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小説「オツトメしましょ!」⑬

16 胡乱

 翌日、まず驚いたのが、発掘現場のボランティアが昨日の倍近くに増えていたことだった。ギャラリーも増え、誘導の警備員も増強されているようだった。駐車場から発掘現場に向かって歩いていると、そのギャラリーから拍手と共に応援の声が掛けられた。ちょっとした芸能人のようだった。

 さすがは奈良県の人々と言うべきか、こういう出来事に場慣れしているらしく、大きな発見の瞬間に立ち会うのを楽しみにしている人が多いのだと言う。他のところでは集めるのに苦労するボランティアにも事欠かないと言うことだから、なんとも羨ましい話ではある。

 この日、由乃は一つの縄張りのリーダーに任命され、6人を監督する立場となった。光陽館大学の学生3名が、それぞれボランティアの方とバディを組み、作業に当たる。どこからかのお声掛かりで、発掘現場そのものが広く取り直されたらしく、縄張りの数が昨日より増えたことが主な要因だった。

 「それでは、作業に掛かります。地中超音波検査で、何かがありそうな箇所に小さな旗が立っていますので、そこを中心に掘り下げましょう。わからないことは、なんでも聞いてください。本日もよろしくお願いします。」

 今日も、いろいろなところで様々な土器が出土していた。残念ながら由乃たちの担当縄張りからは何も出土しなかったが、今日だけで200点近い土器の欠片や木器らしき物が発見され、研究に回されることになった。

 みんなには悪いと思ったが、由乃はむしろ大きな発見がなくて良かったと考えていた。昨夜のことが、どうしても頭から離れず、自分でも集中を欠いていると感じた瞬間が何度もあった。

 千英には、絶対に一人で動くなと伝えてある。その代わり、発信機の監視とニュースを始めとした情報取集を依頼してある。昨夜の件は全国ニュースでも取り上げられていたが、シャッターの損壊具合から、野生動物の仕業ではないか、という説が濃厚だと報じられていた。まだ盗まれた物があることに気が付いていないのかも知れないが、少なくても、あの男が出てきた収蔵庫1の扉は施錠されていないはずだ。気付かれるのも時間の問題だろう。

 「どうしたの? 今日は、なんだか心ここにあらずのように見えたけど?」

 帰りのマイクロバスで、渡辺准教授がそっと話し掛けてきた。縄張りが離れていたにも関わらず、しっかりと見られていたようだ。うまくやっていたつもりだったが、この人の目は誤魔化せなかった。

 「すみません、昨夜、興奮しすぎてうまく眠れなくて・・・。」

 「なんだ、そうだったの? 良かった! 具合が悪いわけでは、ないのよね?」

 「はい! 大丈夫です・・・。ご心配をお掛けして、すみません・・・。」

 「こちらこそ、ごめんね。湯浅さんには負担を掛けてばかりで・・・。」

 「いえいえ! そんな!」

 「疲れたら、遠慮せずに休んでね? ほんとに。無理は、ダメよ?」

 「はい。ありがとうございます。」

 渡辺准教授が、ウィンクをしながら、小さな瓶を手渡してきた。受け取ってみると、ウィスキーの小瓶だった。

 「眠り薬よ。食事したら、これ飲んで寝ちゃって。今日は、他の子を連れて行くわ。体調不良の二人も他の子たちに頼んで行くから、ゆっくり休んでね。あ、でも、一度は湯浅さんも連れて行きたいのよ、近近大。一見の価値はあるから。」

 確かに、一度は先方にも顔を出しておくべきだろう。もちろん、個人的にも興味がある。渡辺准教授の心遣いもありがたかった。

 自室へは引き上げず、そのまま千英のいる12階のスィートへと向かった。今日はもう、誰かが部屋に来ることはないだろう。

 その様子を部屋から見ていたのだろう。部屋の前に立ったタイミングでドアが内側から開いた。千英がニコニコと出迎えてくれる。

 「おつかれー。」

 二人で声を掛け合いながら、部屋の中へ入ると、ベッドの上にノートパソコンを囲むように、ズラリと資料が並べられていた。

 「何かわかった?」

 「そっちは、全然。アイツも、日中は全く動きなし。寝てるか、昨日着てた服を脱いだのか・・・。」

 「もしくは、発信機に気が付いて、こちらの出方を見ているのか・・・?」

 「・・・その可能性もあるね。・・・で、どうする? 予定通り?」

 「うん、このままじゃ、引き下がれないよね? 千英はどう思う?」

 「私も同じ。なんで『あれ』だったのか、そして誰なのか、知りたい。」

 「よし。じゃあ、予定通りで行こう。装備は、車よね?」

 「準備済みだよ。」

 それから、二人で今夜の計画を練った。昨夜突き止めた廃工場に侵入して、できることなら奪われた古文書を取り戻したい。だが、相手が相手だ。簡単に事が運ぶとは思えない。場合によっては、戦闘になる可能性もある。そのため、車に、聖から送られた特殊な装備を準備してもらっていた。

 できることなら、直接の接触は避けたい。最も良いパターンは、無人の廃工場に忍び込んで、奪われた古文書だけを回収できる場合だ。最悪の場合は、古文書は既にどこかに運び去られ、あの男や、その仲間と鉢合わせすることだ。どう転ぶかは、実際に現地に赴いてみなければわからないが、十分な準備と下調べを行い、あらゆる事態に対応できる状態にしておく。

 23時、二人は予定通り部屋を出て、車に向かった。荷室に千英が並べておいた装備類を確認する。

 一番目立つのは、やはり二人分の『プルーフスーツ』だった。「あのトランク」に入れられて、聖から送られてきた『新製品』だった。仕様書によれば、刃物や銃弾、打撃などの衝撃に対して、そのエネルギーを瞬時に分散・吸収することができるらしい。一見すると、バイク用のレーシングスーツのように見えるが、表面は六角形の鱗のような微細なパーツが、無数に集まってできている。それが何層にも重ねられており、衝撃を受けるとそれぞれの間隔が広がって衝撃を吸収する仕組みのようだった。生体電流を使用するため、着用しないと効果がないと言う。実際に試してみると、衝撃を受けた瞬間、青い光がさざ波のようにスーツの表層を走り、内側には全く衝撃が伝わらなかった。目の部分以外全てを覆うように作られており、着込みのようにして使用する。試してみたくはないが、30mの高さからコンクリートに落下しても、初速1200m秒以下の銃弾で撃たれても、致命的な損害は受けないということだ。ご丁寧に、受けた衝撃に応じて発電する機能まで付いている。

 腕に着用して使用する、射出装置も準備してある。ゴム弾、ネット、種々の液体、アンカー付ワイヤーなどを、ガス圧で発射することができる。その他、ディスプレイバイザー付きの戦術ヘルメット、「ヤモリ」手袋とブーツ。伸縮式の特殊警棒は、スタンガンとしても使える物だ。そして、それらと予備弾をしまうポーチ類などを、次々と確認しながら着用していく。

 「ほんとはこういうの、使いたくないんだけど・・・。」

 「・・・だよね・・・でも、今回は、仕方ないよ。相手はゴリラ並みだからね。比喩じゃなくて、実際に。」

 「・・・何者なのかしら?」

 「可能性、としてなら、圧縮空気で筋力を増幅させるスーツはできてるし、サイバネティクス技術を使用してるのかも知れない。ロシア、イスラエル、EUでも、それなりに成果は出ているみたいだから。」

 「どこか、外国勢力の支援を受けている、ってこと?」

 「政府じゃなくて、民間企業が独断でってこともあるよ? 映画なんかだと、よくあるじゃん。大企業の社長が黒幕のパターン。」

 「確かに。そう言えば、トニー・スタークも社長だもんね。」

 「そうそう。映画の話、って笑うかもだけど、実際のところアイアンマンスーツ的な物はもうできてるからね。あそこまで洗練されてはいないけど。・・・一作目のラスボスみたいなやつなら。」

 「恐ろしい時代になったものね・・・。」

 「まあ、私たちも、その、『恐ろしい』側に近いんだけど・・・。」

 「そ、そっか・・・。はは・・・。笑えない。」

 言いながら、由乃は髪を結び、スーツの中にたくし込んだ。頭と顔の下半分を覆う部分は、首の部分でたるんでいて、ハイネックのセーターを着ているように見える。スーツの上からスパッツを履き、裾の長いタイプのTシャツを着ると、裾がミニ丈のスカートのようになった。その上からフード付きのパーカーを着る。足元はヤモリブーツに履き替えた。

 フォードの座席に座り、膝頭に被せるようにしてヘルメットを置いた。千英も同じ服装になって運転席に座るが、ヘルメットは座席の間に置く。

 エンジンを掛けると、V10の重々しい響きとともに、軽い振動が伝わって来る。ナビを起動して位置情報を確認すると、相手は拠点と見定めた場所から遠ざかるように移動していた。向こうも動き出したようだ。こちらの後をつける選択肢も出てきたが、由乃は予定通り、拠点と思しき場所に向かうことにする。このまま逃げられる可能性もあるが、まずは、もっと情報が欲しい。

 工場地帯に入る少し手前に、運送会社の露店車庫があった。非舗装で、敷地を木杭と数条の針金で囲っているだけの、簡易的な駐車場だった。プレハブの事務所らしき建物はあったが、もちろん無人で、警備されている様子もない。千英は大型トラックの間の、道路からも事務所からも死角になる位置に車を止めた。そのまま、しばらく様子を窺う。

 15分ほど経過しても、異常がないことを確認した二人は、ヘルメットを装着し、監視装備を収めたバックパックを背負って、車外に出た。

 ヘルメットのバイザーが闇を感知し、自動的に暗視モードに切り替わった。右下の方に、現在時刻とともに、作戦経過時間がカウントされていく。左下の方には、目線でコマンドを切り替えるためのパネルが浮かび出ていて、その上に、相手の現在位置が小さく表示されていた。相対距離がどんどん離れていく。

 二人は静かに動き出し、工場地帯へと進んで行く。暗い街灯がポツポツと並んでいる他、時折大型の投光器が敷地を照らし出している建物もある中、闇を選んで縫うように、目的の建物へと近付く。

 まずは、目的の建物を見下ろせる、隣の建物の屋上に侵入した。ヤモリ手袋とブーツの効果で、スパイダーマンのように楽々と壁を登ることができた。由乃は暗視双眼鏡で、目的の建物を倍率を変えながらくまなく走査する。その隣では、千英がサーモスキャンを始めていた。

 「こっちはネガティブ。ドアは施錠すらされてないみたい。」

 「こっちも人影はなし。熱源が二つ。形からして、ノートパソコンと電気ストーブの余熱みたい。場所は中央の、二階事務室だね。」

 「よし、決行しよう。二階事務室周辺から。」

 「了解。」

 囁くようなやり取りの後で、二人は屋上から飛び降りた。3階からの着地の衝撃は、水泳のターンで壁を蹴った時くらいしかなかった。目的の建物の鉄扉に取り付き、ドアノブと蝶番に潤滑剤を流し込んでから、静かにドアノブを回す。やはり、無施錠だった。ゆっくりと静かに、ドアを開く。室内の闇を感知したバイザーが、暗視装置のレベルを上げた。じんわりと浮かび上がるように、室内の様子が確認できる。

 室内はガランとしていた。ところどころに木箱やパレット、無造作に置かれたビニールシートなどがそのままにしてある。ドアから、中央の2階にある事務室に昇るための階段に向けて、いくつもの足跡が残されている他は、床は砂埃に覆われていた。靴は一足のようだ。かなり大きい。30cmは超えているだろう。靴底のパターンの中に、スウッシュマークが見て取れた。

 足跡に気を付けながら階段まで進み、塗装が剥げて錆の浮いた金属製の階段を昇る。金属の軋み音がしたが、気にするほどのことではない。一気に事務室に侵入し、中央から左右に分かれて、捜索を開始した。

 由乃はすぐに、機内持ち込みサイズのトランクを見つけた。また、床に段ボールとマットが敷かれていて、簡易的なベッドのようになっており、比較的きれいな毛布数枚が足元に畳まれていた。奥の棚にはロープが張られ、洗濯物らしい靴下やタオルが干されている。どうやら、ここで生活をしているようだ。ゴミ袋に残されたゴミの量からして、少なくても一週間前後はここで暮らしていると見ていい。

 事務机はきれいにされており、椅子は木箱で代用しているらしい。足元に石英管タイプのヒーターが置かれ、開いたままのノートパソコンが載せられていた。その他、メモ用紙やペン、定規といった文房具と、ハンドスピナー。

 千英が、首を振りながら合流した。目的の物は、今のところ見つかっていない。

 「千英、パソコンをお願い。私はトランクを見てみる。」

 「わかった。」

 外周をファスナーで一周するタイプのトランクは、施錠されていなかった。ファスナーを開くと、着替えと洗面用具の他に、梱包材に包まれたジップロックがたくさん入っていた。そのうちのいくつかには、何かが入っている。大きさや形からして、何かの書物のようだった。由乃の鼓動が早まった。

 慎重にジップロックを開くと、またジップロック。二重にしてある。さらに、書物自体が油紙と和紙で厳重に包んであった。少なくても、光や湿気など、外界の刺激から書物を守ろうとしているのが分かる。それも、かなり丁寧に、だ。

 合計3点の古文書が見つかったが、いずれも目的物ではなかった。由乃も保護の観点から、この場で全てを開くのは諦めた。これらの古文書は、空気に触れただけでバラバラに風化してしまう可能性がある。上から軽く押さえて、表紙の文字を読み取って、目的物ではないと判断した。それらは、今風に言えば楽曲集だった。様々な和歌とともに、雅楽で用いられる記号が羅列してあるものだろう。そういうものなら、何度か目にしたことがある。そこまで珍しい物ではない。

 ますますわからなくなってきた。ここまで得られた情報から推測する限り、質素ではあるがきちんと様式化された生活を送っていて、考古物の扱いも丁寧だ。これらは恐らく盗み出されたものであろうが、ネットオークションでも数万円程度で入手できるような品物に思える。

 『一体、どういう人間なのかしら・・・?』

 由乃が思案を巡らせている時に、千英から呼ばれた。

 「これ見て。狙いはわかったかも知れない。」

 画面をのぞき込むと、エクセルで作られたリストだった。いくつかのセルが黒で塗りつぶされていた。塗りつぶされたセルの中に、昨日の古文書が含まれている。先ほど見た楽曲集もだ。どうやら、盗品リストのようだ。

 「これ、ロックされてた?」

 「なし。ファイルにパスワードすら掛かってなかったよ。隠す気はなかったみたい。今、ディスク丸ごとコピーしてる。帰ったら調べてみるけど、隠しファイルみたいなものもないと思う。」

 「何か、人物を示すような情報は?」

 「あったけど、恐らくアイツじゃなくて、別人の。このパソコン自体、盗んだか、中古で買った物だね。」

 「分かった。コピーしたら、原状回復して撤退しましょ。ここに『あれ』なない。」

 「オッケー。」

 由乃はトランクを元に戻し、千英を待つ間、もう一度事務室内を見回してみた。やはり、生活に荒れた様子がない。洗濯物の干し方や、毛布の畳み方、ゴミは分別までしてある。几帳面な性格が窺える。どうしても、昨夜の動きと、ここでの生活ぶりが一つにならない。

 「完了。」

 由乃はうなずいて、静かに事務室を出た。二人は無言で車に戻り、ホテルへ向けて出発した。午前1時30分。ナビの情報を見ると、アイツは今、奈良県内の大きな神社の宝物殿にいる。今日も、何かを盗み出そうとしているのに違いない。

 「昨日の件がニュースになってるのに、近所で立て続けだなんてね・・・。」

 「うん、プロではないみたいね。それとも、何かに焦ってるのかしら?」

 「捕まらない、と高を括ってるのかもよ? 「組合」に連絡する?」

 「・・・とりあえず、それはやめておこう。」

 助手席で由乃が考えに耽っている。千英はその様子を見て、運転に集中することにした。こういう時の由乃に話し掛けても、まともな返答は返ってこない。いつものパターンなら、次に口を開いた時は、千英も驚くような面白い考えを聞かせてくれる。

 今度は何を言い出すのだろう。千英は心の中でワクワクしながら、その時を待った。


「オツトメしましょ!」⑬
了。


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八神 夜宵 |小説家
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