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「ダチョウになれ!」 #心に残る上司の言葉 ②

赴任一発目の訓示がそれか!

「東大出身のキャリア組が来るぞ」
異動の時期、そんな噂が囁かれた。

うちの職場は、東大京大卒の新卒は「キャリア組」として、いきなり「課長待遇」で採用されるのが常だったのだ。

「東大卒のキャリア組」この言葉に、もっとも敏感に反応したのは、お局グループだった。髪型が変わり、化粧も心なしか濃くなった気がする。いい匂いをさせる人まで出てきた。

普通に考えて、頭の良い人が自分より平均6~7歳も年上の女性を選ぶとは考えにくいことではあるが、どうも「勉強ばかりの男なら大人の魅力でイチコロだ。既成事実さえ作ってしまえばコッチのもの」というようなキナ臭い「勝算」を語り出した方がいて、みんなが「なるほど」と思ってしまったらしい。

そして4月1日、我々の前に颯爽と現れたのは、いかにも神経質そうなのにヨレヨレのスーツ、指紋だらけの眼鏡を掛けた、なんというか「ええとこの二代目」スタイルの男性。

一応、新卒ですよね??
そのスーツはどう見ても20年選手のそれにしか見えませんが・・・。

整列して迎えた誰もが「変わり者だ」と思ったに違いない。
私も、そう思った。

そして、着任挨拶と言う名の「訓示」が始まった。

「今日からみんな、ダチョウになれ!」

並んだ全員の頭の上に「へ?」が浮かんでいた。
私は最後列からそれを見ながら「ほんとにとんでもないのが来た」と思ったことを覚えている。

そりゃあそうだろう、ダチョウと言えば「三歩で忘れる」という鳥類の中でも、ひと際抜きんでた「アホの子」で知られる存在である。その名を冠したお笑い芸人のグループがいるほどなのだから。

通常、着任挨拶なんて言うのはせいぜいが2~3分程度の所信表明だと思うのだが、この人は違った。

なんとそこから20分、熱く「ダチョウの魅力」を語りやがっただした。
どうも、大学では鳥類の研究をしていたらしい。

「ダチョウは一頭が走り出せば、皆がそれに追随していく習性があります。皆さんにも、ことが起これば一丸となって一緒に走ってもらいたいです」

いやいや、そのまま崖から落ちるまで走り続けるそうじゃないですか?

「グループ同士がケンカになっても、落ち着けば関係なく仲良くなる協調性も持っています!」

ん? ケンカする時点で協調性は・・・?
そもそもケンカしないしね、我々。

「危険には敏感に反応しながら、怪我をしても気にしない鈍感力も併せ持っています! そして何より、治癒力が高い! すなわち、ダメージコントロールが・・・」

まとめると、ビビリでアホだけど体は丈夫ってか?

「何より、ワクチンの開発に有効な巨大な卵を生み出すことが・・・」

人間は卵を産みません。
まあ、有用なアイデアなんかを産み出せと言いたいのかな・・・?

こんな調子で、とにかく何でも「ダチョウ」に例えて何とか「いい話」にしようと一生懸命なのは伝わるのだが、肝心の言いたいことが遠回りし過ぎていて、イマイチ響かない。

そんな話が、20分も続くわけです。
それでも何とか理解しようと試みてはみたものの、出てくるのは反論反証の類ばかり。こりゃあ、私はダチョウにはなれないな、と痛感させられました。

ところが、ヨイショ係長が真に受けた。

普段から上司にへつらい、仕事を頼む時だけは部下にもとことん「ヨイショ」を掛けることで有名な係長が、いつもの調子でこの話に乗っかった。

見通しの明るい若い上司に取り入ろうとするのがミエミエの行動だったが、それが結局「課全体」に影響を及ぼすこととなった。

なんでもかんでも、「ダチョウ」である。
新しい企画が動き出すと、それまでの企画を放り投げてでも「みんなで取り組もう」とか言い出す。

業務上での些細な意見の対立さえも見逃さず、詳細も知らないのにクビを突っ込んで来てかき回す。

毎日業務終了までに、一人最低一つの改善項目を書いて提出させられる。

つまりは、「余計なことに使わざるを得ない時間」が増えて、著しく業務が滞った。

二か月目くらいまでは、みんなで残業しながらなんとか取り繕うことができたけれど、三か月目にはどうしようもなくなって、みんな諦めた。結果、業績は45度の右肩下がり。

こんなはずじゃあなかった・・・。

頭を抱えたのはキャリア課長である。
さらに上の人間から呼び出されることが増え、そのたびに青い顔をして帰って来る。

そんなことが二週間も続いた頃、キャリア課長が職場に来なくなった。なんでも、十二指腸潰瘍で入院することになったと言う。

ダチョウの「痛みを無視する鈍感力」が、本人にはなかったらしい。
病気なんだから仕方ないけどね。

そうなると、やり玉に挙げられるのはヨイショ係長ということになる。キャリア課長が長期入院となった今、給料はそのままでも「課長代理」としての役割を求められ、キャリア課長の代わりにほとんど毎日呼び出されることになった。

年季の入ったヨイショも一切通用しないようで、毎回真っ青を通り越して土気色になって帰ってくるヨイショ係長は、デスクに戻ると呪文を唱えるようになった。

「こんなはずじゃあなかった・・・こんなはずじゃあなかった・・・」

そして、ヨイショ係長も突如どこかに異動となった。
ダチョウの群れは、立て続けにリーダーを失ったのである。

「早く人間に戻りなさい」

そこに新たな責任者として兼務辞令を受け取った統括課長。
この人は、現場叩き上げの課長であり、業務については誰よりも詳しかった。

着任するとすぐに原因の特定に掛かり、それはすぐに「ダチョウのせい」と割り出して、こう言った。

「ダチョウは一切忘れて、早く人間に戻りなさい。」

みんな、久しぶりにまともな上司の言葉を聞いて、心底ホッとした顔をしていた。そうなれば、以前出来ていたことを取り戻すのはそれほど難しくない。そして、我々は一ヶ月で数字をほとんど取り戻し、二か月目には過去最高の業績を上げることができた。

教訓:ダチョウはすごいが、仕事には向かない

ダチョウがダチョウとして生きる限り、その特性が強みとなって発揮されることは間違いがない。

様々な意味で人間に貢献することのできる、有用な動物だということはよくわかる。

ただ、「チームを組んで仕事をする」という場面に、ダチョウは向かない。
何か一つのことだけをやるのならまだしも、マルチタスクをこなす必要性のある現代の会社において、ダチョウの強みはそのまま「組織の脆弱性」に直結する。

はっきりと言っておく。

人間は、ダチョウになってはいけない。


ケースごとに真似してみたらいいかも? と思う部分は確かにあるかも知れないが・・・。

個人的には、二度となりたいとは思わない。

そもそも言い出しっぺの本人がダチョウになれなかったのだから「なれ」と言うのが無理筋だったのだ。

「心に残る上司の言葉」ではあるけれど

今回は「心に残る上司の言葉」としてこの記事を書いている。
応募概要によれば、

ふとしたときに思い出す上司からのアドバイス、ピンチのときにかけてくれた励ましの言葉、厳しいけれど愛情のこもった叱咤激励…。あなたの心に深く刻まれた上司の言葉に関するエピソードを教えてください。

応募概要より

とのことだが、「心に残る上司の言葉」が、「いいもの」ばかりとは限るまい。

むしろ、「心に残ってしまった上司の言葉(マイナスの意味で)」の方が圧倒的に多いのではないだろうか??

それだと「学び」とか「感動」ではなくて「愚痴」になってしまうからダメなのかも知れないけれど、私はむしろそういう記事の方が読みたいし書きたい。

ダメな上司を持ったことで反面教師的に得た教訓の方が、その後の自分の行動に活かされている気がするからだ。

誰の言葉であろうと、それはあくまで「人から言われた言葉」であり、「自分で考えて得たもの」ではない。

自分の人生を形作るものとして、どちらがよりふさわしいか、より重視するべきか、それを誤ると人生そのものの舵取りを間違ってしまうこともあるから、選択は慎重に行うべきではあるが、私は「自分で考えて得たもの」を重視する傾向にある。

それがいいかどうかは別にしても、私の中で「いい意味で心に残っている上司の言葉」は、それほど多くはない。

おそらくは、そんなんだから人事評定に「上司に逆らう癖がある」と書かれ続けていたのだろうし、最終的には自分で会社を興すことになったのだろうとは思う。

本記事は、「心に残る上司の言葉」で書いた二本目の記事ということになるが、どちらも「いい意味」ではないような気がする。

次は「いい意味」の「心に残る上司の言葉」を書こうと考えているのだが、今のところ思い浮かぶのものにそれらしい言葉はない。

さて、どうしたものだろう・・・。


#心に残る上司の言葉

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八神 夜宵 |小説家
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