将棋自戦記#30~第8期指す将順位戦第5局~vs島ノ葉尚さん
みなさんこんにちは、やきそばです。命を蝕むような暑さが続いていますね。最近はずっとアイスを渇望する日々を送っています。冷たくて甘いものが恋しい・・・。しかし盤上では猛暑を越えるようなアツさが燃え滾っております。記念すべき本シリーズ30本目は棋友島ノ葉さんとの一大決戦、その顛末をじっくりお伝えしましょう。なお、島ノ葉さんも振り返りをアップされてます。そちらもぜひお調べ下さい。この記事の味わいが倍増することでしょう!
局前の準備~島ノ葉尚さん編その2~
本局の相手は島ノ葉尚さん。三間飛車を中心とした対抗形党で、今期は開幕から4連勝中と絶好調の強敵です。指す将順位戦には第3期から参加されています。個人的な交流は第5期から続いていて、ここ1年半ぐらいは「そばのば研」と題して、B級3組の動点Pさんと3人で勉強会を開催する間柄。大切な友人との一局ですから、できる限りの準備を尽くそうとやる気一杯でした。
まず思い浮かぶのが昨年の対局。開幕局で島ノ葉さんと当たった私は、三間飛車の経験値差を踏まえて中飛車を選択し、快勝をおさめました。想像するに、島ノ葉さんにとっては三間・中飛車両軸の対策が必要になってくるはず。どちらに飛車を振るかは私に権利がありますから、決め打ちする方が準備面のコストでは優位に立てそうです。今年は一番の得意戦法をぶつけたい気持ちがあり、また昨年の対局後に「どちらが真の三間使いなのかを決めたかった」という趣旨の発言があったのを覚えていたので、堂々と3手目▲7五歩から石田流を採用することにしました。
想定基本図は△2四歩・△5四歩型の左美濃。参考譜はここから互いに駒組みを続ける重厚な一局でした。この△2四歩型の左美濃が島ノ葉さんの石田流対策で頻出の形。飛車の位置や手順に細かな違いはありますが、類型の将棋が二、三個ほど見つかります。銀冠への発展を目指しつつ、中央でも厚みを目指す島ノ葉さんらしい駒組みです。この局面を中心としながら、その前後における「△8四飛・△5四歩・△2三銀・△5四銀」あたりの指し手の有無によって、石田側の仕掛け・待ち方がどう変化するかを検討していきます。ちょうどオフシーズンに読んでいた「石田流を指しこなす本」が良い教材で、掲載の攻め筋がよく参考になり大変調べ甲斐がありました。ソフトの意見がどこから生まれてくるものなのか、棋書にあるプロの考えとすり合わせていくのは素人ながら楽しいものですね。
懸案は後手番。島ノ葉さんは対抗形党なので、態度を明らかにしない手順を選びがち。端歩の絡みや、研究外しの相振り採用まで考えるとここはキリがありません。一方で棋譜を見ると▲7六歩△3四歩▲9六歩△3五歩から、後手の早石田を受けて立つ将棋もありました。大枠ではノーマル三間と決めつつ、隙あらば石田流を目指していくと方針だけ決めておきました。本局は先手番を引きましたが、結果的にはこの後手番の方針を応用するような将棋になっていきます。
生活面では仕事が立て込んだこともあり、理想としていた土曜対局では体力面に不安を感じる状況でした。そこで島ノ葉さんに打診して日曜昼に対局日時を設定。おかげで当日は心身ともに充実した状態で指すことができました。将棋自体はレートが初段を割っている状況ではありましたが、1500台に復帰するなど最低限の調子はキープできていたと思いたいですね。対局への思いを前夜にしたためて、心を高めつついざ決戦です。
やきそば失恋流
昼開催でも普段と同じルーティンをこなして、13時になると同時に対局開始。▲7六歩を突き出すと、対する島ノ葉さんは△8四歩と飛車先を伸ばしてきました。んぁっ!と心の中で小さな叫び声が上がります。飛車の振り位置はこちらの権利ですが、早石田を受けるかどうかは後手の権利。対抗形党の島ノ葉さんといえど、人読みで2手目△8四歩を決め打つのは全然あり得る話じゃないですか!やっちまったー!!!
当初の構想はもろくも崩れました。何のための準備だと一喝したくなる気持ちを堪え、目の前の勝負に意識を切り替えます。以下はノーマル三間から、石田流への組み換えを早々に狙う進行に。後手番を引いた場合の方針を引き継ぎつつも、最近指していなかった▲6七銀などは島ノ葉さんの対策を外す意図がありました。島ノ葉さんとしては、いずれにせよ腰掛け銀×左美濃を目指す予定だったそうで大差なかった様子。それでもこちらは石田流の準備をしてきてるわけですからね。一貫性を持たせることで勝負に集中する狙いでした。
▲6八角と引いたところで△6五歩(第1図)と組み換えを咎める一手が飛び出して、にわかに緊張感が増してきました。長い長い駆け引きの始まりです。
狙いを澄まして
先述の△6五歩に▲7六飛と浮いて、以下はパタパタと駒組みを進めます。▲7七銀型の石田流を指すときはたいてい角交換が入っているので、角の処置が悩ましいところ。本譜は△8四飛型になったので、浮き飛車を狙って▲5七角型を目指すことにします。途中2図では実際に▲5七角と構えて、これでいつでも▲7四歩を突ける形になりました。△6五歩の打ち直しが負担になってるでしょと言いたいのですが、△6六歩とさらに伸ばしてくる手が手筋の受けになりうるので注意が必要です。
次に△6三金と、島ノ葉さんは押さえ込みを目指してきました。捌きにくさを感じる一方で、後手陣が片美濃になったのでチャンスのようにも感じます。互角の捌き合いになれば陣形差が響くはず。ではどこから捌いていくか。▲7四歩が利かないならばということで、8筋から動く手段を考えます。角交換型で頻出の筋を応用しますが、ここで一歩持っているのが実に大きい。飛車を狭める意図で端歩を突いてから、▲8六歩(第2図)と仕掛けを決断します。抑え込みの金銀が空振りになるイメージが見えて、自信のある展開になってきました。
直線勝負
再掲第2図から△8六同歩▲8五歩△同飛。ここでは銀をぶつける手も魅力的で、角のラインは▲7七桂と跳ねれば一旦止まります。当初は銀を出る予定だったものの、ここにきて急に浮き飛車の不安定さが気になりはじめます。また、手順に△8二飛と深く引かれると攻めが遠のいてしまいそうなのも嫌な感じがしました。考慮時間をしっかり使って、ここは飛車交換を決断。金桂取りに飛車を振り下ろしたところで島ノ葉さんも考慮に沈みます。そして盤上に示されたのは、銀桂両取りの△8七飛(途中3図)でした。
これらひと目金銀を拾っていくところ。一直線に駒を取り合えば、平美濃の遠さが活きる展開になりそうです。コビン攻めも今の形なら無さそうですからね。ただ実戦特有の怖いところがあって、こういう局面ではつい色々な手が見えてしまいます。たとえばこの途中3図やその前後では、▲7七桂や▲7七銀で馬のラインを止める手がチラつきます。振り飛車らしい手といえばそうですが、攻めが遅れる罪の方が大きいのは明らか。でも様々な可能性を考えてしまうもので、そういう発想を振り払うのは結構大変ですね。時間をたっぷり使う進行は読みを入れる楽しみもある反面、そういった迷いを生み出す側面もあるわけです。15分60秒は本来早指しに属する持ち時間ですが、指していると独特な長さも感じるのが面白いですね。秒読みまで時間を使い切って▲6三飛成と金を拾い、第3図まで進めました。ここから島ノ葉さんが得意の粘りを発揮していきます。
見通せなかった一手
第3図から▲6二龍が緩手。▲6一龍との比較で迷いましたが、間接的に玉をにらむ方が良いと判断しました。ただこれには△4四馬(途中3図)が味の良い受けで、馬を引き付けて粘る島ノ葉さんらしい展開になります。ここで厄介なのが8九に居座る龍の存在。できることなら▲8二龍や▲7二龍のように敵陣に居座らせたいのですが、この銀香を持たれている現局面ではさすがに厳しい。タテに逃げるなら▲6五龍しかありません。
次に思い浮かんだのが▲5三銀。この一手を逃したのが敗着級で、本局最大の後悔と言っていいでしょう。馬に当て返して好調なようですが、▲6一香(仮想図)が一見ぴったり。▲同龍では△5三馬と銀を取られますし、▲4四銀成△6二香と取り合った局面は銀取りが残って先手不満。やむなく本譜は▲6一龍と潜り、銀を打たせておいて引き上げる手順を選択しましたが…。
△6一香(仮想図)には▲3二龍と銀を食いちぎる手がありました。以下△同金▲4四銀成なら先手有望。評価値的にもここが食いつく最大のチャンスだったのです!!
これに気づいたのは感想戦で仮想図を示したとき。△6一香が見えてダメだったんですよね・・・。と言おうとしたその瞬間です。リラックスしていたからか、一瞬で見えました。対局中は仮想図で検討を打ち切っていたのが、あと一手見えていれば全然違う将棋になっていたかもしれません。その後の変化について、島ノ葉さんは「受けがいがある」と評していたのも印象的。こちらとしては攻めに食いついて先手持ちという認識ですから、互いの価値観がぶつかり合うような展開になっていたはず。一番楽しい戦い方を、勝ちに繋がるチャンスを逃してしまったのが、ものすごく悔しいです。
戻って本譜は龍を引き上げてから、重たく6筋を狙い続けます。▲7二金などはまさしく鈍重ですが、強引に破っていけば小駒の攻めが見通せるのではと思ってのことでした。第4図で△6四歩と遮断されて、勢い突っ込む形になってしまったのが二度目のミス。ここは▲6二金に代えて▲6二龍と入るべきでした。龍と馬の交換で後手陣が遠くなるのを恐れたわけですが、切り込んでいった判断がどうだったか。かえって自玉の寿命を縮めてしまった気がします。
柔軟な受け
龍を見捨てて美濃を崩し、▲5一金と遠くに張り付くのが必死の継続手。イモ筋であっても受けさせる展開になれば、どこかで突破口も見えてくるんだと縋るような心持ちでした。実際攻め合いのほうが怖い状況でしたから、島ノ葉さんが受けに手を費やすたびに「まだ勝負できるぞ」と意気込んでいたのも事実です。ひとつ事実と異なる点があるとすれば、「受けさせた」という私の認識でしょう。島ノ葉さんにとっては重い攻めを受けるこの展開こそ歓迎の流れで、無理攻めを切らせば勝ちが見えると。対局中、僕の脳裏に浮かんでいたのは焦って受ける島ノ葉さんでしたが、それは希望が見せた幻にすぎませんでした。
△3三馬(途中3図)が4二の地点を手厚く守る的確な受け。ならばと数を足す▲5二銀打には続く△4二銀がスマートな回避。柔らかく指すという宣言通りの指し回しに、ついに追撃手段を失ってしまいました。△7九飛と二枚飛車を下ろされて第5図の局面。認めたくない負けの2文字がうっすらと、しかし確実に浮かび上がってくるのでした。
勝負の時間に別れを告げて
拾った香を5九に打つのが最後の抵抗。直前の▲4二銀不成の局面では、手抜いて△4九龍の踏み込みもあったかと思います。続いて△5七桂打が寄せの決め手。耐えるだけなら▲3九金などで良いのですが、ゆっくり指されたときに、こちらから後手陣を崩す手段がありません。敵陣に放り込まれた金銀に行き場は無く、強固な馬の守りは形作りに詰めろをかけてくれることすら許してくれないのです。
第6図の▲4六桂がせめてもの形作り。▲4二角成~▲3四桂の筋を敗局の最後に添えます。なによりも楽しみにしていた対局が終わっていく。そして勝ちが遠のいていく。島ノ葉さんの連勝を止めるストーリーが、本局で勝ち越しに転じるはずだった物語が、秒読みと共に失われていきます。負けを受け入れるための時間はそう長くありません。まだ投げられない。詰めろじゃないとわかっていながら、▲4二角成と踏み込みます。二枚飛車の厳しい王手が本局の100手目。上部に逃げればあと2分は対局を続けられることでしょう。でも、なぜだか詰みまで指すのは棋譜を汚すような気がして、ここが投げ時だと思いました。指す順で負けたときはいつもそうですが、対局が終わってしまうのことにある種の寂しさを感じますね。勝つときは祈るような心境で、相手の言葉を待つことが多いですしね。自らの負けを認める、またそれを相手に示す勇気を作るための時間。もう少し指していたい、時間を巻き戻したい。この辛さと寂寥感こそ、ひとえに本局に力を注いできた証なのでしょう。
100手目△8九龍に時間いっぱいまで余韻を味わってから、投了ボタンに手を伸ばしました。島ノ葉さん、対局ありがとうございました!!
全体の振り返りと、次局に向けて
終わってみれば力負けでした。疑問手の積み重ねによって島ノ葉さんの力がどんどん発揮されていくような、そんな将棋でしたね。敗因を改めて考えなければなりません。
今回特に気になったのは読みの精度。候補手が見えていても、その比較をしようとしたときに数手先の見通しがはっきりしない。はっきりしないから曖昧な理由で着手することになって、それが疑問手になってしまう。なぜそうやって読みがぼやけるのかと考えると、思い当たるのは勉強方法です。長いこと5手詰ハンドブックと寄せの手筋200を周回しているのですが、ここに修正の余地があります。早解きや数をこなすことに意識が向いていたことで、じっくり考える力が落ちていました。周回の最初の方は時間をかけなければ(=読みを入れなければ)解答に辿り着かず、それが良いトレーニングになっていました。慣れてきた最近はスピードや量を優先しすぎて、質を犠牲にしていたのでしょう。トレーニング内容を修正して、もう1手、3手先を読めるような脳の筋力をつけていこうと思います。
準備の面でも2手目△8四歩の可能性を見落とす大失態があったわけですが、これは仕方ありません。石田流の採用を見越しで準備してきたのを応用できたので、実戦的にはいい影響の方が多かったと思います。相手の視点に立った準備というのは難題ですが、挑む価値があることなので今後も色々工夫を続けたいなと思います。
いやぁ、悔しいです。勝ちかったなぁ。終局直後は糸が切れたような気持ちでした。2勝3敗になって、おいおいこのままじゃ去年と一緒やないかいと。何のために頑張ってきたんだろうなんて思っちゃいますよね。さすがに対局翌日まで悲しさを身にまとって過ごしていました。
でも島ノ葉さんは去年開幕5連敗の地獄を味わって、そこから残留して今の5連勝を勝ち取ってるんですよ。今期2つ勝ってる自分が腐っている場合じゃない。ここで立ち止まったら秋冬頑張った自分に申し訳が立たないし、その努力を裏切らないように頑張るって決めたのは僕自身です。この悔しさが自分にやる気が残っている何よりの証拠ですからね。昇級をあきらめずに上を見て戦おうと思います。シビれる勝負がこの先も僕を待ち受けていることでしょう!
次局の相手はtamunetさん。私が初参加だった第4期に対局した方で、なんと4年ぶりの対局です。これまた非常に感慨深いマッチアップとなりました。お盆休みにリフレッシュして、さらに良い状態で勝負に挑もうと思います。次回の自戦記もどうぞお楽しみに!ここまでお読み頂きありがとうございました。