の相手方ってどうやって知るんですかね?
法律知らない人の解説なんてあてにしちゃダメですよみなさん。合意管轄の内容も例に漏れず「契約内容」なので、そのタイミングで、定型約款準備者側が「住所(=合意管轄裁判所)が変わりました」って速やかに告知を出す義務があるんですよね。そのルールは、法律(民法548条の4)にはっきり書いてある。
プライバシー保護の観点からすれば本末転倒
そもそも個人のクリエイターがなんのために住所を開示しないんでしょ?プライバシーのためですかね?
住所特定などされてストーカー被害とかにあってる表意者が引っ越したいとすると、引っ越しましたってBOOTHとかに告知出さないといけませんね?それプライバシー守るために住所を明かしたくない個人としては本末転倒じゃないですか。
合意管轄裁判所を購入者側が問い合わせないと教えてくれないし聞かなければ合意したとみなすというライセンス策定者側の理屈って、明らかに無理がありますよね。そもそも合意管轄裁判所を表意者が開示しないという運用そのものが無茶苦茶なんですよ。どこのもぐりの弁護士に聞いたか、どういう検討したらそんな運用ができると思ったのか、不思議でなりません。
2. 逆に考えるんだ、原告地でなくていいと考えるんだ
そもそも合意管轄裁判所は自身の裁判籍と同一でなくていい
私1年以上前からそう指摘してたつもりなんですけど、そもそもにして表意者の住所を(専属的)合意管轄裁判所と強制する必要自体がないんです。原告地でも被告地でもない第3の土地の裁判所を合意管轄裁判所にすることは、有効な合意とみなせれば可能です。そもそも民事訴訟法11条に規定は「原告地と被告地のいずれかでなければならない」なんてことは一切書いてませんからね。
つまり関東地方の田舎の方でも北海道でも九州でもどこ在住でもいいんですけど、権利者があえて「東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする」って書いてもいいんです。どうせ訴訟起こす時って弁護士に依頼するでしょ。受任してくれる見込みの弁護士の移動費用がかからない都市部の裁判所を書いておくのは賢明な選択です。
いまどきは委任契約の書類を郵送するとかを除けば、訴訟にかかる代理人弁護士とのやり取りはインターネットでほとんどできますし、本人について裁判所から呼び出しがかかっても、せいぜい一回当事者尋問があるかないかのレベルなのです。
(むしろ弁護士の移動コストがかかる僻地の裁判所だけは全力で回避したい)
裁判所を具体的に明示する書き方のほうがむしろ柔軟
表意者の土地管轄と結果的に同一であっても裁判所名を固定的に明示しておいて、転居しても、合意管轄裁判所を変えないと地理上不便な事情が発生するタイミングまで変えずにおくという運用もできるでしょう。そのほうが、所在地を合意管轄裁判所とするって書くより、むしろよっぽど柔軟に対応できます。
住所管轄裁判所を合意管轄裁判所とする運用にすると、定型約款準備者は、土地管轄の変更を伴う転居時の告知義務も発生します。住所管轄と切り離すことは、その義務から解放されるのです(正確にいうと変更したい場合に告知義務はどのみち発生するけど、それが転居のタイミングである必要がなくなる)。
いずれにしろ私なら、ライセンスジェネレータみたいなもの作るなら、管轄裁判所を特定したら必然的に居住地が特定される文言の規約じゃなくて、ドロップダウンリストから全国の裁判所を選べるUIにしますけどね?
もちろん被告地や履行地が受訴裁判所で構わないなら、選ばない選択もできるようにしますね。
販売サイト所在地を合意管轄とする選択も
たとえばBOOTH(pixiv)はその東京地裁が土地管轄です。売買契約と使用許諾契約の成立を同時とする契約なら、契約取引の仲介者であり、利害関係ある第三者であるpixiv社の所在地を合意管轄としておくのは、裁判所にも合理性が認められやすいでしょう。
https://policies.pixiv.net/#booth
裁判所に疑念の余地のない明確な表示が移送リスクを軽減できる
裁判所は、社会通念に適合し、疑念を抱く余地のない内容の契約文書にそう書いてあれば、合意したものと推定しますからね。ちゃんと受訴裁判所が合意管轄裁判所であると一意に特定できる合意文書を証拠として出せるなら、少なくとも(民事訴訟法)16条移送のリスクは圧倒的に軽減します。申し立てのリスクそのものも、ね。
逆に、被告側が合意管轄の有効性を否認して移送申立てが行われた場合、裁判所の経験則に照らしてただちに有効と見做せない契約書の表示内容って、どうしても原告側不利になるんですよ。だって、「書いてないから合意管轄裁判所なんて知らない」以上に説得力ある無効事由ないですもん。
合意管轄裁判所を特定するための所在地が表示されてない状態ってどう考えても瑕疵ある表示ですもん。「原告が合意管轄裁判所を申し出ることを放棄したものと判断した」と被告が主張した場合、どうみても民法95条但書通り、原告側の過失です。本当にありがとうございました。
裁判所で言い訳をしないための契約内容の明確化を
もっとも、ライセンス策定者の理屈でいうとそれも反論があるらしいんですけど(策定者だけが納得してる理屈でも原告が反論できなきゃ意味ないんだよ?)、そもそも合意形成と見做していいかという初歩的な部分で検討が必要になる時点で筋が悪い。そもそも移送裁判は雑事件として扱われ、それのための口頭弁論などは原則的に開かれず、書面審理だけで決定がなされます。もちろん当事者を法廷に呼んで審尋とかできません。
裁判所が疑問を抱く様な契約書である時点で、移送などの雑事件手続では負けるものと考えてください(たまに弁護士でも法廷実務経験のない先生が出鱈目言うんですけど、弁護士の言葉じゃなくて裁判所の判断が全てなんですよね)。
他方、利用規約に裁判所名が明記されてるって疑念の余地ないでしょ?
疑念の余地をなくすためにどうするかって、利用規約を改善するしかないでしょ?
3. 結局、VN3の第8条1項って…
そもそもにして所在地の開示義務を負ってる法人の販売者を除けば、丸々無駄じゃないか?って思うのですよ。
なんなんだろうこの「おまえが言うな」感。
そもそもにして「サイトで明示してないけど問い合わせなかったら合意とみなす」ほどの不誠実な主張はないです。常識がないのか。
私は住所も裁判所も明示してないなら「合意そのものが成立してない」説を推します。
サイトの解説ページの魚拓(2022年6月12日時点)
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