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キャリアにおける「悩みの型」

たくさんの人からキャリアの相談を受けていると、共通の「悩みの型」のようなものが見えてくる。

もちろん、キャリアの悩みというのはどれもその人固有のものだから、安易に型へ落とし込むのはいけない。一方で、その人に寄り添いつつも、その人自身が気づいていないところにこちらが目を向けるためには、個別性から離れた視点をこちらが持っておくことは大切だとも思っている。

個別性から離れた視点として、私が頻繁に意識する2つの二項対立がある。「マッチング思考とラーニング思考」と「判断と決断」だ。


マッチング思考とラーニング思考

「マッチング思考とラーニング思考」とは、『働くみんなの必修講義 転職学 人生が豊かになる科学的なキャリア行動とは』で紹介されている以下のようなもの。

そう、世の中に溢れる転職本の大半は、「もっと自分にマッチングする職業があるはず」という前提のもとに書かれています。
しかし、じつはそこにおける「自分」は、固定化されたものではないのです。
まさに私が経験したように、転職プロセスにおいては「自分を変えること=学び直し」が必要不可欠です。

この「学び直し」のことを、本書は「ラーニング思考」や「転職学習」という言い方で呼んでいます。
転職とは、環境の変化に対して高いアンテナを張り巡らせ、自分のこれまでを見つめつつ、自分を変えていくこと(学び直していくこと)なのです。

本書の主張はシンプルです。
それは、「もっと自分にマッチングする職業があるはず」あるいは「もっと自分に向いている仕事があるはず」という「マッチング思考」に基づく転職には、限界があるということです。

これは、転職に限った話ではないと思っている。社内公募に手を挙げるという大きなものから、日々の仕事のなかでどんな業務に取り組む(割り当てられる)かという小さなものまで。

つまり、「自分は何に取り組むのか?」という問いを考えるときには、必ず頭をもたげてくるキーワードだ。

マッチング思考は、「自分は何に取り組むのか?」という問いを、「選択」として取り扱う。

既知で固定的で有限の選択肢の中から、十分な情報にもとづいて、一つを選び取る。「自分は何に取り組むのか?」への回答の成否は、選び取った時点で決している、という立場を取る。

一方、ラーニング思考は同じ問いに対して、選択の後にまで広げた時間軸のなかで、「(自身の)変化」を通して向き合おうとする。

選択した後の過程にまたがって、選択の主体であるところの自分の側が変化していくことで、選択の成否そのものを形作っていこうとする。自らの選択を「良きものにしていく」という事後的で意志あるダイナミズムを通して、「自分は何に取り組むのか?」という問いに答えを出そうとする。

判断と決断

もう一つの二項対立が「判断と決断」だ。こちらは、『物語思考 「やりたいこと」が見つからなくて悩む人のキャリア設計術』からのもの。

みなさんは「判断」と「決断」という言葉の違いを説明できますか?
実は、これをごっちゃにしてしまって、うまく動けないことがよくあるんです。

「意思決定をしなければならない」という焦りから、判断すべきところで、決断しちゃったり、逆に「いろいろな意見を聞いたり、調査したりしてから決めよう」という気持ちから、決断すべきところを、判断しようとしちゃったりする、といったイメージです。

ではこの2つは何が違うのでしょうか?
簡単に言うと判断は、「あれこれ情報を集めて、論理的に考えたり、基準を決めた上で考えを決めること」です。
一方、決断は「きっぱりと、こうやるぞ!と決めてしまうこと」です。

もう少し詳しく説明すると、判断は、
 ①判断のための材料を集める
 ②真偽や善悪を見極める
 ③自分の考えを定める
みたいな感じのプロセスになりますが、「決断」は意思をはっきりと決定すればそれで終了です。
そこには、材料の有無や真偽は関係ありません。
つまり、「判断」でいうところの、材料などをもとに真偽や善悪を決めることとは、まったく性質が違うわけです。

「判断と決断」は、「決める」という行為には実は2種類あることを教えてくれる。

  • 判断とは合理でもって「決める」

  • 決断とは勇気でもって「決める」

同じ「決める」であっても、目に浮かぶ景色はだいぶ違うのではないだろうか。

マッチング思考に偏ったり、「判断と決断」をうまく使い分けられないと何が起きるのか

マッチング思考とラーニング思考は、「前者よりも後者が大切」という軸足を言っている。

一方、「判断と決断」は「両方必要で、うまく使い分けよう」という調和を言っている。

マッチング思考に偏ると、動けなかったり、動いたあとに考えなくなる。

《もっと自分にマッチングする職業があるはず》と考え「続け」ていれば、いつまでたっても動けない。また、選択の《成否は、選び取った時点で決している》と捉えているので、動いたあとに《自らの選択を「良きものにしていく」》ということを考え「ない」。

「判断と決断」の使い分けを間違うと、感情面での「後悔」だったり、行動面での「不活性」(行動できなく/しなくなる)が起きる。

判断すべきところで決断してしまい、結果として失敗すれば、「もっとちゃんと考えておくべきだった」という後悔が生まれる。逆に、決断すべきところで判断しようとしてまうと、いつまでたっても行動は起こらず、不活性な状態が続く。

自分がいまどういう状態なのか、ということを正しく理解するのは本当に難しい。でも、「マッチング思考に偏ってないかな?」「判断と決断をうまく使い分けられてるかな?」という問いは、理解につながる補助線になると思う。

キャリアの悩み方

キャリアにおける「悩みの型」を、「マッチング思考とラーニング思考」「判断と決断」という2つの二項対立から探ってみた。

整理するとそこには、「考える」ということの機能不全と、「『考える』と『行動する』」のバランスという2つが見えてくる。

「考える」とは一体どういうことなのか、というふうに考え出すとキリがないのだが、少なくとも、「『考える』が悪さをしている状態」というのはわかる。それが、マッチング思考における「考える」だし、「判断と決断」の使い分けミスだ。マッチング思考は、変に考え「続け」てしまったり、今度は一転して、逆に考えなくなってしまう。判断と決断の使い分けがうまくいってないとき、「考える」と「決める」のつながりがねじれてしまっている。

また、「考える」と「行動する」のバランスが崩れていると、他者に相談しても得るものが少なくなってしまう。相談を受ける側(私)としては、本人が行動した結果についての話(振り返り)はできる。でも、「なにを行動したいらいいですか?」と聞かれても、なんとも言えないのだ。こちらができることはあくまで内省支援であって、「予言」ではないから。相談者が、他者に予言を求めてしまうと、その相談の場というのはあまり有益なものにならない。よく考えたうえで行動したいので他者に相談するわけだが、相談を機能させるためには行動が必要というジレンマがある。そのジレンマを止揚して前に進むためには、「考える」と「行動する」のバランスが必要になる。

もちろん、こうやって「悩みの型」があるからといって、悩みが解決するわけではない。あくまで「悩みの型」であって、「答えの型」ではないから。

悩みは尽きないけど、避けて通るのではなくて、「ちゃんと悩む」ことが大切。「自分がした苦労を次の人にはさせない」というのは大切な考え方だけど、ことキャリアについて言えば、自分で思い悩む以外には、前に進む術(すべ)はないと思う。「自分の苦労は、自分でする」とでも言おうか。

ちゃんと悩む。「考える」が機能不全してないか?「考える」と「行動する」のバランスはどうか?という悩み方で。

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