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小説「オツトメしましょ!」⑨

11 千英 

 ミニクーパーの助手席でダッシュボードに両手を着いて、身を乗り出すようにキョロキョロと由乃を探す千英の姿が遠目に見えた。ほぼ正面を横向きに歩いているのだが、廊下の窓と行き交う人間に紛れて、見つけ出せないでいるようだった。

 『まるで、ジャニスみたい』

 由乃は、二人が車から降りると、同じような姿勢でどこに行くのかを確かめようと、こちらを見つめるジャニスの仕草を思い出していた。

 『もう・・・クッソかわいいな!』

 どちらにも言えることで、どちらも今すぐ抱き締めてモフモフしてやりたい気分だが、ジャニスはここにいないし、車の中とは言え千英に抱き着くわけにもいかない。

 ようやく由乃の姿を見つけた千英の顔が、パッと輝いた。その仕草まで、ジャニスと同じだった。

 「お帰り! で、なに?」

 由乃は無言で、見えないように自分の手と千英の手を絡めた。千英が不思議そうな顔をする。まったく、こちらの気も知らないで、考えているのは渡辺准教授のことだけみたい。

 「あのね、奈良の纒向遺跡で、合同の発掘調査に誘われた。それでね・・・。」

 千英に渡辺准教授から聞いた内容と、准教授を取り巻くヒエラルキーについての推測を伝え、併せて思いついた考えを説明する。

 「で、せっかく奈良まで行くのなら、手ぶらで帰って来るのも芸がないじゃない。だから、同時に「お盗め」もしちゃわない?」

 「えぇ? 来週でしょ? 間に合うかな?」

 「間に合わせるのよ。『急ぎ働き』にはなるけど、ある程度の目星は付けてあるから、情報をアップデートして、必要な準備をして・・・。」

 『急ぎ働き』は、本来なら避けるべきお盗めの態様だった。要するに、準備期間も下見も十分でない状態で行うお盗めのことを言う。対して、入念な計画と下見、あらゆる事態を想定した準備の上で、誰にも気付かれることなく終えるお盗めを『本格の盗め』と言うのだ。今のような情報化社会になる前の、江戸や明治の時代には、一つのお盗めのために数年掛けて準備を行うのも、当たり前だったという。

 当然、それなりの人数もいるし、費用も掛かる。そのため、本格の盗めを快く思わない盗賊も多かった。江戸時代には、20両盗めば死罪と相場が決まっていた。そういう意味では、まさに命懸けの盗めをしているのに、仕込みに時間だけが掛かって、分け前の少ない本格の盗めは、「割に合わない」ということになってきたのだ。

 そこで流行したのが『急ぎ働き』であった。目星をつけた商家に、賭場などでその場限りの人数を集め、強引に押し込んで盗みを働く。家人に気付かれれば殺す。女は犯してから殺された。挙句に証拠を残さぬために、家に火まで放つ始末だった。『急ぎ働き』の中でも、本格の盗賊からは蛇蝎のごとく忌み嫌われる、『畜生働き』という、最低の盗めの態様だった。

 「曲がりなりにも、人様の物に手を付ける稼業を生業にしている以上、人としての道理だけは通さなくちゃあならねぇ。それすらも捨てっちまったら、そいつはもう、人じゃねえ。畜生だよ。」

 権蔵が、ニュースで「闇バイトによる強盗事件」が流れるたびに、それこそ吐き捨てるようにそう言っているのを、よく耳にした。権蔵にしてみれば、いや、「盗めの三箇条」を守る全ての盗賊からすれば、こうした事件は断じて「お盗め」ではない。単に、「盗み」と言われるのさえ、嫌がった。人でない者が行う所業と、一緒にされてはたまらない。

 しかし、皮肉なことに、今では「盗み」と言えばこのような「急ぎ働き」がほとんどで、本格の盗めなど絶滅したに等しい。中でも「畜生働き」は、時代が変わっても、燻ぶる炭火のように燃え続け、昔よりもよりさらに場当たり的で、凄惨なものに変わりつつあった。組合の方でも、そうした芽をできる限り摘んではいたが、どこにでも生える雑草のようなもので、一掃することなど出来そうにもなかった。

 「まあ、親が子を殺し、子が親を殺す時代だ、無理もねぇ。戦争も病気も無くなって、俺たち人間は、命のありがたみを忘れたのさ。自分の命も人の命もな。」

悲しそうな目でそう語る権蔵の姿が、はっきりと思い出される。

 その孫であり、弟子でもある由乃が行うものは、「急ぎ働き」ではあっても、「盗めの三箇条」をきちっと守ることができる、と踏んでいるからこそ、である。いつか関西に行く時のために、獲物の選定と、その保管場所についての下調べは終わっているのだ。今でもその情報が有効かどうか確認をして、必要な物を準備すれば、いつもの「本格の盗め」になる。

 もう一つ、これからのために、「期限内にしっかりと準備をする」という経験も、二人には必要だろう、と考えたことも理由として挙げられる。今までのルーティンから、できるだけ無駄を省き、効率を考えた準備をしなければならない。

今までのお盗めは、準備期間は無限にあった。逆に言えば、時勢が整わなければお盗めは行わないのだから、当たり前だったが、そうではなく、「時間に追われる仕事」の経験を今のうちに積んで、問題点を洗い出しておきたかったのだ。

 「それと、ね。今回は、途中まで別行動を取ろうと思うの。私は渡辺准教授たちと移動するから、千英は一人で運転して来て欲しいのよ。」

 「そ、そうなの!? 大丈夫かな・・・。」

 「大丈夫にしてもらわないと、ね。それに、慣らしにも丁度いいでしょ? 」

 「まあ・・・そうだけど・・・。」

 「じゃあ、一旦はその方向で動き出しましょ? どうしても難しそうだったら、また考えるから。」

 「わかった。」

 それから二人で日本史の講義を受け、15時過ぎには帰宅した。いつものようにじゃれついてくるジャニスとの遊びもそこそこに、二人は準備に取り掛かった。

 まずは、今回の移動手段でもあり、遠征先の拠点ともなる、フォードを完成させなくてはならない。昨夜のうちに、千英は荷室の右壁に大型のモニター2枚を並べて取り付け、USB―Cの給電装置を設置し、配線を伸ばして運転席と助手席の間にも給電装置を取り付けていた。その他は、千英の趣味による小物が増えた。ハンドルカバーや灰皿、太陽の光を受けてユラユラ動くデフォルメされた動物たち。

 「こんなことなら、パソコンを先に積んで置けば良かった!」

 1台が20kg程あるパソコンを運び込みながら、千英がぼやいた。フォードには千英が組んだ同じパソコンが2台、ノートパソコンが3台積み込まれる予定になっていた。帰宅してから2時間ほど、二人で汗だくになりながら、制振装置と水冷式の放熱板を組み込んで、ようやくパソコンを乗せるところまで漕ぎつけた。出来れば今日中に運転席側にもモニターまで積み込んで、起動させるところまでは終わらせたい。

 「あ、乗せるの? 手伝おうか?」

 由乃は助手席に座り、大型のナビモニターを取り付けているところだった。聖から送られたナビシステムで、地図の精度が各段に高い上、地下道や下水網のデータまで入っている特別製だ。特定の発信源を追尾することまでできる。データは数日に一度更新され、常に最新のシステムでナビを行う。

 「大丈夫!・・・っせ!っと!」

 抱え上げると、千英の腰から顔までを隠してしまうような、大型のタワー型パソコンが荷室に積みこまれた。続けてもう一台。

 二人は黙々と作業を続け、23時過ぎに、パソコンの起動確認までが無事に完了した。

 「うん、オッケ! アンテナもきちんと機能してる。」

 「じゃあ、ここからジャミングもハッキングも可能になるのね?」

 「うん! ミニクーパーの時の、20倍くらいの広さをカバーできるようになった。まあ、それだと15分くらいが限界だけど。電源的に。」

 「十分じゃない! それだけあったらかなりのことができるわよ!」

 「まあ、ね。控えめに言っても、最高の車ができたと思う!」

 それも、千英がいてこそ、だった。千英はまさに、情報化社会の申し子と言っていい。知識として、というより、感覚的に高度な計算ができるようだった。本当は、その能力こそが最高なのだが、それが当たり前になっている千英には、いまいちピンと来ないらしい。

 そうなったのには悲しい過去があるのだが、それは千英の能力のスイッチを入れたに過ぎず、能力の大半が先天的に備わっていたとしか思えない。

 千英には、4歳年下の妹がいる。正確には、「いた」という表現が正しい。妹は、先天的に免疫力がほとんどない病を持って生まれてきた。なので、妹の誕生を心待ちにしていた幼い千英は、病院のガラス越しにしかその姿を見たことがなかったのだ。

 ある時、小康を得た妹が家に帰って来たが、その部屋は無菌テントに覆われ、千英は立ち入りが許されなかった。だが、千英は、妹のために、自分のおもちゃを与えたかった。せめて、家にいるときくらい、おもちゃで遊ばせてあげたい。子供の純真な思いで、千英は言いつけを破り、自分が大切にしていたクマのぬいぐるみを、妹の枕元にそっと置いた。その時に、不思議そうに千英を見つめてから、ニッコリと微笑んだ妹の顔が忘れられない、と千英は言っていた。

 その行為は、30分もしないうちに母親にバレてしまい、千英は厳しく叱られた。大切にしていたクマのぬいぐるみは、ゴミ箱に捨てられた。そして、その2時間後、妹の容態が急変し、妹は二度と家に帰ってくることがないまま、短い生涯を閉じた。

 このことで、千英は母親に徹底的に嫌われた。それは、「完全な無視」という形で表現された。食卓に食事は準備されていたが、準備されていただけで、「食べていい」とは言われない。食べなければ、そのうち片付けられるし、食べてもそれは同じことだった。着替えも、風呂も、全てが万事、そんな感じだった。さながら、機械に世話をされ、生かされているようなものだった。泣きながら謝ったし、褒められようとあらゆることを試みたが、母は許してくれなかった。

 父親もほぼ同様だった。子供を失った悲しみを、仕事に向けた。家庭を顧みず、時に泊まり込みで仕事に没頭した。ある時、夜中にトイレに起きた千英が、真っ暗な自室でパソコンに向かう父の後ろに、はっきりと鬼の姿を見た、と言う。

 そんな環境で育った千英が、小学校に上がるとパソコンに興味を持った。相変わらず母は口を利いてくれないので、父に頼み、古いパソコンをもらって、自室に閉じこもるようになった。千英のパソコンに関する知識も、画面に向かって行われる独り言も、こうして育まれたのだ。

 今は、母親もきちんとした治療を受け、千英とも話をするようになったと言うが、お互いに気まずさは拭い去れず、千英は中学卒業と同時に全寮制の高校に入り、今に至っている。それ以来、実に6年間、母とは電話で何度か話しただけで、実家には帰っていないと言う。

 「それでいて、毎月の仕送りはきちんと振り込まれるんだから、不思議なもんだよね。」

 そう、千英は話を結んだ。この話は、一緒に暮らし始めてすぐ、引っ越したことを親に伝えた様子がない千英を見て、不思議に思った由乃が、何気なく尋ねたことで判明したのだが、涙なしには聞けない話だった。そんな境遇に置かれながら、千英からは一言半句も、親への恨み言が漏らされなかった。千英は千英なりに、妹への責任を感じているようだった。

 その話を聞いた次の日、由乃のたっての希望で、千英の妹の墓を詣で、二人で手を合わせた。

 帰り道、由乃は墓前に供えたクマのぬいぐるみと同じ物を、千英に贈った。千英はそこで初めて、声を上げて泣いた。同じように、由乃も泣いた。

 この時に、由乃と千英は心まで完全に一つになった。涙が二人の心を溶かし、一つにしたかのようだった。


「オツトメしましょ!」⑨
了。


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