濡れそぼった犬を乾かさない人

私の好きなものについて


揚げ物。
なんて素敵な響きだろう。
「大好物はね、鶏の唐揚げ♪」
RADWIMPSもそう言ってる。
食材の旨みを閉じ込めながら、中まで火を通す。
揚げ物を始めに考えた人、アンタは天才だ。
それぐらい、私は揚げ物が好きだ。
自炊をする時の私のサラダ油の減り方は尋常ではない。
カロリーが高いとか、コレステロールが高いとかそんなもんは知らん。
美味いもんは大抵体に悪いが、美味さには変えられない。
美味いもんを我慢する生活より、美味いもんを好きなだけ食う生活のほうが健康的だ。
そんな持論を持つ私だが、理解し得ない揚げ物料理がある。

びたびたにしないで


その一つは南蛮漬けである。

そもそも私は酢が苦手だ。
だが、そこは好みの問題だと思う。
私が南蛮漬けが理解できないのは、そこが本質ではない。
では何が言いたいか。
その前にまずアジの南蛮漬けの作り方を軽く振り返って見てみよう。

1、開いたアジに片栗粉をつけてカラッと揚げる

素敵だ。アジの唐揚げ。
美味しそうじゃないか。

2、切った野菜と揚げたアジを甘酢に漬け込む。

何やってんだよ馬鹿。

そう。揚げ物に液体をかけて、びたびたにしているところが理解できないのだ。

まず揚げ物の1番の売りはなんだろう。
私は食感だと思う。
あのサクサクとした食感は油で時にしか出せないものだろう。
揚げ物を食うということは自身の健康と引き換えに食材油に潜らせ、あの食感を楽しむということだ。

なのに酢に漬ける。
意味がわからない。
何のために健康を犠牲にしたのだ。
唐揚げにレモン汁をかけるのは許せる。
あれは上からかけているだけで、衣のサクサクの食感を完全に奪っているわけではない。
一方で南蛮漬けを見てみよう。
びたびたである。
食感は完全に死んで、揚げ物としてのアイデンティティを奪われてしまっている。
まるでふわふわだった犬が雨に打たれて濡れそぼったような見すぼらしい姿のよう。
せっかく美味しいアジの唐揚げだったのに。
あーあ。

そんなことを言うと、こう言うやつもいる。

「あの衣も美味しいじゃん」

うるせえ。
お前は濡れそぼった犬を乾かせ。

「衣があるからこそ、液体が染み込むんじゃん」

それは確かにそうだ。
油で揚げるということは、水分が飛んでいるということである。
水分を飛ばすことで、新たな液体を染み込ませやすくなり、味の染み込みに繋がる。
だが、味の染み込みと揚げ物の食感のトレードオフは総合的に見るとマイナスだと思う。

同じ理由でカツ丼もあまり好きではない。

卵とじは好きだ。
カツも好きだ。
しかし合わせる必要がない。
卵とじ丼とカツを別皿で出して欲しい。
お願いだから揚げ物の食感を殺さないでくれ。

何が言いたいかというと私はせっかく揚げたものを液体に浸されるのが苦手なのだ。

つまり、敵は


揚げ物とは健康を害する代わりにサクサクであるべきというのが私の持論だ。
丸亀製麺に行けば、かき揚げを別皿で取って食べるし、天かすも食感が残ってるうちに食べる。
つまり、私の持論をまとめるとこういう結論に至る。

「大好物はね、鶏の唐揚げ♪
さらに言えばうちのオカンが作る鶏のあんかけ♪」
野田洋次郎、お前は濡れそぼった犬を乾かせ。

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