小説「オツトメしましょ!」⑰
20 正月
由乃と千英が関西から戻り、2週間ほどが経っていた。暮れもいよいよ押し迫り、世間の年末特有の慌ただしさも落ち着いて来た頃、それを待っていたように、二人は行動を開始した。
今度は、綿密な下調べと準備を行い、年末年始の休暇に入った様々な施設から、「リスト」に載っていた品々を次々と盗み出した。
奈良から戻るとすぐ、千英は地下室の大型パソコンから、あの男のノートパソコンに追跡ウィルスを潜り込ませていた。これで発信機と併せ、パソコンの動きから位置を割り出すことができるようになった。さらに、記録や変更された内容についても、即座にわかるようになった。
リストは半分ほど埋まり、黒で塗りつぶされた項目が増えていたが、「笛」と「首飾り」の項目は赤で塗りつぶされていた。例の、「盗みの記録」を入力してあるエクセルシートには、物が消えていたことが書いてあり、焦りとともに、困惑している様子がありありと見えた。由乃はそれを「良い兆候」と表現し、相手に対し、心理的にもダメージを与えられている証拠だと言った。
まもなく年が変わる頃、二人は家で年の瀬を楽しんでいた。
ここ三日はお盗め一色だったので、別な話題を話したかったのだが、どうしても、話がお盗め関連の、中でも、奈良で出会ったあの男の話になってしまう。足元では、ジャニスが「笑うことを禁じられた」テレビ番組に夢中になり、棒を手にした男たちが画面に現れるたびに、尻尾を振って跳ね回っていた。
「何とか、年内に区切りのいいところまで進めたわね。」
「向こうも、関西の分は集め終わったみたいだね。」
「そうね。あとは7割が関東、3割が東北や中部の何件か・・・。」
「順当に行けば、この後は中部経由で関東、東北の順かな?」
「そう見るのが一般的ね。でも、関東の7割の内、半分はこちらが握っていることになるから・・・どの段階でアイツに知らせるか、が鍵にはなって来る。」
「このまま関西に居座る可能性も、完全に否定はできない、か・・・。」
「うん。アイツは、私たちが笛や首飾りを持っていることを知らないから、残って探し続ける可能性はあるわね。ほんとに偶然だったけど、アイツにとっては、この二つがリストの中でも最重要に考えてたみたいだから。」
その後も、二人はあらゆる可能性について検討をしてみた。どちらにしてもこの件が片付かない限り、正月気分にはなれそうにない。
まず、このまま関西に居座られるのは都合が良くない。地理や、いざと言う時の救援の意味からも、フィールドは関東の方が絶対的に有利だ。それに、これ以上関西で騒ぎを起こして欲しくない。「野生動物の仕業」となったあの一件以外にも、あの男はあちこちで荒っぽいやり方で騒ぎを起こしている。今のところ大事にはなっていないが、長引けばそれだけ大事になる確率が上がり、そうなれば由乃たちのお盗めが露見する可能性もある。
笛や首飾りを探すために、さらになりふり構わない行動を起こす可能性も否定できない。あの男が焦りを感じているのは確かだ。
もっと困るのは、残りの品物を求めて関東に入り、同じような騒ぎを起こされることだ。こうなると、「組合」の仕事にも影響が出てくる可能性がある。これまでのあの男の仕業と思われる手口は、気を遣っている感じはあるが、どこまでいっても素人の仕事ぶりだ。同業ならすぐに気が付くだろうし、そのうち警察関係者の中にも気付く人間が出てくるだろう。
関西と同じことを関東で繰り返したら、間違いなくこちらが動きづらくなる。由乃がお盗めを急いだのは、そういった側面も含まれていたのだ。場合によっては、あのサンスクリット語の古文書と引き換えに、全てを返してもいい、とさえ考えていた。もちろん、それなりの理由があることが最低条件ではあるが。
「やっぱり、正月返上で動くしか、なさそうだね・・・。」
「結局、それしかないみたいね。」
元々、千英も実家に帰る予定はなかったし、由乃も家で何かをするわけでもない。湯浅家では、正月行事は旧正月に行われるのが習わしだった。
そこで、二人は地下室に降り、あの男に向けてメッセージを送った。
『当方、そちらのリストにある品々を所持。あの夜、貴君が持ち去った古典文献と交換の用意あり。応ずる気があるのならば、正月三日の午前0時、浜離宮庭園中島の御茶屋までご足労願う。応じない場合、その後はこちらの勝手次第。』
メッセージには、笛や首飾りの写真を添付してあった。これで向こうにもこちらの意図が伝わったことだろう。本来なら、相手のパソコンのカメラやマイクから映像や音声情報が入手できたのだが、型の古いあのパソコンは、そのどちらも壊れていた。千英はあの廃工場の事務室に、監視機器を何も備えなかったことを悔やんだが、当時はお互いに冷静な判断ができていなかった。これらのミスは今後改めなければならない。
ウィンドウズのエラーメッセージと同じ形式で、向こうのパソコンに表示された画面は、移動することはできても、消すことはできない。メッセージの下に、残り時間が表示され、カウントがどんどん減っていっているはずだ。二日の余裕を持たせたのは、もちろん移動に時間が掛かるからだった。相手の移動手段がなんであるかは不明だが、こちらが位置を特定していることを、言外に伝える意味も含まれている。向こうがそこに気が付くかどうかは不明だが、上手く行けばさらなる心理効果を得られずはずだ。
これで、賽は投じられた。あとは、向こうの出方を待つだけだ。メッセージを送ると、二人とも急に気が楽になったような錯覚を覚えて、同時に溜息を吐いた。顔を見合わせて、笑い合った。こんなところまで気が合うとは。
そうなったら、やることは一つだ。明日からはまた忙しくなる。今日くらいは、のんびりしてもいいだろう。二人は手を取り合って、バスルームへと向かった。
元旦、二人は昼過ぎまで惰眠を貪った。一度は起きてジャニスの「敷地巡回」と食事を与えた後、またベッドに潜り込んだのだ。ジャニスも勝手に自分のベッドを持ち込み、足元の床でいびきをかいていた。
ようやく起き出して、屠蘇ではなく、コーヒーで正月を祝っていると、由乃のスマホから通知音が鳴った。珍しい、いうべきか、伊十郎からの連絡で、久しく顔も見ていないから、顔を出さないか、というものだった。そういえば、傘寿の会で顔を合わせたのが最後で、以降、「組合」にも顔を出していない。
正月で、ろくな手土産も準備できなかったが、それでも何とか柄樽を準備した二人は、伊十郎宅を訪ねた。伊十郎の妻、絹江が温かく出迎えてくれ、組合で使っている茶の間ではなく、奥の座敷に通してくれた。間もなく現れた伊十郎も元気そうで、顔色がいい。
「おお、すまねぇな。こっちで呼んだのに、手土産までもらっちまって・・・。」
「こちらこそ、お招きありがとう、伊十郎おじさん。・・・変わりはないみたいね?」
「ああ、おかげさんで、俺も絹江もすこぶる元気さ。憚りながらと、暗いうちからお参りに行ってきたくらいだ。」
そこに、絹江が茶菓を運んで現れた。
「ま、こんな稼業だからあいさつは小正月に取っておくとして、今年もよろしくね。」
「こちらこそ、今年もよろしくお願いします。」
テキパキと茶を淹れると、ニコニコと笑いながら引き下がっていく。いつもなら絹江も混ざって会話をするのだが、何か用事でもあるのだろうか。この時期は余程に気心の知れた人間でなければ、来客などもないはずだが。
そういえば、伊十郎の様子もいつもと違う。絹江相手に冗談の一つも飛ばし、それを絹江が軽妙に返す、というやり取りがあるのが普通なのだ。
「・・・おじさん、何か、あったの?」
二人の態度に異変を感じた由乃が、口火を切った。わざわざ奥座敷へ通されたのだから、お盗めの話ではないと思うが、何とも言えない胸騒ぎがする。
「ん?・・・ああ、いやなぁ、ちょっと、耳に入れておきてぇことがあってな。」
伊十郎はそう切り出すと、まずは、あくまで伊十郎おじさんとよっちゃん、ちぃちゃんとの話として聞いてくれ、と前置きした。ということは、やはりお盗め関連のことなのか。
「実はな、その、二人のことをよく思ってねぇ奴らが、動き出したみてぇなんだ。」
言いづらそうに切り出した伊十郎を促して、詳細を聞き出すと、どうやら中堅グループの盗め人達が、千英の「手長」襲名に異を唱えている、と言うのだ。そもそも、「手長」が名跡となり、千英が襲名した「経緯」が、「組合」を全く通さず、権蔵の一存のみで決められたことが面白くないらしい。さらに、その名跡にふさわしい「お盗め」どころか、組合に貢献する動きを、何もしていない、と。
確かに、由乃も千英も、組合に表立って貢献するようなお盗めはしていない。今までのお盗めは、最終的に組合にその処理を任せていたとしても、あくまで自分たちのためだけのお盗めだった。
伊十郎は、その動きを察知し、その件について問い質したのだと言う。千英の、「手長」襲名についての経緯を説明し、「お前たちがどうこうできる問題ではない」と諭したのだそうだ。だが、その話を聞き入れず、逆に開き直った体だったと言う。
「そいつは・・・『明神の瑛吉』ってんだが、まあ確かに、今の組合の盗め人の中じゃあずば抜けて優秀だ。「年寄」連中も、一目置かざるを得ねぇ。それに、手下も粒ぞろいでな、まあ一つの勢力ではあるんだが・・・。どうも、考えが浅はかでいけねぇ。俺が話した時も小馬鹿にしたような態度でなぁ、『そっちでどうにもできないなら、こっちで何とかする』と言って、せせら笑いやがった。」
「・・・そんなことがあったの・・・。でも、だからと言って、何かができるわけではないでしょう?」
「まあ、俺もそう思って、打ち捨てておいたんだが・・・。実はな、今朝がた「年寄」から連絡があってなぁ・・・。その瑛吉が、「委員会」の所属になったんだよ。それも、作業班だ、ってんだ。」
「えぇ? いきなり作業班? そんなことあるの?」
「俺も驚いた。だが、俺が話をした時には、内々に決まってたんだろうなぁ。だからこそ、俺に対してあんな態度を取れたんだろうよ。」
「年寄」は、いわば組合の「長老会」とでも言うべき存在だ。組合の最高意思決定機関であり、当然、人事権も持っている。「委員会」と言うのは、組合の中の取り締まりをする部署のことを指す。掟破りや、組合にとって不利益となるような行動を取った者を追跡、捕捉し、然るべき措置を取る。その中の「作業班」は、その際の実力行使を司る部署で、強い「現場決定権」を持っている。委員会の決定に従わず、歯向かったり、抵抗したりする者には、遠慮なく実力で対抗することを許されている。それ故に、作業班に配属される者は、少なくても3年は委員会で他の仕事に従事し、その中で人格や行動に問題のない、優秀な者が選抜されるのが通例だ。
「どうにも、気に食わねぇ。何から何まで、何かおかしい。だからよ、本来なら、組合からの通達で知るべき事柄なんだが、あえて順序を変えて話をしたのよ。」
「・・・おじさん、ありがとう。それを知っているのと知らないでいるのとでは、大きく話が変わってくるわ・・・。十分に、気を付けるわね。」
「・・・すまねぇ。本来なら、俺がきちっと抑え付けとかなくちゃなんねぇことなんだが、向こうの勢いが強過ぎる。俺ぁな、よっちゃん、なんとなく「年寄」の誰かが絡んでる気がして、ならねぇんだよ。」
「そうね・・・。確かに、そうなると辻褄が合うこともありそうね。大丈夫よ。私も笹鳴を名乗ってるんだから、しっかりと対処するわ。」
「む・・・そりゃ、そうだが、今回は相手が悪い。こりゃあ、親分や若にも、話しておいた方がいいんじゃあねぇのか?」
「どうしようもなくなったら、そうするわ。でも、まだ具体的に何かが起こったわけじゃないし、それに、父はともかく、おじいちゃんは隠居の身よ? 巻き込むわけにはいかないわ。」
「そ、そりゃあ・・・そう言われりゃあ、それまでなんだが・・・。」
「おじさんも、あんまり気に病まないで。私たちも、今の件が片付いたら、組合のお盗めをするわ。その、なんちゃらって奴が、文句も言えなくなるほどのお盗めをね。」
それで、話は終わりだった。それでも心配そうな伊十郎を宥め、できるだけ取り留めのない話をして過ごし、絹江が腕を振るった夕飯までご馳走になって、ようやく伊十郎の家を出た。
帰りの車内で、由乃と千英は対策を話し合った。とは言え、相手が身内なら、そこまで大事にはならないだろう、高を括っていた。伊十郎の心配も、年配者特有の杞憂に過ぎないかも知れない、とさえ話していた。
それよりも、間近に迫ったあの男との接触の方が、今の二人には喫緊の課題だったのである。
「オツトメしましょ!」⑰
了。
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