[SF小説]やくも すべては霧につつまれて 5
「あ!暁さん!久しぶりです!!」
廊下の突き当りにあるゆったりとした広さのある畳張りの居間に二人がつくや否や、巫女装束の上に割烹着をまとった女性が出迎えてきた。
彼女は朝凪那由他、暁と神崎の幼馴染で、先祖代々続くこの八雲神社で巫女として奉職している。
「朝凪、久しぶりだな。元気にしてたか?」
「ええ、もちろんですよ。暁さんも元気そうで何よりです。さあ、もう少しでご飯用意できるので、荷物でも置いてくつろいでくださいな」
そう言われて暁は部屋の隅に置かれていた神崎の荷物の上に自らの旅行鞄を放り投げた。
宙を舞った鞄はその重さに見合った音を立て、神崎の荷物をぺちゃんこにした。
「おい、俺の荷物踏むなよ」
「どうせ大したもの入ってないやろ、いいやん」
全く悪びれるそぶりを見せない暁に対し、あきらかに不満そうな視線を向ける神崎。
二人がそんなやり取りをしている間に、朝凪が両手にお皿を持って、隣にある台所からやってきた。
「みなさん料理が出来ましたよー」
そんな朝凪とともに、料理をもって居間に入ってくる和服を着た男性の姿があった。
「暁、神崎、久しぶりだな」
「光龍さん、ご無沙汰しております」
「昔からの付き合いとはいえ、いつもこんな山奥まで来てもらって悪いね」
暁にそういいながら笑顔を見せる朝凪光龍、彼は朝凪那由他の父親で、彼女とともにこの神社で神職として奉職している。
清楚でおしとやかな那由多と朗らかで明るい性格の光龍二人の親子は、よく暁たちが休暇になるたび神社に招いては料理をふるまうなどしてもてなしている。
「いえいえ、たまにはこういう大自然の中に来たくなるものですし、この八雲神社はとても居心地がよいのでいつもくつろがせてもらってます」
「そうかそうか、思う存分ゆっくりしていってくれ」
暁の言葉に上機嫌になった光龍は、笑いながら机の横の座布団に座った。
そして机の横に重ねられた皿などをそれぞれ配り始める。
暁と神崎も箸や飲み物を人数分用意していると、台所から那由多がやってきた。
「食事の準備が終わりましたね、それでは」
机を挟んで暁の正面、光龍の隣に座った那由多は手を合わせ、それを見たほかの三人も同様に手を合わせる。
「食材に感謝を込めて」
『いただきます』
那由多の掛け声に合わせ一斉に挨拶をし、食卓に並んだものをほおばり始める。
雑穀米に味噌汁といった質素なものから、野菜や魚の煮つけに唐揚げまで一通りの料理が並んだ机の上は、所狭しと皿であふれかえっている。
だがそんな料理たちもおなかをすかせた者たちの前ではあってないようなものであった。
おいしそうに食事をする暁たちを見て那由多はにこにこした顔で
「おいしいですか?」
と尋ねた。
「ああ、めちゃくちゃおいしいよ、いくらでも食べられちゃう」
「どうやったらこんなにおいしいのが作れるか、私にも作り方教えてほしいくらいだな」
二人の誉め言葉にますます笑顔になる那由多。
「でもまあ、暁は普段即席食品ばっかり食べてるからそれで満足だろ」
「いやいや、いくら即席が好きだからって私をなめてもらっちゃ困るな。ということで即席食品会社に頼んで那由多さんの料理を即席にしてもらうわ。世界一おいしいのができるぞ」
「いややっぱ即席でいいんかい!!」
神﨑のツッコミが広々とした居間に響き渡る。そして二人のやり取りを楽しそうにみちる那由多。
「まあまあ、冗談だよ、いつ食べても那由多さんの料理おいしいなって。例えばこの焼き魚とか、煮物とかすごい味しみてるよね」
「即席料理ばっか食べてる人に味の感想が言えるわけ…んごぉ!!なにすんだよ暁!」
ぼそっと文句を言ってきた神崎の鼻をつまみ上げる暁。別に何でもないですよと言わんばかりに神崎のほうを睨みつけ、すぐさま箸をとり食事を再開する。
「まったく、何だよ。事実を言っただけじゃないか」
鼻をさすりながらこちらも箸をとる神崎。
ちなみに二人とも仕事柄食事に時間をかけられないため即席食品ばかり食べがちになるという点ではお互い様である。
しかしそんなことを知らない那由多は、二人のじゃれあいをほほえましく見ながら口を開いた。
「おいしいといってくださってありがとうございます。でも中にはお父さんの作ったものもあるんですよ」
その一言を聞いて光龍のほうを見る二人。すると彼の口元が一瞬だけにやつく。それを見て暁は手元のお皿に目を移して一言。
「そういわれるとなんか味が違って感じるのはなんでだろ?」
「おい!!!」
遠回しな嫌味を言われて突っ込まずにはいられない光龍。
「那由多の料理がおいしいのは分かるが、俺だって普段料理作ってるんだからそんなに下手じゃないぞ」
「切り干し大根の煮物とか作ってくれますもんね」
那由多もやんわりと援護する。そんなこんなで四人とも談笑を楽しみながら食事を続けていった。
あれだけあった料理もあらかた食べつくされ、あとには空っぽになったお皿ばかりが残っていた。
「いやぁ、おなかいっぱいだなぁ」
「相変わらずいつ食べてもおいしいしな。俺もつい食べ過ぎちゃうよ」
暁と神崎がそう言いながら満たされたおなかを抱えて食器を片付けていると、那由多が銀色の鍋をもって居間にやってきた。
「せっかくぜんざいを作ったのですが…おなかいっぱいということはお預けですね」
「いや、食べる!」
暁が机の上に身を乗り出して叫ぶ。
「甘いものは別腹だし!」
嬉々としてぜんざいに食いついた暁をほほえましく見る那由多。
「まったく、しょうがないですね」
そんな食い意地の張り具合にやれやれといった感じで、那由多は人数分の皿を机の上に並べて、おたまで取り分けていく。
くすんだ紫紺色のとろみのついたぜんざいには、つやつやとした白玉がいくつか入っている。
「いやぁ、やっぱりぜんざいはいつ食べてもおいしいなぁ」
甘さ控えめで何杯でもいけちゃうぜんざいに舌鼓を打つ神崎と光龍。
そのとなりで何も言わずひたすらぜんざいを胃の中に入れる暁。
そしてそれを見てにこにこしながらぜんざいを食べる那由多。
四人は思い思いに食後の甘味を楽しんだのであった。