星の名は
【概要】「悪だ!毒だ!」と言われる界面活性剤があまりにも不憫だったので、界面活性剤がダークヒーローになり、めちゃくちゃ活躍する小説を書こうとしたのですが、1000文字辺りで界面活性剤くん死んじゃいました。
小説と呼べるほどの深みもない駄文ですが、暇つぶしに読んでくださると嬉しいです。
yaki_sakana12というユーザー名で美容系のTwitterやってます。
【本文】
「先日ツキヂの路地裏でオーイル族と俺たちウオータ族20人を殺したのはお前らカイメンだな?」
取調室でイ・ワシは手足を椅子に拘束されたカイメンに歩み寄り、耳元で尋ねた。
「違う」
「じゃあ誰だって言うんだ」
イ・ワシの声が暗いコンクリート造りの部屋に響いた。
「今月だけで100人だぞ? 目撃情報も多数ある。みんなが口を揃えて言ってるぜ、『現場にはカイメンがいた』ってな。それでもまだ否定するか」
「違う」
「何が違う!お前たちじゃないなら誰が殺したって言うんだ」
「人は見たいものしか見ない。私たちはいつでもどこにでも存在する。それをお前たちは見ようとせず、都合のいい時だけ私たちを利用し、悪者扱いし、罵る。自分たちがどれだけ私たちカイメンに守られているかも知らず……」
カイメンの言葉に激高したイ・ワシは堪らず拳銃を抜き、銃口をカイメンに向けた。
「俺たちがお前らに守られている……だと?」
イ・ワシは怒りで震える銃口をカイメンの額に押し付けた。
「我らウオータ族とオーイル族は元来互いを忌み嫌い、争いが絶えなかった。そんな世界を変えて、オーイル族とウオータ族が共存できるようにしたのは誰だ? オーイル族に歩み寄ったのも、数々の犠牲を出しながらも停戦の調停を結んだのも、全て俺だ。そして、俺が作ったこの平和な世界を乱そうとしている者たち、それがお前らだ。そのお前らが俺たちを守っている、だと?冗談もほどほどに…」
「やめろ、殺すな」
イ・ワシが引き金に掛ける指先に力を込めようとした時、咄嗟にカイメンは命乞いの言葉を発した。
「これだけ多くの人間を殺しておきながら、自分が死に直面したら命乞いか」
イ・ワシは鼻を鳴らした。カイメンはじっとイ・ワシを見つめた後、肩を落とし、観念して口を開いた。
「……分かった、認めよう。全てではないが殺してきたよ、ウオータとオーイルも。ただ、彼らは殺さないといけないような秩序を乱す奴らだった。彼らが生きていたら、さらに別の犠牲が出ていた」
カイメンは続ける。
「ただ、私のことは殺すな。私はカイメンの王だ。私を殺せばカイメンは全て滅びる運命……」
「いいじゃないか、そうなれば真の平和の到来だ」
「お前は何も分かってない。サ婆が書いた経典を知らないのか?この星の名前を知らないのか?」
「知らない!話を逸らすな!」
イ・ワシは再び強く銃口を押し付けた。
「やめろ。ダメだ、私を殺すと何もかもが終わる。私だけじゃない。お前たちも、この世界も……」
「戯言だ!」
「違う!ウオータとオーイルとカイメンは3つで1つ。そのどれもがこの星の構成要素で、1つでも欠ければこの星は存在を保てなくなる」
カイメンは必至の形相で早口でまくし立てた。
「思い出せ、この星の名前を!サ婆の経典にもあったはずだ。『水金地火』……」
カイメンの言葉を銃声が遮った。
硝煙がたちこめる部屋の中、カイメンは額から真っ赤な血を垂れ流し、二度と口を開くことはなかった。
――1週間後
「ただいま」
イ・ワシは疲弊し切った様子で帰宅した。カイメンの王を捕らえて殺した功績が認められ、メディアからの取材に追われる日々だった。
妻のサ・ワラが食事の支度をしている間にイ・ワシはぼんやりテレビを眺めていると、テレビの中に取材を受ける自分の姿が映り、なんとなく決まりが悪くなった。
「あなたも気づけば有名人ね」サ・ワラが食事を運びながら笑う。
「こんなに凄い功績を残したんだからどかーんとボーナスでも欲しいものだけど、案外ケチなのね」
「仕方ない、金が欲しくてやったわけじゃない」
イ・ワシはそう言いながら待ちきれずに料理に手を付けた。しかし、すぐに料理を口に運ぶ手が止まった。
「なあ、今日の飯、味付け いつもと変えたか?」
「どうしてー?変えてないわよ」
サ・ワラは持ってきた料理をテーブルに置くと、運んできた料理のにおいを嗅いだ。するとサ・ワラも何かに気づき、「ちょうだい」とイ・ワシの箸を奪い取って料理を口に運ぶと、途端に顔をしかめた。それから慌てて冷蔵庫を開けて「それ」を手に取ると、得心いった表情に変わった。
「ごめん、なんで気付かなかったんだろ」
サ・ワラはイ・ワシに手に持った「それ」を見せて苦笑いした。
「マヨネーズ、完全に分離しちゃってる」
この時、まだイ・ワシは、マヨネーズの分離は妻のうっかりした失敗だとしか思っていなかった。
それが何もかもの始まりだとも知らず。
テレビでは引き続きニュースが流れていて、世界中の化粧品の製造が突如ストップしたと報じられていたが、化粧品にも何の興味もないイ・ワシはそのニュースを気にも留めなかった。
――2週間後
イ・ワシは深夜にも関わらず急いで家を飛び出してトヨスに向かっていた。突然召集要請を受けたからだ。息を切らして現場に着くと、そこには惨憺たる光景が広がっていた。
焼け焦げて煤だらけになった倉庫に多くの焼死体。オーイルが倉庫に爆発物を仕掛け、ウオータの13人が犠牲になったとのことだった。
さらにその3日後に同様の事件が別の場所で起こり、今度はオーイルの7人が犠牲になった。
ここ数年間ウオータとオーイルの対立を象徴するような事件は起きていなかった。それがたったの一週間で2回。どう考えても何かが変わり始めていた。
イ・ワシは原因追及のために家に帰ることもなく仕事に打ち込んだが、足掛かりになりそうな証拠は何一つ見つけられなかった。
そして、イ・ワシが5日ぶり帰宅した時、サ・ワラは突然こう切り出した。
「私たち、 別れましょう」
――1か月後
世界は激変していた。
トヨスの事件を皮切りに世界各地で同様の事件が多発し始めた。初めは局所的なテロレベルであったので、各国の軍部がそれに対応していたが、やがてウオータとオーイル全体の対立にまで発展した。そしてトヨス事件から一ヶ月後には、イ・ワシが結んだ平和調停などなかったかのように世界は戦火の渦に包まれた。
イ・ワシは戦場にいた。
戦うつもりではない。死ぬつもりだった。
武器一つ持たず、他の人間はとうに街を捨てて逃げていった中、イ・ワシは荒れたてた街の中で1人、交差点の真ん中で立っていた。
自分の行いに間違いはない。だが、世界が今のようになってしまったのは、きっと自分が関係しているのだろう。そういった確信めいたものがイ・ワシの中にあった。
なぜオーイルもウオータもお互いに突然敵対的になったのか、なぜ妻は突然別れを切り出してきたのか、理由は未だに分かっていなかったが、何も守れない自分にはもう生きていく価値はない。
そう思いながらイ・ワシは自分を殺してくれる敵が現れるのを待っていると、地面が揺れた。
イ・ワシは初め、地震かと思った。
しかし、それは地震ではなく、地面は次第に柔らかく泥のように変わっていき、ゆっくりとイ・ワシは足から地面の中に飲み込まれていった。イ・ワシだけではない。イ・ワシの眼前に広がる電柱も、家もコンビニもビルも何もかもが柔らかくなった地面の中に飲み込まれていっていた。
イ・ワシはすでに全身が地面の中に飲み込まれていたが、地面の中は透き通った水だった。イ・ワシは地上に戻るために必死で水面に向かって泳いだが、泳いでも泳いでも水面は遠のいていくばかりだった。
「訳が分からないか?」
どこからともなく聞こえる声にイ・ワシは辺りを見回したが、誰も人はいなかった。しかし、イ・ワシはその声に聞き覚えがあった。
「お前は、カイメンの……なぜ 生きている?」
「死んでいるよ。私はお前に間違いなく殺された。でも我々はこの世界の構成要素だからな。この世界の終わりを見届ける権利はあるらしい」
水面が遠のいていく中でイ・ワシはカイメンに尋ねた。
「……俺のせいなのか?」
「ああ、全ては理由もなく俺たちカイメンを悪者に仕立て上げたお前たちのせいだ」 カイメンは抑揚のない口調で言い放った。
「どういうことなんだ。説明 してくれないか」
イ・ワシがそう言うと、少しの間があった後にカイメンが口を開いた。
「世界が分離した」
イ・ワシはまだその言葉の意味を理解できていなかった。
「我々カイメンはこの世界を構成する存在。我々がこの世界の何もかもを繋いできた。ただ、お前が私たちを殺した。だから、何もかもが分離した」
カイメンは続ける。
「決して交わることのなかったウオータ族とオーイル族を繋いでいたのも我々。油と酢を混ぜてマヨネーズという製品を実現したのも我々」
「じゃあ俺と 妻が離婚したのも……」
「そうだ。人間は本来は1人。絆を繋ぐのも我々の役目。この星は何もかもが本来混ざり合わないものでできている。化粧品も人間も、地面でさえも」
イ・ワシは会話している間に奇妙なことに気づいた。イ・ワシの視界には自分が映っていた。ただ、カイメンの話を聞いたイ・ワシには、それがどういうことなのか理解できていた。
「肉体 と心さえもお前たちに 繋がれていたのか」
すでにイ・ワシは肉体と精神の分離が始まっていた。それはこの世界の終わりが限りなく近いことを意味していた。
イ・ワシの身体はさらに水面から遠のいていた。もう地上もとうの昔に見えないくらいに。
「なあ、お前 が死ぬ前に 言ってたサ婆 の 経典には 何が 書いて あったんだ」
イ・ワシは水中に入ってから口を開いていないのにも関わらず会話ができていることに気づいたが、そんなことは今更どうでも良かった。
「『水金地火木土天海冥』という言葉を知っているか?」
イ・ワシは首を振った。といっても身体はもうイ・ワシの見えないどこかに消えてしまっていたが。
「あれは地球人が付けた惑星の名前でな。数百年前、祖先が地球人と邂逅した際にこの星のことを話したらしい。それを地球人が聞き間違えた」
カイメンは少し笑った。
「彼らは理解しているようで何も理解していなかった。海と冥は別々の惑星ではなく、そして名は海冥でもない。この星の名前は「界面活性剤」。サ婆たちは略称として「界面」と呼んでいた」
「な ん だ そ れ」
馬 鹿 馬 鹿 し い、とイ・ワシも笑った。
感情が分離していく中、最後に認識できた感情が楽しいもので良かったと安堵し、直後、イ・ワシの意識は認識できないほどに分離していった。
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