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Michael Breckerの名盤 (9) Wide Angles/ Michael Brecker:評伝エピソードを交えて

私がジャズサックスに傾倒するきっかけとなったテナーサックス奏者、Michael Breckerの評伝「マイケル・ブレッカー伝 テナーの巨人の音楽と人生」が刊行されました。
というわけで、評伝のエピソードを挟みながら、私の好きな名盤、名演を紹介しようという企画です。今回はその9回目。当然ながら、評伝のネタバレもいくらかありますので、ファンの皆さんはまずは評伝を買って一読することをお勧めしますし、そこまでは、という人もこの記事で評伝に興味を持ってもらえると(そして買って読んでいただくと)幸いでございます。

今回の名盤:
Wide Angles/ Michael Brecker

今回採り上げるのは、マイケルの8枚目のリーダーアルバム"Wide Angles" ですね。遺作となった"Pligrimage(聖地への旅)"の一作前、健康な状態で制作されたリーダー作としては最後のもの、ともいえるかもしれない。ストリングスとホーンが入った15人編成のバンド "Quindectet" による緻密で複雑なアンサンブルのうえでマイケルの縦横無尽なソロが堪能できる、私としては、"Now You See it…(Now You Don't)"と並んで好きなリーダー作です。録音は、2003年1月、リリースは同年9月ということで、2000年代に入ってからのマイケルの活動からおさらいしていきましょう。


9.1 2000年代:ジャズ業界のビッグネームへ

前回は、"Time of the Essence (1999年)"あたりまで書いたが、その後2000年代に入っても、マイケルはジャズ業界のビッグネームとして安定かつ多様な活動を続ける。自分のリーダー以外で代表的なのはこんなところだろうか。

  • "Time of the Essence"から派生したパット・メセニーとの双頭カルテット

  • デイヴ・リーブマン、ジョー・ロヴァノと組んだ、"Saxophone Summit"

  • ハービー・ハンコック、ロイ・ハーグローブ等との"Directions in Music"

どれも大変な評判だったが、評伝では、特にSaxophone Summitに多くのページが割かれているのが興味深い。キャリアの後半になって自らの音楽のルーツである後期コルトレーンに回帰する、ということを強調しているようなのだが、このバンド、正直、私はあまり好きじゃないw なんかあまり工夫が無いブローイングセッションだし、その中でマイケル、ちょっと遠慮しているように感じちゃうんだよねえ。まあ、折角だから動画張っておくか。

マイケル、もともと控えめな性格でもあり、実はこういう同業者とのバトルセッティングがあまり得意ではなかったのかもしれない。その手の音源で明らかに勝負に出ている(というか周りに気遣いせずに吹いている)のは、例の麻薬更生施設に入所する直前のジャコのライブでボブ・ミンツァーと二人でやっているのぐらいじゃないかな。

せっかくだから、Directions in Musicの動画も。

これも、大変な評判を呼んだプロジェクトだったが、私はCDを買って1-2回聴いただけだった。いや、プレイは全員凄いんですけどね。大変失礼な話だが、今から考えると、当時の私はこの手のジャズのフリーブローイングのセッティング、さらに言うと、そこでのマイケルのプレイに飽きてしまっていたのかもしれない。すみません。

9.2 "Ballads"アルバムのリリース

自らがビッグネームとなり、やはりビッグネームとの共演プロジェクトを複数こなしている中で、マイケルは7枚目のリーダー作として"Nearness of You"をリリースする。

録音は2000年12月、リリースは2001年。それまでのリーダー作とは異なり、マイケルがスタンダードも含むバラード演奏に取り組み、当時は「コルトレーンの "Ballads" のマイケルバージョン」として認知、プロモーションされたアルバムだ。評伝によれば、マイケルは自らのインタビューでも「ジョン・コルトレーンの<バラード>を、このアルバムの潜在的なテンプレートのようなものととらえていました。」と語っている。
まあ、マイケルもすっかりビッグネームとなったとはいえ、リーダー作は小難しい、メカニカルなジャズが多かったし、ここら辺で一発バラードアルバムでも出すか、というのは当人的にも、ビジネス的にもよく分かる。とはいえ、やはりこのアルバムも(あくまでも私にとってだが)食い足りないものが残った。いや、どれもいい曲、いい演奏なんだけどね。
サックス吹き的には、このアルバムでマイケルがラバーのマウスピース使っていたというのが気になる。以下評伝から引用。

「今回のセッションでは、あまり慣れていないラバーのマウスピースを使いました。当日の朝、レコーディングを始めてみて、もっと太い音が欲しいと感じたんです。それでラバーのマウスピースに変え、結局ほとんどそのマウスピースでレコーディングしました。
(中略)結果、音色により集中し、音色を形作っていきました。私が慣れ親しんでいた垂直方向のアプローチではなく、水平方向のアプローチでプレイしながら。そして、その結果に満足しています。」
マイケル・ブレッカー

マイケル・ブレッカー伝 より

マウスピースがどこのメーカーで(開きが)何番だったのか、というオタク的関心もあるが、それより、ここで言う垂直方向、水平方向が何を意味するのか、は興味深いですね。まあ、私はあまり好きではなかったが、このアルバムによりマイケルがまた新しい表現を身に着けたというのは疑いないだろう。

9.3 ラージ・アンサンブルへの接近

2002年2月、マイケルはイングランド芸術評議会主催による英国ツアーを行う。これは、ベースのスコット・コリー、ドラムのクラレンス・ペンに英国のミュージシャン8人(チェロ、ヴィオラ、バイオリン、フルート、ダブルリード(オーボエかな?)、バスクラリネット、トランペット、トロンボーン)を加えた11人編成のバンドで、ギル・ゴールドスタインがアレンジしたマイケルの曲を演奏するという企画。マイケルはこの企画がすっかり気にいり、米国に戻ってラージアンサンブル用の曲を書き始めており、後に、このツアーバンドが今回採り上げた「クインデクテット」の原型だと語っている。
このツアーの後、マイケルはベーシスト、チャーリー・ヘイデンのリーダー作”American Dreams”に準リーダーとして参加する。

チャーリー・ヘイデンが、ブラッド・メルドーのピアノ、ブライアン・ブレイドのドラムに、34人編成のオーケストラを加え、そこにマイケルがメインソリストとして参加した作品。"Nearness of You"と同様、バラード曲が多いが、ストリングスを中心としたオーケストラが加わったことで "Michael Brecker with Strings" 的に認知している人も多いと思う。
オーケストラが入ったことにより、同じバラードアルバムでも、映画音楽のような色彩と落ち着きがあって、実は私はこちらの方が好き。パット・メセニー作曲の "Travels"の名演は有名と思うが、他にもチャーリー・ヘイデンの"Prism"や、ちょっと異質な"Bird Food"などで、マイケルが抑揚の効いた、とはいえちょっと新しいアプローチをしているのが分かると思う。もしかすると "Nearness of You" 効果かもしれない。ちなみに リズム隊も完璧で、おそらく初共演のブラッド・メルドーにはマイケルも影響受けてるんじゃないかな。ブラッド・メルドーはその後マイケルの遺作にも参加する。

9.4 Wide Angles/ Michael Breckerを聴いて

ようやく本題。
一番初めにも書いたが、このアルバムは英国ツアーやチャーリー・ヘイデンのアルバムでのラージアンサンブルの経験を得たマイケルが、ストリングスとホーンが入った15人編成のバンド "Quindectet" を編成して制作した意欲的な作品。
大編成のオーケストラと言えば、本稿でも採り上げたクラウス・オガーマンとの"City Scape"や、チャーリーヘイデン"American Dream" が思い出されるが、それらのアンサンブルがストリングスの白玉を多用した「静」とすれば、こちらは極めて動的。いろいろな小細工wも含めて、よく書かれたアンサンブルをバックに、というかアンサンブルとインターラクトしながら、マイケルが吹きまくる、という企画である。
さらに、上記準リーダー二作は他人の書いた曲を演奏しているが、"Wide Angels" は正真正銘のリーダー作であるということもあり、マイケルの自作曲が全面的にフューチャーされているのも特徴といえる(ドン・グロルニックの曲が一曲混ざってるが)。
ラージアンサンブルということで、キーはアレンジになるわけだが、その作業は作編曲家でキーボーディストのギル・ゴールドスタインに全面的に任されている。師匠のギルエバンス譲りのテクニックで、いわゆるジャズのホーンセクションアレンジとは異なった繊細なアレンジを行っている。編成もストリングカルテットに木管セクション(オーボエ、フルート、バスクラリネット)プラス、ホーンセクション(トランペットとトロンボーン)と独特だ。
評伝の中で、ギル・ゴールドスタインの面白いコメントがある。

「過去のマイケルのレコードでいつも少し残念だったのは、曲のテーマの部分は秀逸なのに、ソロ部分のバッキングがあまり刺激的でないことだ。(中略)だから、『曲からコードをもっと引き出し、刺激的なものにして、マイケルにとってハードルが高いものにしたいんだ』と(マイケルに)伝えた。たくさんのコード上をナビゲートしていくマイケルを聴きたかったんだ。クラウス・オガーマンの<シティスケイプ>のときに、豊富なコードチェンジとテクスチャーの上でやっていたようにね」
ギル・ゴールドスタイン

マイケル・ブレッカー伝 より

そう。これを読んで、私がこのアルバムが好きなのは「マイケルが音楽的に高いハードル(制約)に挑戦している」からなんだ、と膝を打ったわけです。評伝を読んだ全体的な印象だが、マイケル、結構なMっ気のある人ではないかと思っているw どちらかというと、制約が大きいほうが燃える、というか制約に挑んでギリギリのプレイをする。古くはブレッカーブラザーズ時代の変な曲の数々、例えば"Some Skunk Funk"の7/8のブレークとか、"City Scape"での異常なコード進行とか、"Now You See it..(Now You don't)"の「騙しリズム」とか。
さらに言えば、数々のセッションワーク(それこそ、ドナルドフェイゲンの"Maxine”とかSMAPのバックとかw)で培った、音楽そのものと、そこで自分が求められる役割をその場で理解して最高のプレイをする、というマイケルの能力が最大限活かされるセッティングでの演奏が聴きたい、というのが私の潜在的な欲求だったのだろう。よって、上の方で書いたようなブローイングセッション的なものに関しては「凄いけど、マイケルはこんなもんじゃないぞ!」と内心思っていたというわけだ。後付けだけど。
ギル・ゴールドスタインのコメントは「コード(進行)」がハードル(制約)だったように読めるけど、もちろんそれだけではなく、マイケルがテーマ、ソロを吹く後ろで次々と出てくる怪しげなアンサンブルやキメ、リズムアレンジ等々も大きな制約になっていたのはいうまでもない。その「制約」がマイケルに刺激を与え、ブローイングセッションとはまた違った演奏を繰り広げているのがこのアルバムだと思う。

さて、マイケルはアルバムリリース後、クインデクテットを率いて2004年の1月-2月に掛け来日、ブルーノートで公演を行っている。それをNHKが収録し(多分)全編ノーカットで放映した。幸いなことに、今でもYou Tubeでその映像を見ることができる。

一曲目は、初リーダー作に入っていた"Syzygy"。いきなりドラムのアントニオ・サンチェスとのデュオという強烈なスタート。その後、リーダー作での自らのEWIソロをアレンジして再現する(8'20"くらいから)という面白い試みもやっている。
その後は、アルバムの曲を中心に再現。例えば、 "Scylla" では、怪しげなバックのアンサンブルの上で、後期コルトレーンのようなフリーなアプローチをしているが、"Saxophone Summit" あたりのやらされ感に比べると、説得力と必然性を感じる(私は)。
総じていうと、緻密な譜面を演奏するラージアンサンブルという制約の中で、マイケルがテーマもアドリブも実に活き活きとしているし、アルバムの演奏からさらに凄味が増しているのが分かると思う。トランペットのアレックス・シピアジンやギターのアダム・ロジャースもソリストとして好演。バンドメンバーみんな楽しそうだし、なによりもマイケル自身が一番楽しそう。この映像、。途中に出てくるマイケルのインタビューも秀逸だし、観たことのない方、もう死ぬほど観た方含め、リラックスしてじっくり味わってほしいと思う(正座して、と言いたいところではあるが、一時間半もあるのでもたないw)。しかし、私としては、この日本公演を観に行かなかったのは一生の不覚だ。思い出せないが、なんか理由があったのだろうか。うーむ。

というわけで、今回採り上げた"Wide Angles"だが、"City Scape" , "Now You See it.. (Now You don't)"と並んで私のマイケルベストスリーにランクインですな。共通するキーワードは「ハードル(制約)」ですかね。

疲れたので今回はここまで。次回は多分最終回。辛い内容になりそうです。

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