インビンシブル〜無敵のヒーロー〜のすすめ
アメコミのヒーローものと言うのが昨今大変に流行っている。
出版社が持つキャラクターを自在に動かせる独自の世界観が特徴的でそこが日本の漫画とは大きく違っている。有名なものはマーベルのスパイダーマンやX-MEN、アイアンマンが存在する世界、そしてDCのスーパーマンやバットマンが存在する世界である。日本で有名なのはこの二つだけだが、実際には柳の下には何とやらと言うことで、クソみたいなヒーロー世界やヒーローが乱立している状態であると言う。
そんな中Amazonプライムビデオで非常に良質なそれ(クソ)の一つを発見した。アニメ『インビンシブル』(原作あり)invincible 日本語に直訳すれば無敵。何ともアホなタイトルだ。だが、ヒーローものには一応相応しい。
この世界は端的に言うと上記の有名なマーベルとDCの世界、キャラのパロディのような世界観だ。正直安っぽいキャラデザ、マルチバース等の概念はそのまま、例えば、DCで言えばスーパーマンやバットマンなどに対応するようなキャラクターがそれぞれ存在する。それだけのことだ。じゃあ、(デッドプールや)シンプソンズのようなふざけたカートゥーン、パロディアニメなのかと言えば全くそうではない。正直パロディにしか見えないのに、彼らは大マジだ。大マジに人を救おうとしている。大マジに正義を振るおうとしている。
だったらアベンジャーズとかジャスティスリーグとか見てればイイじゃん、と言うのは全くその通りなのだが、ちょっとだけ待ってほしい。
上記のパロディ的な構図+大マジ、どこかでみたことがないだろうか。そう、アメリカンコミックス最高傑作と言われる『ウォッチメン』。アメコミファンなら一度は聞いたことがあるに違いない。DCという出版社の中にあり、後に例のDCの有名どころの面々とクロスオーバーすることもあるが、オリジナルのコミックスの世界は独立している。そしてそれは、『インビンシブル』と同じようにアメコミの文法、つまり超人的な力を持っている人々がいてチームを組んでヴィランと戦う、というのを取り入れている。そんな世界で「正義」や「警察力」といった哲学的なテーマを追求し浮き上がらせ、無名なヒーローを使いながらも文法化されたヒーローコミックスの中では頭一つ抜けた存在となっている。
では、『インビンシブル』ではどうだろうか?
モロスーパーマンの「オムニマン」という超人の息子として生まれ、能力に目覚め、「インビンシブル」という名を表明し活動しだす主人公。そこらの中途半端な能力のヒーロー(バットマンみたいなやつ)などとは一線を画す真の超人として、要領の良く過ごすつもりだったが、雲行きが怪しくなってくる。さまざまな悩みや試練が彼に襲いかかる。
(そもそも一話目からこのアニメは様子がおかしい。異常にバイオレンスなのだ。軽いノリのアニメかと思ったのに。血はピューピユー出る、肉はボロボロ捥げる、骨はバキバキ剥き出す、目はポンポン飛び出る、内臓はバンバン飛び出す。しかもヒーローグループ(アベンジャーズ的な)なものの共食い、内ゲバ。何を見せられているのだ。これはただものではない。このヒーローアニメはやばいぞ、と視聴者に思わせる。)
「インビンシブル」君の悩み事は直接的だ。ヒーローであること。異星人の息子であること。そして、、、。これ以上は最大のネタバレとなるので避けたいが、とにかく「原罪」というテーマが剥き出しになって彼を襲う。超能力を持って生まれたこと。ヒーローになったこと。異星人の息子であること、そして〇〇であること。彼だけではない。訳あってティーン(ヒーロー)のチームと行動を共にすることが多いのだが、彼ら彼女らの「原罪」も剥き出しで描かれる。
何、こんなのはX-MENやスパイダーマンでいくらでもやっているじゃないか、と。いや、その通りだ。(X-MENはまた差別とか違うベクトルのテーマ、問題としてだから置いておく。)だが、スパイダーマンなどは毎度毎度悩んでいるが、二人いる恋人の片方がたまに死ぬくらいでなんだかんだホイホイ解決している。一方、こちらは事情が異なる。スパイダーマンやそれらがいる世界などと違って誰もなんの思い入れも歴史も愛着もないので、原罪に対する苦悩は死や恐怖、究極の矛盾、不条理となって例の異常なバイオレンスな描写で表される。こいつらが死んだって別に出版社的に何の損失もない。むしろ死んで物語が動くならそちらの方が良い。そうして「原罪」は重苦しくも眼前に浮き上がってくる。マーベルやDCの良くも悪くも固定化されたヒーローもの文法ではなかなか表せないテーマ性がここにはあるだろう。ぜひ見てほしいと思う。