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【秋ピリカグランプリ2024参加作品】 短編小説「iter」

その石板は、シナイの商人によってもたらされた。
彫ってある文字を判読できれば「世界を変える力が得られる」らしい。

神官はそれを「神からの贈り物」と表現し、石板の解読が進められたが、結局何も得られないまま、石板は研究過程を記したパピルスとともに、「獅子のたて髪王」の住むローマへと旅立った。

ローマでも研究は続けられた。
だが、ここでもほとんど成果を挙げられないまま、石板はパピルスと併せて粘土板と木片に記された研究記録とともに、大陸を東へ、東へ、権力者から権力者の手へと渡って行った。

インドでは貝多羅葉、中国では木簡の研究成果がそれぞれに増えて、それは宣教師の手によって、極東の島国、日本に辿り着いた。

「これは、神に近付こうとした覇者の記録です。ぜひ大王に。」

権力者への贈り物として使われた石板と大量の研究記録は、時間の経過と過酷な移動にさらされ、破損し、汚損し、数を減らしていたが、それでも何とかそれらしさを湛えたまま、後に神となる将軍の手に渡った。

「何が覇者の記録だ。こんな古くて読めもせん物に、価値などないわ。」
「それならば、朝廷への献上品とされてはいかが?」
「おぉ・・・それは良いな。そうせよ、そうせよ!」



この、家臣の何気ない進言によって、石板と膨大な研究記録は長らく朝廷、転じて皇室の宝物となり、三の丸尚蔵館にて保管されていたが、2023年、収蔵物が国立文化財機構に移管されたことにより、私が研究することとなった。

ここまでの話は、石板に付随した研究記録を解読して得られた傍証から、私が紡いだものである。

驚いたことに、現代科学をもってしても石板の解読は容易ではなかった。

年代測定、素材鑑定の結果から、古代シュメルが石板の起源で「あるらしい」ことはわかったが、彫られている文字はシュメル文字とは似ても似つかない。どちらかと言えば、形はマヤ文字に似ていながら、アステカに見られる象形文字が混在しているような、そんな感じなのだ。

石板解読は、私のライフワークとなった。
だが、これまでの研究者と同じく、何の成果も挙げられないまま次代に引き継ぐことになる。

私の約40年に渡る成果は、2000年分の研究結果と併せてもなお、小さなメモリーカード1枚で事足りた。




「この樹脂片は何かしら?」

私は観光に立ち寄った惑星で見つけた樹脂片を、宇宙船に備え付けの結晶データバンクのスキャナーにかざしてみた。

【回答:今から約8000年前に使われた記憶媒体。内容をあらためますか?】

「へー! 何か残ってるの?」

【回答:記録媒体『紙』の製法が記された石板を研究した人々の記録。さらに詳細が必要ですか?】

「なんだつまんない。なんでわざわざそんな研究をしたのかしら。」



メモリーカードは海に投げ捨てられた。
水に触れた瞬間、電荷を帯びた樹脂片に放電が起こり、海中に刹那の光をもたらした。

その瞬間、一万年に及んだ石板の旅路は完全に終わりを告げた。



(本文1,200文字)

「iter」
了。


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