春の夜、寒さを学べない
2019/0407
お花見しました。
春という季節の素晴らしさは、先祖から代々受け継いだDNAがもう知っていて、仮に辛い別れが待ち受けようとも、わたしは春をどうしても喜んでしまう。それを止める術をわたしは知らないし、わたしもきっと、大人しくそれを引き継ぐことになる。そうやって春はしあわせなものになってゆくのだと思う。とか情緒が空回りして壮大なこと言っている。春の陽気がそうさせるのか、思考がゆるゆると、輪郭の覚束ないものになってきてしまう。いつもそうか。
みんなが来てくれたお花見は実にたのしかった。陽が落ちても、日付が変わる直前まであそんで、また遊ぼうねと子供のような別れ際の挨拶。また〜に続く口約束をあと何回実現できるんだろう、とか考えてしまうとき、大人になったなあと思う。でも子供のわたしが思ってた以上に、大人って楽しいことも全然あるじゃん〜っておもえた一日でした。みんなありがとう。
私のなけなしの幹事力を総動員して、開催したお花見、自分としては合格点あげたい。しかし、ちゃんと反省すべき点もある。いまわたしはリベンジに燃えている。苦手なこともちょっとずつ出来るようになる、とか、本当だったらそれはものすごい希望なのだけど、いまは信じてやってもいい。
最後に夫の短歌を紹介します。
僕たちはいずれ知らない街で出会ってしまう呪いをうけた
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