年表を眺めながら#2「語り継がれる作品」
1999
高校生のころ、学校を休んで家で映画『東京物語』を観た。当時のぼくにとって学校はとてもつまらなくて退屈な場所だったから、この映画を観ることのほうが、学校へ行くよりも大事なことだと思っていた。
『東京物語』は刺激の少ない映画だった。それまで自分が観たどの映画とも違う、のんびりとした時間の流れ。棒読みのように淡々と話す役者たち。動きのないカメラ。刺激の少なさは逆に「考えながら観る」ことを促す。僕はその後、何度もこの映画を観て、反芻しては新たに感動するポイントを発見する。
1953
映画の公開は1953年。かつては気づかなかったけど、この年は朝鮮戦争の終結した年だ。1950年に朝鮮戦争がはじまり、日本経済が景気回復を果たす最中の庶民の暮らしが、たぶん東京で忙しく働く長男長女の働き方に表れている。一方、太平洋戦争で空襲を免れた尾道には戦前の街並みが残っており、時の流れは穏やかだ。
ぼくがこの映画を家で観たのは1999年。公開から46年経って観ることができた理由は、レンタルビデオ屋がぼくの住む地方にもあったことと、この映画が「観るべきもの」として語りつがれていたことにある。フランス映画特集の雑誌に『東京物語』が挙げられていたのだ。
古典も新作も並列に並べられるレンタルビデオ屋は、観る人の態度も変えていく。過去から未来へと作品を見ていけるからこそ、「オマージュ」がわかる観客が生まれる。
2019
いま、2019年。サブスクリプション型の鑑賞スタイルが浸透している時代で、観る人の態度もまた変わっていく。その分析はマーケターがやっているだろうけど、それよりぼくは、どんな作品が生き延びていくかのほうに興味がある。どんな評価を得た古典でも、誰かが「良い」と言い続けない限り、後世には残らないと思うようになったから。Netflixのレコメンドやフォロワーの誰かのオススメの中に『東京物語』は入らないかもしれない…と思って、まずはこの映画を猛烈にプッシュする。
※ちなみに、1953年はNHKがテレビ放送を開始する年でもある。
※ちなみに、1954年には第五福竜丸の被曝があり、ゴジラが初めてつくられる。
企画メシ4期の有志で寄稿するコラム集「コラム街」
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