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ヤバTとひとり旅を愛し、BBQと陽キャを憎む その正体は、行政のフィールドで整理収納に奮闘する「ノラネコ」 【高橋奈津美さんのお話】
この記事は、個人取材サービスでつくった原稿です。奈津美さんは本当にフットワークの軽い方で、遠方にお住まいにも関わらず「友達に会うついでに、矢島さんに直接お話しに行っていいですか?」と会いに来てくれたのです。楽しかったなあ。そんな思いをそのままに、奈津美さんのこと、記事にしてみました。
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かわいい~
ないない、自分が40歳⁉
39 歳も半ばに差し掛かり、4月から同級生たちがどんどん40代に突入していくことに 「ちょっと待ってよ」とあわてたという12月生まれの奈津美さん。もちろん、39の次は40です。 それにしたって、40歳は人生の折り返し地点というイメージ。
「だって私は中学校のころからなんにも中身が変わっていないんですよ。車を運転していると、道路に描かれた速度制限の『40』がいちいち目に飛び込んでくるほど。もう恐怖で」
そのセリフを聞いたときはつい笑ってしまったけれど、わかります。40代って、大人がすぎる。 中身が追いついていない焦りや、名実ともに正真正銘中年時代に入ることへの抵抗感は、きっと多くの人が抱く感情でしょう。
奈津美さんも、自分が40代に見合う人間になっている自信がありませんでした。一般的には、 結婚して子どもがいるものではないのか、と。地元に戻ってきているため、ふとしたタイミングで予期せず同級生に出会ってしまいます。「上の子がもうすぐ高校生なの」なんて聞くと、自分の変わらなさを痛感してしまう。
30 代前半には婚活をしてみたこともありましたが、すでにそこでは若い方ではありません。相談所のスタッフさんいわく「妥協して結婚するか、妥協せずに結婚しないかですよ」とのこと。非常に口のスメルの特徴的な方とお見合いをし、スタッフさんに「ぜひ」と勧められたときには、「あなたも今臭いと思ってますよねえ!?」と内心で激烈ツッコミ!
いろいろとうんざりして婚活からは遠ざかり、その後は仕事が波に乗ってきてどうでもいいような気持ちに。けれど時折、「あのときもっと積極的に婚活していたら?」「今からでもすべきでは?」 と揺り戻しがくるのだと言います。振り子のように、揺れる心。
実際のところ、今は職場から徒歩圏内にある実家に住んでいて、居心地はよく、とりわけ問題は ありません。世に言う結婚や孫へのプレッシャーをかけられることもなければ、1 人暮らしを勧められることもない、奈津美さんいわく「中学生生活」。
「世には“子ども部屋おじさん・おばさん”のようなワードが勝手に広がっています。もちろん独立、自立することは立派で素晴らしいのですが、家族と住むことがそんな風に揶揄されるほど悪いことなのかな、と思わずにはいられません。他にも “イクメン”とか“子持ち様”とか、ひとくくりにまとめて偏見や対立を生むような言葉はほんとによくないと思うんですよ!」
そうだそうだ、世相を映したつもりのドヤ顔で人のこと勝手にくくるやつはだれだ!
才能あふれる、縁の下の力持ち
奈津美さんは、京都大学で言語学を学び、大学院では人間の認知能力と言語表現との結びつきについて研究をしていました。いくつもの論文を書き上げた、いわば学者の卵です。子どもの頃から勉強が苦にならず、わからなかったことが解けるようになる喜びを感じていました。勉強が楽しくて、浪人生に憧れていたほど。「大嫌いな体育の授業もなく、陽キャ(後述)たちからこそこそ隠れなくてもいい勉強生活は最高だろうな」とは、奈津美さんの弁。
大学院を出た後は、台湾で日本語講師や塾の講師をするなどしばし放浪。30歳のとき、偶然、 地元の役場で新規採用職員を募集していることを知り、応募をしたらみごと合格です。「就職経験もない30歳をよく雇ってくれた」と感謝をしながら、10年働き続けています。
長くいた部署では、税金の徴収をしていました。気が合い尊敬できる先輩と、「この税収納率なら 県内3位以内にいける」「〇市がまくってきた!」と身を入れて働いてきたそう。そのおかげで、なんと県内35市町中1位の好成績! というか、収納率ってそうやって競うものなんですね。
もちろん、払えない人から搾り上げたりはしません。事情をお聞きして、延納や分納にも応じら れます。税金は昨年の収入で金額が決まるものもあり、昨年は稼げたけれど今年は病気にかかり働けない、というような方は困ってしまいます。相談さえしてくれれば、「まずはゆっくり治してくだ さいね」と寄り添うことができるのだそうです。
相談のほかにも、町民にややこしい税の仕組みを説明し、理不尽なクレームもいなし、やりがいをもって職務に当たっていました。
ただ、まったく違う業務内容の部署に異動してからは大変でした。とにかく幅広い問題に対応する必要があり、波乱万丈の1年。この4月からは徴収の部署に返り咲くことができ、やっぱりこの仕事が自分には向いていると実感しました。
「町役場の中で、徴収業務というのは“住民サービスの財源確保”のための縁の下の力持ち。 地味な部署にはなりますが、そこがいいんです。表立って『町おこしだ!』『イベントですよ!』と盛り上げていくような、陽気な仕事は苦手なので」と話してくれました。
BBQを憎み、ひとり旅を愛す
そう。奈津美さんは、奈津美さんいわく、陰キャなんです。
苦手なものは、バーベキュー。そして「仲間たちとウェイウェイしている」キラキラな陽キャ。
いわゆる「高級車」と普通の車の違いが理解できず、寿司や刺身にテンションが上がることはなく、ディズニー関連も避けて通る。
世間一般とは一線を画す奈津美さんの価値観。いいぞもっとやれ。
一方で好きなものは、「基本的にたいしたことは起こらないけれど、心のどこかにくすぶりを抱えている」物語や人々。映画なら「レンタネコ」「かもめ食堂」。音楽は、ヤバイTシャツ屋さん。テ レビ番組は「久保みねヒャダのこじらせナイト」で、漫画家の久保ミツロウさんの爆発力から目が離せないのだとか。
そして愛することは、海外への一人旅。そのよさは、一切日本語が入ってこないこと。言葉はわからないし、ポスターも看板もひと目では読めない。外から余計な情報を入れずにすむラクさが、たまらないのだとか。
いつもは行ったことのない国を選ぶそうですが、去年と今年は2年連続でフィンランドへ。温度湿度が低くて夏場は日が長く、人が少なくて治安がよい。おまけに大好きなマリメッコだらけ! 去年はサウナ、蚤の市、マリメッコのアウトレットなどを回りましたが、今年はゆっくり町をぶらついたり、森の中のホテルに2泊したりの予定。早々に予定を組み、職場に“夏休みをがっつり取るキャラ”として定着することをねらっています。事前の根回し、大事ですね。
もちろん、友だちと行く旅も楽しいもの。けれど、その土地や自分自身とじっくり向き合うのなら断然一人旅だと話す奈津美さんに完全同意です。その「場」と一対一になれる。一個人として現地の方とコミュニケーションをとれる。ひとり旅ならではの高揚感があります。
奈津美さんは数年前、礼文島を訪れたとき「私は本当にひとりが好きなんだな」と実感しました。 あえてオフシーズンで人の少ない時期を選び、さらにひと気のない朝6時から宿を出て、見ごろを過ぎた高山植物を横目にハイキング。とにかく、人の多い所はいやなわけです。礼文島では人生で生まれて初めて“時価”のうに丼を食べたのもいい思い出。食堂の方から「今獲れたウニが港から向かっています!」なんて言われたら、もう。誰かといたら、どの食堂に入るかと相談しているうちにチャンスを逃してしまっていたかもしれません。
コロナ禍で、行きたいところに突然行けなくなることがあるんだと知った奈津美さん。円安はつらいけれど、行きたいところに、行けるときに行こうと思うのだそう。本当に好奇心旺盛で、フットワークの軽い行動派です。
ヘルシンキにある中央図書館「Oodi(オーディ)」には、さまざまな言葉が記されたらせん階段があります。「この図書館は誰に捧げられるべきか?」という問いに対する、市民たちの答えです。「学ぶ人に」「移民の人に」など無数に書かれてあるのですが、当然フィンランド語のためどれも読めません。フト思い立ち、ひとつだけ撮影してみました。あとで翻訳してみると、その言葉は「ノラネコ のために」と。
奈津美さんが思ったのは、「ああ、私だ」。
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得意を活かして、やれることー 勉強そして整理収納
今、市役所・役場といった自治体界隈では、DXをはじめとした業務改善や業務効率化がホットト ピックなのだそうです。奈津美さん、自分にできることはないかと都内まで勉強会に行きました。 そこでほかの自治体の先輩から言われたのは、「公務員は、言われたことをきっちりやることを期待されて採用されている人たち。ここに来て何かを変えようとしているあなた方はいわば変態」。
すごい言われようです。そうは言っても、“変わらず”人の役に立ち続けるためには、世の動きに合わせて“変化し続けている必要”がありますよね。松樹千年の翠とはよく言ったものです。一般市民町民からして、奈津美さんの在り方は本当にありがたい。
ただ、複雑な気持ちもあるそうです。業務を効率化すると単純作業の仕事が減り、頭脳労働や住民対応といったコアな業務だけが残る。抜けがなく、常にぎゅうぎゅうで判断を迫られ続けるのもぐったり。今ですら、時に「ああ単純作業を淡々としたい!」と渇望するというのに。
奈津美さんの主張によると、「印刷室でコピーが終わるのを待ちながら数十分ぼーっとできる時間があれば、普段の仕事であまり関わらない人とも、何気なく会話をする機会も生まれるわけです。 タスクでぎゅうぎゅうじゃ職場恋愛だって生まれないぞ!」。
どんなことにもゆとりは必要ですね。
それから奈津美さんが今一番とりかかりたいのは、働きやすい環境に職場を整えること。もともとそれは好きな分野で、今年の春には整理収納アドバイザーの1級も取得しています。なんせ、税金の「収納」推進班で、滞納「整理」が仕事ですから。
「いざ職場で片付けに取り掛かると、引き出しの奥から苔むした謎のもの、懐かしのフロッピーなど、いくらでも不要なものが出てきました。公の機関は民間に比べ、ものの所有スペースに対してのコスト意識が低いような気がします。やってみてよかったのは、場を整えていくにつれ、自分の頭の中でも業務が整理されていったこと」
やっぱり、場と頭の中というのはリンクするものなんですね。
さらには奈津美さん、昨年の冬に3日間にわたる「町役場一大スッキリプロジェクト~使ってい ないもの循環させる会」をひとりで開催しました。
1日目:各部署で使っていないものを一室に持ってきてもらう
2日目:集まったものの中から「うちの部署で使いたい」ものを引き取ってもらう
3日目:さらにいらないものを持ってきてもらって、「誰にも引き取られなかったもの」と合わせすべて処分
役場にとってあまりにも有意義なこの催し。「総務課に説得してやってもらうより、企画にOKをも らって1人で始めた方が早い」と企画を通し、庁舎内に広めました。まさに縁の下の力持ち!
「それでも、まだまだできることがあります。職場内でごちゃついた空間に出くわすと、私の中に整理収納コンサルタントの本多さおりさんが降りてきて言うんです。『この引出しの中身はなんです か?』『最後に使ったのはいつですか?』『本当にこの場所に棚は必要ですか?』と。」
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もちろん、自分1人ですべての職場環境を変えるのは不可能。大切なのは、周りや上司と雑談をしながら、何気なく相談していくスキルなのだとか。最近では「報・連・相(ホウレンソウ)」より 「雑・相(ザッソウ)」というのだと教えてくれました。難しいんだな~。
変化がないどころではない、進化で人を助ける人
「自分の苦手や弱いところを克服するより、得意を伸ばしていきたいと思うようになった」と話す奈津美さん。苦手は、仕事の枠をこえた人付き合いや、体力勝負といったところ。得意なのは、環境や情報の整理と文書の推敲、仕事の細分化、人の要決済書類をスムーズかつ的確な指摘も加えて回してあげること。
整理収納アドバイザーのほかにITパスポートや簿記を取得し、現在は業務に役立てるべくファ イナンシャルプランナーの資格を勉強中です。勉強が好きで得意って、なによりの武器ですね。
とはいえ、“はざま世代”なこともあってなのか、役職に対する上昇志向はあまりなく、課長にまでなれば議会や立場のある人との調整が気が重い。「 多数の人に評価されなくてもいい。自分が納得でき、楽しいと思える縁の下の仕事を続けていきたいです。もちろん誰かが小さく『グッジョブ!』と思ってくれたらうれしいですけれど」
今回お話を聞いてみて、なんて魅力的な人生を送っている方なのだろう!と、羨望のまなざしになってしまいました。豊かな才能とフットワーク。周りを巻き込んで(は苦手と言いつつ)職場によい環境をもたらす頼もしき存在感。そして旅が本当に楽しそうで、素敵。
もちろん、ときに振り子が大きく振れて「このままひとりの気楽な生活で大丈夫?」となるお気持ちもわかります。妥協が必要なのか、不必要なのか。その後幸せを感じるのか、それとも前の方がよかったと思うのか。誰にもわからないし正解もない。本当に難しいことだけれど、ひとつ言えるのは、なんにせよ奈津美さんの生き方は素敵。変わっていないなんてとんでもない!