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小説「オツトメしましょ!」⑦
9 初陣
権蔵の傘寿の祝いから、2週間が過ぎていた。日中は暑さが堪えるが、朝夕は涼風が立つことも多く、着るものを悩む時期となった。
あのあと、由乃と千英は形を改め、親族の皆に正式に挨拶をした。全員が、目を細めてその様子を見守り、克仁と聖の目には、うっすらと涙が浮かんでいたようだった。また、晶仁がその影響をもろに受け、一族の者として活動する覚悟を決めたようで、作法や心得について、権蔵に教えを請うた、と、あとで綾子が教えてくれた。
祝儀がまた、振るっていた。権蔵からは「盗め」の支度金として1000万を渡され、克仁からはこれまで培ってきた人脈が引き継がれ、秀仁からは車をもらった。一風変わっていたのが聖からの祝儀で、デザイナーズブランドの下着や洋服、靴やバッグ、化粧品などが大量に届いた。女に磨きを掛けろ、ということなのだろうか。
千英の納め金に1000万を組合に支払っていた由乃にとっては、いずれもこれからに向けての大きな贈り物となった。特に、父克仁から引き継いだ人脈が大きく、投資のプロ、偽造のプロ、各種情報屋、世界規模の手配師など、組合の人材だけでは不足が生じることの多い用件の外注先が、一気に増えた。同じようなサービスは組合でも受けることはできるのだが、それぞれの世界で一本立ちしている人間の仕事は、組合のそれとは一味も二味も違い、完成度も質も極めて高い。もちろん、それに掛かる料金もそれなりに上がるが、いざという時には間違いなく頼りになる。
そうした人間は、当然表に看板を掲げている訳ではないから、探し出すのは容易ではない。さらに見つけたからと言って、仕事を引き受けてくれるとは限らない。自分と組織の身を守るためには、得体の知れない人物から依頼を受けないのは、当然のことだった。そうした人脈を克仁から引き継いだのだ。由乃はその全てに、千英と共に顔を出し、挨拶を済ませていた。
「これ・・・何度見ても、本物にしか見えないや・・・。」
千英が、ニンベン師からあいさつ代わりに、と受け取った免許証を、自分の本物と見比べながら感嘆の声を上げた。
ニンベン師とは、偽造を専門とする職人で、「偽」の字のニンベンからその呼び名が付いている。克仁から紹介された美雨(メイユイ)と言う女流ニンベン師は、まだ20代だと言うことだが、湯浅家と同じように代々受け継がれた技術を継承していて、その完成度は折り紙付きだと言う。免許証のような身分証明書だけでなく、海外の出生証明書や卒業証書、クレジットカードの類、絵画を始めとする美術品まで、偽造できないものはない、と言う。
既に多くの弟子を抱え、まるでアトリエのような作業場には、20人近くの「ニンベン師候補」が在籍して、腕を磨いていた。
「きちんとした理由と代金さえ用意してくれたら、モナ・リザだって偽造する」
と豪語し、数万種類の紙とインクを始めとした、偽造のための「材料」を常備しているのだと言う。美雨は年齢も近いせいか二人とは話も合い、またその稼業から美術品や考古物にも造詣が深く、二人の「考古物」に対する考え方に賛同を示し、「全面的な協力」を申し出てくれた。また美雨本人も手元に置いておきたい美術品があり、贋作を作るからすり替えて来て欲しいと、冗談めいた発言まで飛び出した。
そうした話をしている間に、美雨が自分の手下に「ご挨拶替わり」の免許証を作らせておいて、帰り際に渡してくれたのだ。
いつの間に撮った物か、二人の顔写真と現住所も記載してあり、暗に「すべてを掴んでいるからヘタな真似はするな」と言う、恫喝も含まれているのは、言うまでもない。
由乃は美雨のそうした用心深さとそつのない動きに、怒りよりも先に「頼りになる人物」と言う信頼感が先に出た。受け取りながらニヤリと笑ったその表情で、美雨も由乃の意図を掴んだらしく、同じようにニヤリと微笑んだ。
「お望みなら、公安委員会のシステムに侵入して、『本物』にすることもできるわよ?もちろん、それには別料金を頂くことになるけど?」
「嬉しいお申し出だけど、それはこちらでも可能だから、今回は遠慮しておくわ。」
「あら、残念! じゃ、今日はこれで。骨のある依頼を待っているわ。」
由乃は千英の動きを横目で見ながら、その時の様子を思い浮かべていた。もう少し「救出」で場数を踏んだら、美雨の言うような「展示物」をすり替えるという仕事も面白そうだ、と本気で考え始めていた。
だが、まずは千英の初仕事が先だ。狙うのは、あの時二人で話をした博物館の収蔵庫で漬物になっている、「火炎土器」とその周辺物と決めていた。
既に見取り図や警備状況の確認は終わっていた。夜間には機械警備だけとなり、人員は配置されていない。予想はしていたことだが、それだけなら、由乃にとっては警備されていないも同様だった。決行は、日曜日の夜と決めた。つまり、明日だ。月曜日は休館日になるので、万が一の場合でも、一日の余裕が生まれることになる。
千英の様子から見ても、余計な緊張状態にはないようだった。訓練施設での厳しい修行が、千英に大きな自信をもたらしているようだった。それは由乃にも同様のことが言えた。
「ねぇ、千英。明日の確認を、もう一度しておこうか?」
「うん、そうだね。どこから始める?」
「初めから、通しで。」
「わかった・・・。明日は15時にここを出て、16時過ぎに現地に到着、最後の人間が退館するのを見届ける。それから決行時間まで待機して、30分前になったらサーモスキャンで館内を走査する。完全に人がいないことを確認したら、千英だけ車から降りて、建物裏の雨どいから屋上に。そこまでの敷地内に、こちらを向いたカメラはなし。屋上についたら、通風孔前でワイヤーの準備をしながら由乃からの連絡を待つ。」
「OK、その間、私は敷地西側の路上で、千英のプログラムを走らせて、館内のカメラを無効化する。完了したら、千英に連絡。」
「うん、由乃からの連絡を受けたら、千英は通風孔から館内に侵入して、1階奥の収蔵庫に向かう。通風孔には、そこまでに2か所の換気用ファンと、1か所の虫除けフィルターがあって、それを外しながら、15分で収蔵庫内の換気口に。」
「私は、15分の間に敷地周辺を回って、異常がないかを千英に連絡、それから屋上に移動して、回収の準備をしながら待機。」
「由乃からの二回目の連絡で、庫内に侵入。収蔵棚Bの6番の下段にある抽斗の鍵を開けて、火炎土器と、一緒に出土した土器の欠片、土偶を回収、棚の状態を戻したら、その袋をワイヤーに取り付けて由乃に連絡。千英も通風孔に戻って、原状回復しながら屋上へ。」
「連絡が来たら、ワイヤーを巻き取って考古物を回収、戻って来た千英と合流して建物裏から敷地外へ。車に戻って、帰って来る。」
「うん! 回収した物は、帰り足で伊十郎おじさんに引き継いで、戻って終わり!」
「いいわね。じゃあ、注意点は?」
「万が一、何らかの警報が発動したら、猶予時間は12分。一番近くの交番からは18分、警察署からは25分。パトロールの状態にもよるけど、明日の当直班は、基本的に23時以降は通報がなければ外には出ない。何かの警戒期間でも、取り締まり強化期間でもなくて、ここ4回の当直は全部同じ動き。付近の道路は日曜の決行時間付近は通行人もほとんどいなくて、表側の幹線道路はそれなりに交通量があるけど、それ以外は閑散。一番近いコンビニまでは直線で800m、それ以外、付近に営業中の店はなし。博物館の職員で緊急時に呼ばれる人間は、どんなに急いでも1時間はかかる。」
「上出来。じゃあ、逃走経路は?」
「館内で異常が発生したら、第一経路は侵入経路。第二経路は収蔵庫を出て廊下を右に進んだ先にある、非常口。第三経路は収蔵庫向かいの事務室の窓から。この場合は物盗りの犯行に見えるように、雑に荒らしておく。外の場合は、裏の道路の向かい側、雑木林を通り抜けて、500m先の幹線道路に出る。」
「わお! さすが! 完璧じゃない!」
「当たり前じゃん! シミュレーションも300回くらいしたからね!」
千英は、付近の地図や見取り図などを取り込んだ、3Dのシミュレーションを作っていた。VRゴーグルを使って、本番さながらの動きができる。元々はダンジョンRPGのシステムを利用したもので、途中で警備員や警察官だけでなく、ゾンビや宇宙人を登場させることすらできる。また、アルゴリズムを変えれば、ありとあらゆる建物を仮想空間に再現できるため、今後の盗めにも大いに活かせそうだった。
今回の最大の難所は、千英が通ることになる通風孔で、一番狭いところでは幅40cm、高さは25cmしかない。直角に曲がる箇所もあり、由乃はもちろん通ることができず、小柄な千英でも、関節を外しながら進むことになる。千英はその部分のシミュレーションを何度も繰り返しており、今ではなんなく進むことができるようになっていた。
「・・・とにかく、明日は何が起こるかわからないから、心の準備だけはしておいてね。二人でならどんな問題も解決できるから、いざと言う時は、慌てず、しっかりと状況を見極めてから行動に移す。ね?」
「うん! 大丈夫。任せておいて!」
二人はその後、最近始めた料理を楽しみ、ジャニスと戯れた後に、ベッドに横たわってゆっくりと休んだ。明日は、忙しくなる。
翌日、昼近くに起き出した二人は、地下室のトレーニング施設で汗を流し、付近のカメラ映像をモニターして異常の有無を調べた。幹線道路の交通カメラ、コンビニの防犯カメラ、もちろん博物館に設置されているカメラも覗いて見たが、博物館は日曜だと言うのにガランとしていて、事務室では、白髪の男性が机の上に足を上げてスポーツ新聞を広げており、中年の女性はスマホの操作に夢中になっていた。特に大きな異常は見当たらず、二人は顔を合わせてうなずき合った。予定通り、決行だ。
由乃のミニクーパーで現場へ向かい、通用口の見渡せる場所から、事務所で新聞を読んでいた男性が外に出てくるのを見ていた。鍵を掛け、防犯システムの端末にカードをかざすのが見えた。時計は、午後5時15分丁度。要するに、1分の残業すらなく、職場を後にしたことになる。中年の女性は、午後5時には自分の車に乗って、帰路に着いていた。
「はは! 公務員て、気楽な商売なんだね!」
「まあ、みんながみんなじゃないだろうけど、少なくてもやる気があるようには見えないわね。」
二人はその場を後にし、付近のショッピングモールで買い物や食事を楽しんで時間を潰した。誰がどう見ても、とてもこれから盗みを働く二人組には見えなかっただろう。夕方には、少年探偵が活躍するアニメ映画まで観るような、心理的余裕が二人にはあった。
23時30分。途中の警察署と交番に、いつも通りの台数のパトカーや捜査用車が駐車していることを確認しつつ、再度博物館に戻って来た二人は、車内からサーモスキャンで建物内をスキャンした。熱反応を見せたのは、屋外のエアコンの室外機だけで、館内には大きな熱反応は見当たらなかった。付近の様子にも異常がなく、二人は再度、無言でうなずき合った。
千英が助手席で服を脱ぐ。服の下に、上下メンブレンのスーツを着用していた。靴をスニーカーから同じ素材の地下足袋に履き替え、グローブを嵌めた。
「じゃあ、行ってくるね。」
千英は、由乃と軽く唇を合わせ、車を降りて行った。その姿はすぐに闇に溶け込んで、由乃からは見えなくなった。
ライトを点けずに西側に車を移動させた由乃は、千英のパソコンのF5キーを押した。すぐに黒色のバーが現れ、徐々に緑色が黒を押しのけて行く。バーの右側には、パーセンテージが表示され、その数字がぐんぐん100に近付いていた。2分ほどでバーが完全に緑色になり、数字は100に到達した。由乃は左耳に嵌めたイヤホンを、爪で二度、叩いた。この音をマイクが拾い、千英のイヤホンに伝わったはずだ。ほどなく、千英からもカチカチと言う返信が来た。よし。ここまでは順調だ。由乃は時計のタイマーを起動させた。即座に、数字が15から14に減る。
由乃はシートを一番後ろまで下げ、服を脱いだ。千英と同じようにメンブレンの上下に姿を変えると、首に掛かっていたフードに髪をたくし込みながらフードを被った。そのいでたちは、スピードスケートの選手のようだった。もっとも、履いているのは地下足袋だったが。
車から降り、周囲の音に耳を澄ます。虫の声と、遠くの幹線道路を走る車の音以外は聞こえてこない。由乃は音もなく走り出し、異常の有無を探した。
外周を2周してみたが、異常は見当たらない。由乃は建物に近付き、雨どいに取り付くと、するするとそれを昇り始めた。屋上について時計を見ると、表示が1にまで減っていた。今度は1回、イヤホンを叩く。これが、異常なしのサインだった。即座に千英からも1回の返信が帰って来た。
通風孔の前に立ち、ワイヤーを確認する。ウェストポーチから電動の巻き取り装置を取り出し、ワイヤーを繋いだ。同時に、屋上に薄手の防水バッグを広げ、土器を保護するエアパッキンの封を切って、元の大きさに戻しておいた。準備が終わったところで時計を見る。文字が赤色に変わり、増えていく数字が3から4に変わるところだった。
カチカチカチ
千英からの引き上げの合図だ。由乃もイヤホンを3回タップし、巻き取り装置を起動させた。低いモーター音を発して、ワイヤーが巻き上げられた。装置を持つ手に、重さが伝わって来る。
1分ほどで巻き取りが終わり、通風孔から考古物を入れた袋が顔を覗かせた。由乃は慎重にそれを取り出し、火炎土器をエアパッキンにはめ込んだ。事前に形と寸法を合わせて作ってあるパッキンは、土器をしっかりと保護した。残りの品物については、粘性ゲルの充填されたボトルに沈めていく。それらの作業が無事に終わった時、今度は千英が通風孔から姿を現した。体中、蜘蛛の巣と埃にまみれている。
由乃は無言で品物を入れた防水バッグの口を閉じ、背中に背負った。うなずいて帰りかける千英の手を掴み、地面を指差す。
長年手入れ清掃もされていない屋上には、黒色のカビとも苔とも思える汚れがついていた。それらの汚れに、くっきりと由乃と千英の足跡が残されている。由乃は左のポーチから小さめのスプレーを取り出し、千英に渡した。千英がうなずいたのを確認して、その場を離れ、離脱地点へと向かう。
千英は、そのスプレーを地面に散布した。スプレーから出た液体が広がると、屋上の汚れがみるみるうちに消えていく。強力なアルカリ性の脱色剤が、汚れと共に二人の足跡を消していた。そのまま、千英は後ろに進みながら、スプレーを散布し続けた。離脱地点でその様子を見ていた由乃が、作業具合を確認する。
離脱地点丁度で、スプレーが頼りなげな音を出し始め、やがてまったく噴出が止まった。暗闇の中で微笑みあった二人は、離脱地点から身を躍らせた。雑木林から伸びていた太い枝を経由して、音もなく地面に着地すると、そのまま走り出し、車に戻った。
手早く服を着込みながら、二人とも込み上げる笑いを抑えられなかった。
「中は全部、元通りにしてきたよね?」
「もちろん! 汚れとか足跡とかも、しっかり確認してきた!」
「そう! ここまでは、完璧ね! じゃあ、帰りましょうか!」
「うん!」
ミニクーパーを走らせ始めるとすぐに、千英がドライブレコーダーの映像を確認し始めた。二人が車から離れている間に、この車を目撃した可能性のある対象を探すためだったが、この数十分に、車の周囲を通った車も人間もいなかった。
「チェックOK! 誰も通っていない!」
「了解!」
二人を乗せたミニクーパーは軽やかに、しかしいつも以上に慎重に道を進み、組合の運営するコインランドリーに止まった。ここが品物の受け渡し場所だ。故障中の札の付いた洗濯機に品物をしまうと、洗濯機のドラムの後ろが開いて、品物を回収する仕組みになっていた。
無事に受け渡しも済んだところで、二人は帰路についた。
家に帰ると、待ちわびていたジャニスが熱烈に二人を出迎えた。この時間にはいつも家にいるのに、今日は留守番を余儀なくされ、不安に感じていたに違いない。
「ジャニス! ただいまー!」
ジャニスは千切れるのではないかと言うくらいに尾を振り、二人の足元を入念に嗅いで回った。どこに行って来たのか確かめようとしているのだろうが、恐らくジャニスの知らない臭いしかしないだろう。千英がジャニスを抱き上げ、同じように喜びを現した。
浴槽にお湯を張る間、二人でジャニスと遊び、ご褒美のおやつを食べさせて、一緒にバスルームへ向かう。最近は、お互いに髪を洗い合うのが当たり前になっていた。バスバブルで満たされた浴槽で、「初仕事」の様々な場面を思い返しながら、見落としや改善点がなかったかを話し合った。特に、単独行動した部分については、お互いに入念に確認をした。
こうして、初仕事の余韻に浸りつつ、その夜も更けていった。明日からはまたしばらく大学生に戻る。2週間もしたら、また次の目標を選んで作業にかかることになるだろう。
二人は初仕事の成功の余韻に浸りながら、柔らかなベッドですぐに深い眠りに落ちて行った。
「オツトメしましょ!」⑦
了。
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![八神 夜宵 |小説家](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/149594276/profile_92147f93715dbe202ad8f3a9b82b364c.jpg?width=600&crop=1:1,smart)