小説「オツトメしましょ!」⑮
18 引際
翌日、二人は朝から絶好調だった。状況は未だに不明確だが、やることが決まると言うのは、それだけでモヤモヤを吹っ飛ばす効果がある。それに、やるべきことをしっかりと進めて行けば、状況は必ず良い方向に動くという、自信があった。
発掘現場は、朝から大賑わいだった。マスコミ、ギャラリー、役所の関係者、そして、それらを誘導する警備員。今日はそれにプラスして、土木関係者や僧侶の姿も見える。
渡辺准教授は、到着早々からあちこちの対応に追われていた。今では、一躍時の人だ。大学からの指示もあり、マスコミを始めとした各種対応は、渡辺准教授が取りまとめることになっている。しかし、乙畑教授も渡辺准教授も、事あるごとに「学生が」と付け加えるので、そういった人間の目がこちらに向けられているのをひしひしと感じる。虎視眈々と、他社に先駆けて、学生たちの映像とコメントを狙っているようだった。
由乃は戸惑う3人をしっかりと引率し、そういった者たちからみんなを守った。少なくてもこの現場では、そんなことはさせないつもりだった。3人も由乃の意図を見抜いたようで、自分たちから進んで由乃の庇護下に入ろうと動いてくれたのが功を奏した。
10時過ぎ、ようやく本格的な発掘作業が再開された。土木関係者が手際よく土器を養生し、小型のアームショベルで上から吊るようにして支え、倒れないように措置をしてから周囲を掘り進めた。
高さは、70cmくらいありそうだった。最後の瞬間は、ぜひ発見者である学生たちに、という乙畑教授の声掛けで、土器の周りに渡辺准教授以下5名が集まり、最後の発掘を行った。その瞬間はマスコミ各社にも開放され、僧侶の読経の声とフラッシュやシャッターを切る音に囲まれながらの作業となった。
由乃は、できる限り顔が映らないよう、帽子を目深に被り、常に下を向いて作業を続けた。本当は断りたいくらいだったのだが、周囲を白けさせるのも大人げないと思ったのだ。
そしてとうとう、土器が完全に露出し、用意してあった保護用の木箱に移された。これから近近大に運ばれ、開封作業と中身の確認が行われることになる。全容の解明には、まだしばらく時間が必要だろうが、少なくてもこれで、考古学において近近大が、付近の大学からバカにされることはなくなるだろう。
ロマンを感じずにはいられない。この発掘現場が弥生時代の物かどうかは別として、いずれ2000年前後の時を経て、現代に蘇ったのだ。少なくても、ここにその時を生きた人間の生活の跡が残されており、それらを見つけ出すことができた。まだ確定ではないが、埋葬されたであろう物も、損壊していない状態で掘り起こすこともできた。中で眠っていた人には申し訳ないと思う気持ちもある。まさか、今更掘り起こされるとは、考えてもいなかっただろう。
『いくら子孫のためとは言え、私はごめんだけどなぁ。』
将来的、いや、未来的には、由乃にその順番が回ってくる可能性もある。ここにいる全員に同じことが言えた。いつか死んで、埋葬された墓が、何千年も後に「遺跡」として掘り起こされ、研究され、展示されるかも知れない。
『その時には、この時代にはなんていう名前が付いてるかな。』
縄文時代、弥生時代など、過去の一時期を現すのに名称が付けられているが、その当時を生きた人々がそれを知る術がなかったように、自分たちにもそれを知る術がない。ただ、この時代にも、いずれ確実に何らかの名称が付けられる、ということだけはわかる。
一度、千英とその話題で盛り上がったことがあった。由乃は「電波時代」を挙げた。千英は「化石燃料時代」だった。どちらもありそうだったが、今となっては千英の挙げた案の方が有力な感じがする。たぶん、その頃でも電波は使われているだろうが、化石燃料からは脱却していそうだったからだ。
そういった想像に身を委ねる時、由乃の思考は時空を超えている。子供の頃から、この「超越感」が好きだった。幼い頃に、恐竜に興味を持った時は、恐竜になり切って生きていたこともある。権蔵を草食恐竜に見立て、よく食べていた。由乃は、ティラノサウルスが大好きだったのだ。
「湯浅さん、湯浅さん?」
女子学生に呼ばれて、ハッとした。トラックに積み込まれる様子を見ながら、ボーっとしてしまった。これから近近大に移動して、会見を開くということだった。既に一行はマイクロバスの方に移動を始めている。小走りに追い掛けて、車に乗り込んだ。
同じ頃、千英は、「笛」と「首飾り」の調査を終え、今は参拝客の一人となって、神社の下見をしていた。途中、運転をしながら、ナビをテレビに切り替え、ニュース番組をチェックしていたが、盗難のニュースはなく、例の発掘現場の様子が映し出された。画面に、由乃が映っているのを見て、千英は思わず吹き出した。何とかして顔が映らないように、必死な様子が見て取れ、動きが不自然になっていた。由乃のうろたえ具合を想像したら、笑わずにはいられなかった。
考えていた通り、どちらも警備らしい警備はされていない。笛の方は、大きめではあるが完全に一般民家で、賽銭箱に向けたカメラが一台あるだけだ。警備会社のシールは張ってあるから、何らかの機械警備はしてあるのだろう。首飾りの方も、大きな神社ではあったが、そもそも、何かを盗まれる可能性を考慮していない警備体制なのだから、二人にとっては、警備されていないも同然なのだ。
『古式ゆかしい方法で、十分行けるね』
千英は手にした一眼レフで周囲の景色を撮影しながら、そんなことを考えていた。もしかしたら、一晩で両方いける可能性もある。発信機はまだ機能するはずだが、アイツに気付かれたら、今この瞬間にも役に立たなくなる可能性もあった。また「急ぎ働き」になってはしまうが、今回は時間が必ずしも味方ではない。むしろ、その逆だ。「お盗め」の時間効率は、外すことのできない重要なファクターとなる。
この足で、もう少し下見を進めておくことにした。実際に見てみると、やはり神社仏閣を優先的にチェックして、多少遠くても、先に片づけた方が良さそうだ。「解きやすい問題から解く」テストの鉄則と同じだ。
近近大はちょっとした丘の上に立った、真新しい大学だった。学舎も近代的な建物で、ガラスが多く使われている。校門を過ぎると、教職員や生徒が並んで待っていて、一同を盛大に出迎えた。チアリーダーまで加わり、激しく踊りながら、黄色い声を上げていた。
会見場には、ロビーの吹き抜けがそのまま使用された。まるで、大きなモールに来たような錯覚を覚える。広々とした作りで、天面と側面のガラス窓から、光が燦々と降り注いでいる。案内されるままに会見場に入ると、近近大の副学長の隣に、添田教授がにこやかに立っていた。渡辺准教授も驚いた様子を見せたところを見ると、完全に秘密の動きのようだった。
「やあやあ、渡辺准教授、皆さん! ご苦労さん!」
聞いたこともないような猫撫で声で、全員と握手して回った。浮かない様子の渡辺准教授を見て、何となく事態を察知した。
添田教授は、露骨に手柄の横取りに来たのだ。恐らくこの段階で、自分をメインに据えるように、近近大側に圧力を加えたに違いない。たとえ乙畑教授ががんばっても、副学長からの命令には逆らえないだろう。
実際に会見が始まると、その疑念は確信に変わった。会見席の中央に、近近大の副学長と添田教授が並び、その両脇に、乙畑教授と渡辺准教授が座る。メインの応対は副学長が行った。集まった記者からの質問も、一旦は副学長と添田教授が受け、それっぽい返答をしてから、それぞれに振る、という形を取る。どこまでも「メインは自分たちで、こちらの先生方は私の指示で動きました」と言わんばかりの扱いだった。
最初は満面の笑みで添田教授と握手をしていた3人も、会見の推移に疑問を持ち始めたようだった。
「・・・なんか、おかしくない?」
「だよね・・・添田教授もあの副学長も、現場に来たこと、ないよね?」
「うん・・・なんか、自分たちが見つけた、みたいになってるし・・・。」
会見場の外れで、小声で囁き合っている。これで彼らも、一つ大人になったことだろう。この世界は、決してきれいではないのだ。
話には聞いていたが、実際に当事者になってみると、その悔しさに、果てしない虚しさを覚える。悔し過ぎて思考が停止したかのようだった。さらに頭に来るのが、彼らの言っていることも、一部では正しい側面があることだ。確かに、乙畑教授も渡辺准教授も、今、隣に座っている上司の許可なくして、今回の発掘に漕ぎつけられてはいないだろう。実際に、発掘が始まる前の交渉や資金の調達は、彼らの仕事に拠るところが大きい。
それを知っているからこそ、乙畑教授も渡辺准教授も、甘んじて脇に控えているのだろう。どんなに考古学を愛していても、個人では何もできない。大学と言う後ろ盾があって、初めて研究ができるのだ。この先も研究を続けたいなら、口を閉じているしかない。それにしても、見事なのが添田教授の動きの速さだ。昨日連絡を受け、飛ぶように現地に入ったのだろう。さすがの判断力、政治力と言えた。ここまで露骨だと、逆に清々しさすら覚える。
由乃は、その場面に当事者として立ち会いながら、いつか必ず、自分の野望を実現して見せる、とあらためて心に誓った。
由乃は、独自に考古学や歴史の研究ができる世界的な機関を作りたい、と考えていた。政府からも企業からも独立して、どこからの圧力も受けずに研究だけに心血を注ぐ。合法的に世界中から「漬物」を集め、乙畑教授や渡辺准教授のような、情熱に溢れる研究者に研究をしてもらうのだ。
資金面や運営について、クリアしなければいけない課題は、それこそ無限にある。ユネスコやWHOといったような機関が、その運営に苦労し、初期の目標から逸脱し始め、某国の傀儡機関と成り下がっているような現状を見れば、それは尚更のことだった。
話が直接の発見者について、に移ったところで、由乃は体調不良を訴え、会見場から離れた。直接に顔が写るのは避けたかったのだ。それに、もうこれ以上、茶番は見ていたくなかった。
その夜は、大学合同で飲み会が開催された。発掘の期間はまだ残っているが、添田教授の口利きで、近近大の施設での研究に移ることになった。もちろん、発掘は近近大の学生やボランティアによって継続される。
飲み会の席で、由乃の手腕が高く評価され、一躍人気者になってしまった。光陽館大学の3名が、大袈裟に由乃の統率力と見識の高さを吹聴して回り、渡辺准教授も乙畑教授もその発言を支持したため、由乃の元に次から次へと人が押し寄せてしまった。中には下心があるような男子学生も含まれていたが、由乃は適当にあしらい、それが逆にますます声望を高める結果になった。
ホテルに戻った時は、23時を回っていた。遅くなったので、明日は10時にホテルを出発して近近大に向かうことにすると言う。由乃は自販機に行くことにして、一行とはロビーで別れた。12階に上がり、恒例となった一日の報告会を行った。
「というわけで、まー、見事なもんよ。あっぱれだわ、添田教授。いけすかないけど、やり手なのは間違いない。」
「渡辺准教授も、いずれそうなっちゃうかな?」
「うーん・・・どうだろう? 個人的には、そうはならないと思う。おばあちゃんになっても、外で汗流して土掘ってる気がする。逆に言うと、偉くはなれない、そんな感じ。」
「それって、どう受け取ったらいいかわかんないよ!」
「誉め言葉よ! 誉め言葉! あの人は、立場で人間が変わるような人じゃないと思う。でもそれは、政治的にはむしろ短所よね。」
「まあ、政治家になって欲しいわけじゃないしね。」
「うん。だから、考古学界を変えるような発見はしても、体質そのものを変えるような影響力は持てないだろうね。それは、誰か他を探さないと。」
「そんな人、いる?」
「いないわねぇ・・・。」
話はそれで終わりだった。千英からは、今日の下見の報告がなされる。
「・・・なるほど、確かに、そうね。よし、じゃあ、今夜は2件、片付けよう。千英もそのつもりでしょ?」
「うん。2件片付けても、4時までには戻れると思う。装備は車に準備済み。」
「そうと決まれば、動きましょ。」
二人はまず、「笛」のある神社へと向かう。発信機は、今日はほとんど建物内の動きだけらしい。水道の近くに30分ほどいたので、もしかしたら洗濯をしていた可能性もある、と千英は話していた。
神社の床下に潜り込み、宝物庫の下まで来ると、エアソーを取り出した。床を支える木の厚さは6cm。刃先の長さを合わせたエアソーで床板を切り取ると、畳の裏地が顔を出す。持ち上げれば、潜入成功だ。床板を切り抜くときに斜めに刃先を入れてあるので、事が終われば簡単に原状回復ができる。もちろん、切り抜いた跡は残ることになるが、発見されるのはかなり先だろう。
ずらりと並んだタンスの中から、目的の笛の入った木箱を取り出した。それを床下で待つ千英に手渡し、現状を回復して終了だ。木屑の積もったビニールシートを畳み、エアソーをブロアーにして周囲の汚れを風で飛ばす。床下から出るための経路のところどころに、蜘蛛を放しておく。明日の朝までには、蜘蛛の巣も元通りになるはずだ。
同じ手順で、二件目の神社からは首飾りを手に入れた。ホテルに戻って時計を見ると、3時50分だった。
「予定通り!」
「千英の下調べのおかげよ! こんなにスムーズだったのは、初めてじゃない?」
「え? そ、そうかな? いいよ、もっと褒めて。」
奈良に来てからの段取りは、ほとんど全て千英が行っていたが、今夜は計画までしっかりと立てた上で、見事にお盗めを成功させた。次の計画も既に立ててあると言う。
使える夜は、あと一日、土曜日の夜を残すのみ。日曜には東京に帰ることになっていた。舞台は、東京に移ることになる。例の「リスト」には、東京や北関東、東北地方の場所も含まれていた。
「・・・ねぇ、千英? 明日は、ゆっくりすることにしない?」
「どうして?」
「最近、急ぎ働きばかりじゃない? もちろん、いい経験にはなったんだけど、やっぱりいろいろな綻びも、出て来たよね? ほとんどアイツのせいだとしても。」
「・・・確かに・・・。うまく行き過ぎてる今こそ、退き際、ってことだね?」
「そう。私たちも自覚は無くても疲れを溜めてるはずだし、ここでできることはしたから、後は戻っていつも通りに、残りのリストの物を狙いましょう。」
「そうだね。ここで焦っても、仕方ないもんね。」
「そういうこと。」
千英の計画を白紙に戻すことにはなるが、考えれば考える程、賢明な判断だと思えた。それでなくても、この近辺を騒がせ過ぎている。あらゆることを、一旦落ち着かせる必要がある。それに、千英は長距離の運転も控えている。体調を整える意味でも、明日はゆっくりと休ませた方がいい。
カーテンの隙間から薄明りが漏れて来た頃、二人はベッドに横になった。今日は出発が遅いから、3時間は寝ることができるだろう。
翌日、近近大を訪れると、全体の詳細に渡る写真撮影が終わり、木の蓋部分と土器の部分を数か所ずつサンプリングしていたところだった。これらは第三者機関に送られ、そこで成分と年代の測定が行われることになる。
そしていよいよ、蓋が外されることになった。乙畑教授と渡辺准教授が作業に当たり、由乃と近近大の学生一人が、その補助に当たる。室内には方向を変えて3か所からビデオで撮影がされ、他にスチル担当の人間もいる。光陽館大学の3名は、添田教授らと共に、ガラス窓の向こうから作業を見守ることとなった。
蓋は、蜜蝋のようなもので固めてあり、それらを削りながら、慎重に外されていった。外した蓋は由乃が受け取り、パッドに並べていく。土器との接合部が、荒く削られているのがわかる。それだけでも感動ものだ。石器や砥ぎ粉を使って、時間を掛けて作業をした様子が目に浮かぶ。
「出るわよ。」
土器から出てきたのは、子供の遺体だった。膝を抱くような屈曲姿勢で土器に収められていた。膝の上に、木で動物をかたどった物が置かれていた。この子のおもちゃだったのだろうか。それと、木椀と箸と思われる食器、何らかの植物と思われる物も出てきた。死者を弔い、死後の世界でも食べたり遊んだりできるようにしたのだろう。埋葬したのは、親だろうか。いつの時代でも、親が子を思う心には変わりがないようだ。
頭の部分に、まだ頭髪と思われる物が残っていた。土器の密封状態、泥炭地層に埋葬されていたこと、土器そのものにナトリウムが多く含まれていたことなど、好条件が揃い、奇跡的にそうなったのだろう、と乙畑教授が話していた。いずれにしても、貴重な資料となり、この発見が後世の研究に大きな影響を与えることになるのは、疑いようがない。
「やりましたね、乙畑先生!」
「渡辺先生・・・」
乙畑教授は、泣いているようだった。発見を喜んでいるのか、状態に感動したのかはわからないが、涙が頬を伝っている。
午後から、また会見が開かれた。今度は、乙畑教授と渡辺准教授が二人で席に座った。由乃たちが大急ぎで作ったパワーポイントの資料を使いながら、発掘から現在に至るまで、時系列で説明がされていく。会見には、海外からのマスコミも参加している。カメラを入れているのはアメリカとイギリスの放送局らしいが、他に中国やフランス、ドイツからの記者もいるようだった。
質疑応答も含めて、3時間近くの会見になった。ほとんど講義のような内容で、特にイギリスのテレビクルーからの質問は、専門的な分野にまで切り込んでいて、きちんと事前に勉強してきているのがよく分かった。この辺りは、日本のマスコミも見習うべきだろう。違う記者が言い回しを変え、同じ質問を何度も繰り返す場面が多く見られた。
夕方から、乙畑教授と渡辺准教授が中心となって、寿司屋を一軒借り切っての宴会となった。乙畑教授の同級生が営んでいる店らしい。決して大きくもないし、高級店という訳でもなかったが、清潔感に溢れ、何より大将とおかみの人柄が良かった。もちろん、味も。
「湯浅さん! お疲れ様! 最初から最後まで、ほんとにお世話になった!」
乙畑教授は、完全に出来上がってしまい、本日3回目の感謝を受けた由乃は、向かいに座る渡辺准教授に助けを求めた。
「私からも、心からお礼が言いたい。いろいろと、だいぶ負担を掛けちゃったわ。本気で大学院を目指すなら、喜んで推薦文を書くからね! ねぇ? 乙畑先生?」
「もちろんですとも! いくらでも書く!」
「そうよ。あなたなら、海外の大学院も目指せると思うわ。オックスフォードとか、イェールとかね。」
「あはは、ありがとうございます! じゃあその時はお願いしますね!」
渡辺准教授は、このままこちらに残り、発掘と研究を続けることになっていた。だから、明日は由乃の引率で3人を東京に連れ帰らなければならない。発見の規模から考えれば、当然のことだ。もちろん、添田教授の思惑も、少なからず絡んでいるはずだ。
その後も、近近大の学生と連絡先を交換したり、これから他の分野でも共同研究を行っていこう、などと言う話も挙がっていた。ここに会した人間で「乙渡会」という会まで結成されたのだ。もしかしたら、これから長い付き合いになる可能性もある。どうやら、男子学生の一人と近近大の女子学生の一人が、かなりいい雰囲気らしい。
短い期間だったが、実りの多い、充実した時間を過ごした。由乃にとっては、「稼業」の方でも同じだった。つまずきをチャンスに切り替えることができた。何より、千英の成長が著しかった。由乃の思惑は、見事に成功した、と言うべきだろう。本当ならここに千英もいて欲しい気がしたが、逆にそうだったら、千英の成長は見込めなかったかも知れない。
その千英からは、撤退の準備が整ったという連絡が入っていた。日中は、観光をして過ごしたらしい。楽しそうな写真が何枚も送られてきていた。
こうして、最終日の夜が更けていった。明日からは、舞台を東京に移し、アイツとの決着を付ける準備を進めなければならない。
「オツトメしましょ!」⑮
了。
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