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ドストエフスキー「白痴」

本に何を求めるかというと、自分の生活からかけ離れた世界の描写ではなく、自分の考えを首肯してくれる陳述でもない。前者は、かけ離れた世界はこのようであると言われても、実感がわかないため、単に一泊二日で観光をして大して記憶にも残らないといった、貧しい経験しかできない。一方後者は、そもそもベストセラーとかの大半の本は、その肝となる部分を表紙やタイトルや帯で前ばらしされているため、新鮮な驚きを持ってその本を手にするということが少ない。むしろ古本屋で何の一貫性もなく並んでいる書籍群を探索

    • ドストエフスキー「悪霊」

      この作品は時々、というか数年に一度くらい読み返したくなる。 「罪と罰」は犯人が分かっていてじわじわ追い詰められる感じがあまり好きではなく、「白痴」は結末付近の描写は息を呑むものだが全体的に少々退屈な部分もある。「カラ兄弟」は重量級なので読み返すのにちょっと度胸が必要である。 「悪霊」は分量的にまずまずで、何よりスリルとサスペンスがある。自殺することによって神になるというキリーロフの言説、純粋なシャートフ、これら二人に思想を吹き込む「悪魔的超人」スタヴローギン、その腰巾着である

      • 「未必のマクベス」読んだ

        この作品は2014年発表で、その後文庫になり、2023年に買ったのだがそのままになっていた。帯には賞賛の文が書いてあり、当時書店で平積みになっていたので、まあ買ってみようかと思って買ったものである。 この本は面白かった。ハードボイルド小説の要素もあり、普段そういうものをほとんど読まないので、緊張感があるのは良い。「世界の終りと~」も、文字通りハードボイルドな部分があるが、暗号化の鍵がテーマになっており、その影響を「マクベス」が受けているかなと感じた。 やはり何と言っても、男の

        • 漫画等から創作のヒントを得ること

          創作にあたっては、さまざまなものがアイデアの素となる。いろいろと種を仕入れなければアイデアは出なくなっていくだろう。 まず種として漫画を挙げてみたが、創作物には抽象的なものもあれば具体的で極めて分かりやすいものもあり、作品としては子供にもわかる簡明なものを作ることは良いことだが、その発想を得るのに同じようなものを読んでいるだけではだめで、活字や映像といったものが影響を与えることは多々ある。 私が漫画に接する態度は、幼少時と比べると可成り変化している。これはつまり、表面的な表現

        ドストエフスキー「白痴」

          「月は無慈悲な夜の女王」読み終えた

          これは1966年の作品である。 直近で読んだSFは「虐殺器官」「ハーモニー」であるが、SFなので(空想)科学的知識を読んで頭に入れつつストーリーを楽しむものである。ただこの二つの作品については、映像をイメージしやすいものの、どうも大急ぎで書き殴ったという印象があり、展開を追っていくのに疲れてしまった。この二作が特にSFの記念碑とは思わない。 さて、標題の作品については、月世界市民のマヌエル、ヒロインのワイオミング、教授、その他の登場人物があり、コンピュータ技術者にすぎなかっ

          「月は無慈悲な夜の女王」読み終えた

          「月は無慈悲な夜の女王」(前半)

          このSFが評価が高いそうなので、読み進めている。 名作SFを読んだことはあり、「夏への扉」「たったひとつの冴えたやり方」「ソラリス」「われはロボット」「幼年期の終わり」「2001年宇宙の旅」といった極めてメジャーなものばかりである。もともと正統派海外SFに詳しくはなく、むしろ、そういうものに影響を受けた日本国内の小説・漫画といったものに多く接してきた。 さて、標題の作品は、月世界で暮らす主人公らが、万能コンピュータを味方につけて、月世界政府の支配に対し反乱を起こし、これから地

          「月は無慈悲な夜の女王」(前半)

          芥川賞「サンショウウオの四十九日」「バリ山行」読んだ

          上記2作品が文藝春秋に掲載されたので買って読んだ。 あらすじ等は面倒なので書かない。読んで考えたことを書く。 まず「サンショウウオ」であるが、結合双生児という実際にはない形の双生児が主人公である。私は紹介記事を見てこの設定にけっこう期待を持ったのであるが、まあ女の双生児だから興味を持ったというのが正確だろう。 作者は医学士であり、古来、医学士の作家は(森鴎外、安部公房、魯迅……)けっこういるだろう。人間を生物の一種として学び、かつ精神に関しても学んでいるのだから、人間というも

          芥川賞「サンショウウオの四十九日」「バリ山行」読んだ

          「プラグマティズム」(岩波文庫)

          プラグマティズムは、ある思想がどういう結果(行動)を引き起こすかに着目する観点である。私が初めてこの本を手に取り、またプラグマティズムという言葉の内容を知ったのはけっこう前のことである。その頃から、少しずつ自分なりに古今の哲学の主要な著書(といっても、膨大にある中で文庫本で簡単に手に入るようなものがほとんどだったが)に当たり、難しくてよく分からないものが多かったものの、このプラグマティズムは極めて分かりやすいと思った。ただこれは、哲学思想というよりも方法論というべきで、実世界

          「プラグマティズム」(岩波文庫)

          「地下室の手記」

          ドストエーフスキイのこの著作を初めて読んだのはかなり前だが、筋書きは割とシンプルで、一読した人ならすぐにこれこれこういう話、と言いふらしたくなるだろう。 さて、文庫本で4、5回は読み返したと思うこの著作だが、今から本棚の奥にある本を取り出しても、本の小口が手垢によって変色していてなんか不潔だろうなと思ったので、電子書籍で買うことにした。 で、この本は地下室にこもっている四十歳の男の語りという形式である。ドストエーフスキイのファンなら誰でも、この本はドストエーフスキイ全作品の謎

          「地下室の手記」

          7月21日

          「DIE WITH ZERO」という本を読んだ。 ベストセラーの本は各ジャンルにあるけれども、文芸に関しては当てにならぬ。実用というか自己啓発のたぐいも、結局は自分の好みに合うかどうかという要素が大きい。そういう考えから、日頃ベストセラー書籍が並んでいるのを見ても、またか、としか思わない。 ただ、小さな書店でも、ベストセラーの棚に長々と居座っているような本は一応チェックしてみたくなる。この「DIE WITH ZERO」は題名が内容をダイレクトに表しており、題名は大事だな、題名

          7月14日

          「アンサンブルコンテスト」も「君たちはどう生きるか」もDVDレンタル店に置いてある。しかし観る気はしない。 先般、邦画をレンタルして観た。「アナログ」「月の満ち欠け」である。これらは多少心に残るものではあったが、異能力とかが普通に出てくるアニメとは違い現実のものだから、少々物足りないかと思ったのも事実である。 まあ、これらの邦画に大して感動しなかったのは、異能力がないからという理由ではなく、地味だから、という理由だろう。 マーク・トウェインの「人間とは何か」を読んでいたのだ

          「夜のクラゲは泳げない」全話見た

          さて、ユーフォニアム3が終了したので、日曜夕方に毎週書いていた感想ももう書くことがない。 そもそもアニメを一回見て、記憶を頼りに感想を書くことがそんなに有用かどうかは分からない。だがそもそも繰り返し見たくなるアニメもなかなかない。 先月終了した「夜のクラゲは泳げない」をぼちぼち視聴し続け、最後まで見た。この作品のキャラデザインは、キャラの顔が目新しい感じがして、気に入った。特に目の描き方である。 その昔、ジャンプなどの少年漫画では女の子を可愛く描く作品がなかなかなかった。全く

          「夜のクラゲは泳げない」全話見た

          ユーフォニアム3・最終回見た

          順当な結末といえるだろう。 これまで緊張感、不協和を来していた吹奏楽部が一つにまとまっており、部員も仲の良さを前面に出しており……。 多分、これまで第一回~第十二回を見た視聴者が、「こうだったらいいのにな」と思うような結末をしっかり見せたのではないだろうか。 全然意外な部分はなく、まともな結末だったので、あまり感動もない。 やはり、これまでやってきた話が不満足の部分が大きく、大団円という形で最後に帳尻を合わせにきたのだと思うが、じゃあこれまでの話は一体何だったのか? という疑

          ユーフォニアム3・最終回見た

          ユーフォニアム3・第十二回見た

          感想を書くときはいつもネットの評価を一切見ない状態で書いているので、今回もそのようにする。 オーディションがあり、どちらが吹いているか見えない状態で、部員全員の挙手で決めるという展開になった。しかし最後の決定は意外な方法で行われた……。 この3期では麗奈が滝先生を信奉し、全国金を目指してドラムメジャーを務めており、また麗奈は愛嬌はあまりないけれど「特別」になるという描写をされている。 そのような経緯からすると、最後の麗奈の感情発露というのは(代替案が思いつかないほど優れた思い

          ユーフォニアム3・第十二回見た

          ユーフォニアム3・第十一回見た

          今回のテーマは久美子の進路と、麗奈との今後の関係だった。 まあ、一話まるまる使って、決めたことが「音大には行かない」というのはちょっとショボいな。 麗奈が、久美子が音大に行かないなら関係を終わりにする、と言い出したのも、ブレないというか、依怙地な不器用なキャラだなぁと思ったけれど、そのことになぜあまり魅力を感じないのか。今まで部活で一緒の目標を目指してきたけれど、それがもうすぐ終わる。部活で全国金をとることから、将来留学して音楽を続けることを決めるわけだが、初見だったら麗奈が

          ユーフォニアム3・第十一回見た

          ユーフォニアム3・第十回見た

          今回は久美子が本当の気持ちを声にするという回だった。 よく考えると、主人公が心の声でブツブツ言っていても、その気持ちを今まで誰にもぶつけなかったというのは、不自然な感じである。そういう作品は他にもあるけれど、若人向けの作品であるからやはり本音の表出によってカタルシスが成立するのが望ましいと思っている。そして本作は今回ついに、前半のギスギス最高潮を経て、やっとそういう展開を迎えた。 いかんせん、演奏シーンがほとんどなく、せめて音だけでも入れてくれれば、と思うのだが、関西大会とか

          ユーフォニアム3・第十回見た