きかくしゃの、のうみそ(俯瞰編)
前記事の「きかくしゃの、のうみそ」では、okuruのことを題材にどんなことを考えて、場を運営しているかを書きました。
https://note.mu/yahagikenta/n/n8227656e8671
今回は「俯瞰編」と題して、時間軸を少し広げ、okuruをはじめる前に取り組んできたことからokuruという今の場にどうやって繋がっていくのかという、企画の脳味噌をご紹介します。
こちらの記事のキーワードは「失敗」です。
ゼロベースからモノゴトをはじめるというのは容易くなくて、okuruという場に至るまで実は多くの失敗をしてきました。
分かりやすく失敗と表現しましたが、個人的にはそもそも挑戦の上に成り立つ行動は「失敗ではなく投資/学び」であって、それは確実に次に繋がりますし、後悔もありません。
「満足いかない今のまま、何もしないこと」、これが人生の浪費であって、本当の失敗だと思いますし、後悔します。
今回の失敗とは「挑戦の上で悪手を踏み、どう修正したか」ということです。
第一の失敗(企業内の若手コミュニティを作った)
2013年→2015年くらいの時期
先に述べると、失敗の原因はコミュニティの構造を理解してなかったことです。
(この頃は1人でバックパッカーとかもしてたなぁ)
前職の大手SIerにいた時の話。同期入社が当時約600人いて、研修を経て散り散りになっていくのですが。
現場の研修などを経て率直に、諸先輩方を見ていて、「あぁこうやって目が死んでいくんだな」と思いました。もちろん優秀で輝いてる方もいましたが。
仕事が逼迫して、それをこなしていくうちに、仕事が中心の人間となっていく。
そんな人生嫌だな。そうならないように自分の意思でなんかやろう、それが起点でした。
そこで謳っていたのは、
「ライフスタイルデザイン」というコンセプト。
その当時よく言われていた「ワークライフバランス」という、仕事と生活を切り分けてバランスを的なことじゃなく、
ただ仕事をこなしていき仕事人間になる予防線として、主に新卒同期を巻き込んで「仕事も生活も含めてひとつのライフスタイルとしてあなた自身がどうしていきたいのか?」を考えていくコミュニティでした。
ワークショップなどのイベントやったりね、役員集まる会議で発表したりと真剣に取り組んでました。
最初は熱量高くはじめたけど、ずっと先頭をはって続けるほどモチベーションが続きませんでした。結果自然消滅。
なぜか。
シンプルに言えば意識だけ高くて、なんだか内向的で、面白くできなかった。
コミュニティとは何か共通の目的のもとに集うものだと思います。コミュニティの上に掲げているものがライフスタイルデザインを「考える」なのが面白くなかった。
もっと言えば、その思想を掲げながら、実態は会社の中の活動というのが良くなかったなぁと。同じことやるにしてと会社の枠じゃなくて外でやったほうが良かったと思います。
(ただ当時は、会社の外で何かやるほど自信なかった)
やってて途中で気づいたのですが、
面白いコトをする人になろう、じゃなくて面白いコトしようという巻き込み方、やり方が必要だったということでした。
第二の失敗(就活生の就活支援ボランティア団体)
2014年に第一の失敗と並行で、その当時仕事の関係で住んでいた東北地方で実施していた活動。
平たく言えば、就活生の就活支援のボランティア団体を立ち上げて運営してました。
ここでの失敗、それは人の巻き込み方につきます。
なぜやろうと思ったかは、
元々自分自身が就活で苦しんだ経験や、
就活苦で自ら命を絶った友人の件がトリガーとなり、なんとかしたいと思ったからです。
また他の新卒を見てて思ったのが、みんな企業の分析や対策をしっかりしてて、受かるための就活が上手なんですね。
僕がやりたかったのは、そんな就活のあり方に一石を投じたかった。
見せ方が上手で中身が空っぽな就活はやめようよ、と。
なので就活生に対して、企業の分析の前に、彼ら自身がまず自身を理解する場をワークショップや対話会を開いて実施してました。
(自分、、若い、、細い、、)
結果としては、運営しているチーム側が崩壊して、僕も意気消沈して続ける意欲を無くして終了しました。
今でもこの就活っていう領域は将来何かかしら取り組みたいなぁという思いはありますが。
当時僕が知り合いもいない東北ではじめた活動で、一緒に取り組む人も見つからず、困ってました。
そんな時にあるツテからメンバーが集まったのですが、そのメンバーは某経営大学院の方々。
ひょっこり東北にいる普段はSEの僕とその経営大学院の方々という構図。
多分根本的に僕に信頼が置けなかったんだと思います。僕のチームを率いる実力も足りなかったんだと思います。
離散直前はチームの方に絶えず僕の意志は何かを問われて、チームのメンバーはそれの評論家となる、という構図になってました。
(正直同じチームにいるのに、評論家なスタンスにイライラして)最後には僕から、それぞれのなぜ参加しているかの意志を聞いて、それが色々掛け違ってるのを感じて、続ける意欲がなくなりました。
(意気消沈の僕に、東北の風はやさしく流れていきました)
なので、巻き込む人はホント慎重に考えるべきだと。どんなに人が足りなく感じても、そこは妥協すべきところじゃないだな、結果として大きな痛手を負うんだなと学びました。
第三の失敗(「恩をおくる」活動団体)
2015-2016年
さて、第一、第二と同時並行で失敗し、
何を学んできたかと言えば、
コミュニティの構造(内省的なのは弱い)。
コミュニティの人選は慎重に。
です。
さてそんな学びを得て、はじめた次の活動。
ちょうど地方行脚が終わって関東に居を移した時でした。
(この頃から健康不安からビールをホッピーに切り替えていく、、なんの話だ)
さて、これまでの失敗を踏まえて僕は、
会社じゃなくて個人をベースに楽しいと思えることをやろう、それが自分の成し遂げたいこととリンクしている位置で。
その頃はそう考えていました。
そこから自分の頭を整理して、やろうと思ったこと。
テーマは「恩をおくる」
恩を返す(take)のではなく、まずは自分から何か小さいことでも恩をおくる(give)、そんな行為を世の中に増やしていきたい。
そう思いました。
そこで思いついたのが、
万引きではなく、「万置き」。
メッセージカードに500円を入れて、ゲリラ的に大量に街にばらまき、そのメッセージにはこの500円は良かったらあなたの周りの誰かのために使ってくださいと書いてある。
で、拾って使ったらtwitterでハッシュタグ付けて投稿してね、という企画でした。
で、結論。
ただただ、ばらまいて終わりました。
(そんな最中にいった滝行)
で、今回の話はここで諦めたわけではなく、よりリアル路線に方向修正しました。
すなわち、万置きとかいう企画の怪しい500円が使われないなら、ワークショップ形式にして顔の見える関係で「恩送り」をする企画に変更しました。
500円を隣の人のプレゼントにして渡す、という企画にしました。その隣の人はさらに隣の人にプレゼントする、という企画に。
体感、企画自体は悪くなかったな、と思いますが、続かず。
ここでの学び、
それはコミュニティを形成するときに、人と人を紐付け続けるものは何か、です。
それはワークショップなど瞬間で得られる体験ではなく、連続的な人間関係なんだなぁと。
その連続的な人間関係の中で、人と人の関係はほぐれていって、相手のためを思った行動、すなわち恩をおくる行動に繋がるのだと思いました。
だからこそ、次は継続的な人間関係を作る場としてリアルな場が欲しいなと。
そこからが、今のokuruにつながっていく、という流れですね。
さて普段の仕事をメシの種にしつつ、時間とお金を投資して自分なりに思ったことをカタチにしてきて約8年。
やりたいなぁ、やれればなぁで終えずに、
「やってみる、ダメなら固執せずいさぎよく捨てて、またやってみる」習慣がついたのは、仕事にも生活にも活きてるなぁ、と思います。
いちいち悩まなくなったし、ストレスを感じなくなりました。
悩むくらいなら、ストレス感じるくらいなら、誰かのアクションを待たずにぱぱっとやってみるようになりましたね。
今の企画も色々な失敗の上に成り立ってる、そんな企画の脳味噌(俯瞰編)でした。