見出し画像

小説「オツトメしましょ!」⑥

7 修行
 
 「掟」により、自主規制。項目転記。  署名:湯浅由乃
 
8 披露
 
 十月吉日。今日は、祖父、湯浅権蔵ごんぞうの傘寿の祝いとなった。
 前日に、由乃の母が経営する料亭「尾曾松おそまつ」において、身内だけの祝いの席がささやかに設けられ、今日は場所を由乃の実家に移して、お歴々を迎えての「御披露目」となった。
 
 盗賊の世界において、「傘寿の祝い」は、「世を捨てる」と言う意味を持つ。「退き」という引退の会となり、以降、死ぬまで身内とも別れ、一人で生きていくことになる。もっとも、それまでに縁の無かった者とは関りを持つことを許される。

 しかし、その風習自体がすでに形骸化しており、権蔵は今後もこの家で暮らすし、両親や由乃を始めとする「俗世間」との関りを断つこともしない。
 
 この風習が当たり前だった時代は、平均寿命が50歳に届かず、80歳は大往生の部類だったのだ。その歳まで生きながらえた盗賊は、それまでの罪を問われることもなくなり、稼業の上での恨みつらみ、争いごとからも解放された。その代わり、俗世間と縁を切ることを求められた。
 
 今では、食生活の改善や医学の進歩により、80歳は当たり前となった。また、現代司法も80歳だからと言って、その網から逃してくれるわけでもない。今後、「盗め」の世界からは完全に足を洗うことにはなるが、俗世間と縁を切る必要もなくなったのだ。
 
 そういうわけで、この後も続くであろう、「米寿」や「卒寿」の祝いは行わないし、参列者は喪服に準じた地味な服装を着用することになっていた。若干ではあるが、「生前葬」の要素も兼ねているのだ。全員が黒っぽいの服装の中で、権蔵本人だけが金茶色の和服を着て参加している。
 
 由乃と千英にとっては、「相方」となってから、これが初めての「お目見え」の場、となった。盗賊としてのデビューを、公的に知らしめる場ということだ。主役の権蔵の孫でもあり、「五代目文吾」を父に持つ由乃にとって、ここでのしくじりは今後に禍根を残すことになりかねないだけに、二人ともかなり緊張してこの場に臨んでいる。
 
 由乃は、髪をアップにして和装で臨んだが、千英はミニ丈の「着物風」ワンピースを着用していた。この日のために、千英はしばらく前からピアスを外して過ごしている。ここ四ヶ月ほどの修業により、人見知りもだいぶ改善されていたし、基本的な所作が身についていた。
 
 あれから半月強、大学に通いながら、この世界のことを知識として身に着け、食事、整息法、体力の練成を本格的に始めたあと、7月の初めには箱根神山の「組合」の訓練施設に移り、8月の終わりまでをそこで過ごした。二人だけで修業に励むつもりでいたが、どこから聞きつけたものか、三日目には祖父権蔵が現れ、指導に当たってくれたのだ。これは、由乃にとっても大きな収穫となった。最初の修業では、まだ成長中だったこともあって行うことが難しかった内容の修業も、千英と共に、完全に終わらせることができた。
 
 また、現役の時には「手長てなが」(猿の意)の異名を取った権蔵は、体の柔らかさと敏捷性を生かした体術が得意だったが、体の大きな由乃ではその技術を十分に伝えられていなかったものと見え、ひと目千英を見るや、目の色を変えて指導に当たったものである。
 
 これには、由乃も軽い嫉妬を覚えたが、千英も厳しい修行によく耐え抜き、短期間の間に「縄抜け」や「自在関節」の妙技の習得に成功していた。
 
 修行が終わりに近づく頃には、二人とも体中の脂肪が落ちてしまったかのように瘦せ細り、目だけが爛々と光る険しい顔つきになっていたが、権蔵は、
 
 「こいつは五代目(由乃の父)にも教えてはいねぇ。」
 
 と言って、二人に「絶息の法」を伝えてくれた。これはもはや、「盗みの技術」と言うよりは「忍術」に近い内容で、整息法の一つであるが、言うなれば体の隅々にまで酸素を行き渡らせる法、と言えた。上達すれば、10分近くも無呼吸で活動ができる他、逆に取り込んだ酸素を一気に燃焼させて、瞬間的に爆発的な力を生み出すことができる、というものだった。
 
 この修業は、まさに地獄の苦しみと言えた。何度も権蔵の拳に鳩尾を打ち据えられ、そのたびに空気を求めて口を開くが、打撃で麻痺した横隔膜が言うことを聞かない。つまり、息を吸うことも吐くこともできないのだ。胃袋は裏返り、肺は焼けるように痛む。二人は何度も失神し、時に失禁したほどの苦行だった。
 
 「ま、こんなもんだろ・・・。」
 
 最終的に権蔵が一応の許可をくれた頃には、鳩尾を打つのが拳から先を尖らせた木の杭に変わっており、ふたりの鳩尾は内出血で真っ黒になっていた。
 
 そうした厳しい修行から戻り、二月近くが経過していた。すでに体重もほぼ元に戻っていたが、体つきはまるで変った。女性らしい柔らかさの下に、少し力を入れれば即座に反応する、筋肉の鎧をまとったようなものだった。
 
 だが、険しくなった顔つきと、目の光を戻すのが大変だった。あまりの眼光の鋭さに、大学では人が避けていくし、コンビニに買い物に行っただけで強盗を疑われる始末だったのだ。
 
 その目の光を消すため、と言う訳ではないが、二人は由乃の家で犬を飼い始めた。ドイツシェパードの子犬は、その愛くるしさで、まさに二人を魅了した。女の子で、名前をジャニスと言う。千英が大好きな、あのロックミュージシャンから名前を拝借したものだ。
 
 その日々の世話と、共に過ごす時間が、二人の顔から急速に険しさを消していった。二人は、そうした中でこの日を迎えたのである。
 
 由乃と千英は受付に立ち、参列者からの祝儀を受け取り、記帳を依頼していた。伊十郎夫妻を始めとした、権蔵の元手下たちに混ざり、時折ニュースで見かけるような人物が受付に並んだ。
 
 「お! もしかして、よっちゃん? 懐かしいねぇ・・・おじさんの膝で遊んだこともあるんだが、覚えてはいないだろうねぇ・・・。一家名乗りしたそうじゃないか、いや、おめでとう。たまにはウチにも遊びに来てくれよ・・・。もちろん、昼間に表から、だよ!」
 
 頭を下げて挨拶をする由乃に、ボルサリーノを被り直しながら、高らかな笑いを浴びせて会場に入って行った初老の男性を見て、千英は由乃の脇腹をつついた。
 
 「ね、今の人、見たことある。」
 「まあ、あるでしょうね。総理経験者なんだから。」
 「や、やっぱり!? よくコッカイに出てるよね?」
 「仕事だもの。当たり前でしょ!」
 
 その後も、いかにも「その筋の」人間や、有名な演歌歌手、大相撲の関取などがぞくぞくと会場に入って行った。
 
 受付の人の流れも少なくなった頃、千英が大きなため息を吐いた。
 
 「な、なんか・・・ものすごいことになってる?」
 「まあ、ねぇ・・・。おじいちゃんもこの世界が長いから、色んなシガラミがあるのよ。」
 「いやいやいや! ビックリだよ! すごい人だとは聞いてたけど・・・。」
 
 そう言って千英は黙り込んだ。権蔵はこの世界で50年以上、第一線で働いてきた人間だった。もちろん、「お縄」になったことは一度たりともない。そればかりか、各界の大物が、様々な理由で権蔵の助けを借りていた。それは時に、海外に流出した日本の宝であり、外国のスパイに盗まれた機密の品であり、ライバルの秘密のネタだった。そうした様々な物を、あらゆる方法で余人に知られず盗み出し、依頼主に渡す。
 
 ここを訪れたのは、そうした「因縁」を持つ人間であり、権蔵がいなければ成功しなかった人間、失脚したであろう人間も多かったが、全員が変わらず、権蔵に深い感謝と尊敬の念とともに、「絶対に敵に回したくない」と言う畏れを抱いている。権蔵は界隈ではもはや「伝説」の存在であり、現代日本史の大事件の裏には、何かしら必ず権蔵が関わっている、とさえ囁かれていた。
 
「だからこそ、私たちも今日はしくじれないのよ。『手長の権蔵』が最後に仕込んだ直弟子の私たちが、その顔に泥を塗るわけにはいかないでしょ?」
「う、うん・・・。が、がんばるよ!」
 
 会の式辞は滞りなく進み、終始和やかな雰囲気で進められた。庭に面した和室を解放し、庭にも急造の四阿をいくつか設けてある。そこで料理を提供し、また庭に置かれたテーブルに運ばれる。料理人は尾曾松や馴染みの寿司店、ホテルなどから招かれ、給仕は組合から気心の利いた者たちを選りすぐってあった。
 
 権蔵は二人の息子に常に両脇を固められ、天幕の張られた一段高いところに置かれた椅子に腰掛けて、代わるがわる掛けられる祝いの言葉を、にこやかに受け取っている。
 
 「由乃、久しぶりね!」
 
 千英と二人、庭の片隅で寿司を食べていたところに、ウィドウスタイルの女性が声を掛けてきた。
 
 「聖さん! 久しぶり!」
 
 声の主は、父の妹であるひじり叔母だった。アメリカの国防高等研究計画局に勤めているのだが、忙しい仕事の合間を縫って、この会に駆け付けていた。昔から「おばさん」と呼ばれることを嫌い、由乃は単に「聖さん」と呼んでいる。先端技術の開発を手掛けており、由乃の使用する技術や装備の多くが、この叔母からもたらされていた。

 「この子が、由乃の相方なの?」

 聖が小首を傾げ、ヴェールの奥に笑顔を浮かべて千英を見た。未だに独身のためか、まもなく50歳になるとは思えなない美貌の持ち主である。
雨鷽あまうそ」の異名を取る「人たらし」の天才の笑顔は、同性の千英でも一瞬ドキッとするような、妖艶なものだった。
 
 「あ!・・・上椙千英と言います! よろしくお願いします!」
 「私は湯浅聖。由乃の叔母よ。・・・千英さん、由乃を、お願いね。」
 「は、はいっ!」
 「うふふ、良い返事・・・。そうそう、由乃? この前送ったグローブはどう?」
 「『ヤモリ手袋』ね? ・・・あんなのがあったら、私たちの修業なんか馬鹿みたいに思えるわね。脱着がちょっと大変だけど、使ってみて不安はなかったわ。」
 「そう? 良かった。同じ性能のブーツもできたのよ。今度、送るわね。使ったら、使い心地を教えて頂戴。」
 「わかった。楽しみにしてるわ。」
 「・・・ところで・・・あなたたち、もう、寝たの?」

 そのストレートな表現に、千英は口に入れていた寿司を豪快に噴き出した。由乃も危うく手にした皿を取り落としそうになり、小声で、非難の声を上げた。

 「ちょ、ちょっと! 何を言い出すのよ!」
 「あら、隠すことないじゃない。すぐにわかったわよ? 恋人同士なんでしょ?」
 「そ・・・それは・・・!」
 「いいのよ、いいの! 今時、心も体もピタリと合う人間を探すのは、大変なことなんだから! 私を見ればわかるでしょ!」

 そう言って、聖は自嘲気味に笑った。二人はなんと声を掛けてよいかわからず、お互いに顔を見合わせた。

 「・・・でもね・・・情で、判断を誤ってはダメよ。いいわね? 『比翼連理』ではなくて、『呉越同舟』を目指しなさい。ただし、いつまでも仲の良い呉越でいてね? 私からの、餞の言葉よ。」

 一瞬にして空気が凍ってしまうほどの、凄味のある顔で、聖が言った。言い終わるとすぐに元の笑顔に戻り、ヒラヒラと手を振って、二人から離れていく。

 二人も一瞬で真顔に戻ると、立ち去る聖の背中に向けて、深々と頭を下げた。聖は、さりげない会話の中で、これからの二人の心の持ち方について、聖らしいやり方でエールを送ってくれたのだった。

 会もお披楽喜に近付いた。権蔵が立ち上がり、先ほどまで来客が祝いの言葉や、祝い唄を披露していた演壇に登壇して、スタンドマイクを脇にどけた。来客が一斉に手を止め、演壇に向き直る。

 「皆さん、本日は不肖、『手長の権蔵』がためにお集まりいただきまして、ありがとうござんす。この歳までこの稼業を続けられましたのは、ひとえに皆さん方のご助力があってこそ。権蔵、ここにあらためまして、ご深謝申し上げます・・・。ありがとうござんした。さて、これにて権蔵は、永のいとまを頂戴することになりますが、後ろに控えます、『五代目文吾』並びに『八角鷹はちくま』は引き続きこの稼業にて、変わらぬご厚情を賜りたく、あらためましてお願いを申し上げます・・・。」

 権蔵の後方左右に佇立していた、父と叔父が深々と頭を下げた。

 「また、せっかくの機会でございますので、あと二人、身内を紹介させていただきたいと思いやす・・・。」

 権蔵が由乃と千英に目配せをした。二人はするすると進み出て、演壇の前に並んで立った。

 「私の孫、由乃でございます・・・。いずれは、『六代目文吾』を継がせたいとは、じじいのささやかな夢ではございますが、今はまだまだヒヨッコなれど、相方を得て、このたび『笹鳴ささなき』を名乗り、一家を構えることとなりやした。いずれは『老鶯』を経て、『文吾』に近付くことができれば、と願っております・・・。また、その隣に控えますのが、『笹鳴』の相方にして、『手長の千英』で、ございます・・・。」

 会場が、「おおっ!」と、どよめいた。同じように、由乃も千英も、父や身内の全員が、この権蔵の発言に目を丸くした。千英を『二代目手長』と、正式に認めたのだ。千英は『小鴉』を名乗る予定で、親族はもちろん、組合にもその方向で、と報告をしていたが、これで全てが水泡に帰した。

 「二人とも、この権蔵が最後に取った直弟子でござんす。見た通りの半端者で、まだまだ稼業のいろはを覚えている途上ではございますが、この権蔵が見込みあり、と見極めた若者でござんす。何卒、ご高配を賜りますよう、お願い申し上げます・・・。」
 演壇の権蔵、壇上の父と叔父、壇前の由乃と千英が、深々と頭を下げた。会場から、歓声と拍手が巻き起こった。

 由乃は下を向いて喝采を浴びながら、あらためて権蔵の思いに深く感謝をしていた。同時に、身内に一層引き締まる感覚が湧き起こる。権蔵は・・・祖父は、いずれ必ず由乃が『文吾』を引き継ぐことになるだろう、と思い極めているに違いがなかった。だが、そこまで自分は生きられまい。その時に相方の通り名が、半端であっては均衡に欠ける。そこまで考えて、千英に『手長』の通り名を与えたのだ。祖父と父がそうであったように、『文吾』と『手長』は、江戸の昔から切っても切り離せない関係にある。

 思えば、権蔵が二人の修業に現れ、千英に己が得意の妙技を授け、さらには二人に『五代目文吾』にすら伝えていない秘技を伝えたのも、この時のための布石の一つに過ぎなかったのかも知れない。

 とは言え、今は喝采を送っている参列者の中にも、面白く思っていない人間はいるだろう。『文吾』も『手長』も湯浅家が独占していいものではない。もちろん、当代の人物がこれと見込んだ人物を指名するのは、至極当然のことではあるが、ようやく一家名乗りを上げたばかりの駆け出しと、その相方に、これだけの名跡が与えられるのは、身びいきが過ぎるのではないか、という声が上がってもおかしくはないのだ。

 それゆえに、由乃も千英も、名に恥じない、抜群の功績を上げなくてはならない。それは果敢な挑戦となり、危険も伴うだろう。だからこそ、由乃は喜びの中で、緊張もしたのである。

 二人が頭を上げた時、権蔵は降壇し、母屋の方へと去って行った。慣例に従い、身内の者は見送りをしない。由乃と千英も後に続き、母屋へと入って行った。

 「由乃、さっきの件は、知っていたのか?」
 「全然。私も驚いてる・・・。その言い方だと、パパにも相談はなかったってことね?」
 「ああ・・・驚いたよ・・・。手長は晶仁のために取っておくと、思い込んでいたからな。」
 「そうよね・・・。私もはっきり聞いたわけではないけど、そのつもりだと思ってた。」

 玄関の土間で二人を待っていた父が、由乃に話し掛けてきた。晶仁は由乃の父、克仁の弟である、秀仁の一人息子で、由乃の従姉弟に当たる。まだ中学生だったが、手先が器用で利発であり、権蔵が晶仁を仕込むのを楽しみにしていたのは、誰の目にも明らかだったのだ。晶仁の父である秀仁は、陸幕監部に勤めており、海外出張が多いばかりか、こちらから連絡がつけられない場合が多く、幼い頃から由乃の弟のようにして、克仁夫妻に育てられていた。晶仁の母は、晶仁が生まれて間もない頃に、悲しい事件で故人になっていたのである。

 三人で戸惑いの表情を浮かべていると、奥から由乃の母である綾子が顔を覗かせた。

 「あなた、由乃も! 奥の和室でおじいちゃんが待ってるわよ。千英ちゃんも。早く向かってね!」

 三人は、そそくさと履物を脱ぎ、くれ縁を通って権蔵の待つ和室へと急いだ。和室には権蔵の他に、秀仁と晶仁、聖、それに伊十郎もおり、きちんと正座して、3人を待っていたようだった。

 「おお、すまねぇな・・・。みんな、今日はありがとうよ。おかげでいい会になったよ。これで思い残すこともねぇやな。」
 「お、親分! なにを仰います!」
 「ははは! なに、伊十郎、まだくたばる気はねぇよ。ただ、皆様に筋は通せたと思ってな。俺も一安心、というやつをしたんだよ。・・・お前にも、苦労掛けたな・・・。」
 
 きちっと膝に手を置いた伊十郎は、その言葉に俯いた。思わず涙が出そうになっていたようだった。『かすがいの伊十郎』も、やはり歳と共に涙もろくなったようである。

 「・・・さて、話と言うのは、他でもねぇ。『手長』の跡継ぎについて、お前たちには何も話さず、千英に渡したことについて、だ。」

 やはりそうか。おじいちゃんのことだから、きちんと説明があるとは思っていた。だからこの場に、伊十郎おじさんを同席させたのだ。証人とした上で、組合への筋を通すためであろう。

 「由乃と千英の修業に、俺が携わったことは、皆承知だと思うが、千英には、俺の持ってる全てを叩き込んだ。もちろん、まだまだ『手長』の域には遠く及ばねぇが、千英はたった一月ほどで、俺の技の他に、『絶息』まで形にした。教えた俺が言うのもなんだが、これには正直、驚いたよ。本当は由乃か、晶仁に伝えたかったんだが、由乃は体が大きくて手長にはなり切れねぇ。晶仁が学校を出る頃には、俺はこの世にいねぇかも知れねぇ。手長はしばらく空席になるかと、思い始めた矢先に、千英が現れた。・・・本当のところ、伊十郎から由乃が相方に同級生の女の子を選んだ、と聞いた時にはがっくり来たもんだが・・・会ってみると、これが何とも素直でいい子だ。「打てば響く」と言うやつさ。元々の素質がただ者じゃあねぇし。俺も、まさかと思いながらもついつい本気で仕込んじまった。で、千英はそいつを全て、形にしたんだ。『手長』は、千英をおいて他にいねぇ。むしろ、俺より『手長』にふさわしい、と言えるだろうよ。・・・そういうわけで、今日は、こういうことになっちまった。みんなに相談しなかったのは、俺も最後まで迷っていたからさ。千英は優れた天性は持ってるが、この世界じゃなんの実績もねぇ。不服に思うやつらも、出てくるだろうよ。千英にも、相方の由乃にも、どこからどんな魔の手が伸びて来やがるか、知れたもんじゃねぇ・・・。だから、その時は、ここにいるみんなで、千英を助けてやって欲しい。この通りだ。」

 珍しく長口舌を振るった後、権蔵はきちっと形を改め、頭を畳みに擦り付けるようにして頼み込んだ。これには、全員が驚いた。慌てて権蔵に歩み寄る。
 
 「親父! いきなり、何を始めるんだ!」
 「まったくだぜ! 歳食って、少し芝居がかったんじゃねぇのか!」

 父と秀仁が、権蔵の肩を掴むようにして、身を起させた。

 「ほんとに! 久しぶりに会ったって言うのに、驚かせないでよ!」

 聖も胸に手を当て、動悸を収めるかのようにポンポンと自分の胸を叩いている。伊十郎などは驚愕のため、ぽかんと口を開けて成り行きを見守っているしかないようだった。

 「ははっ! すまねぇな! ま、俺の最後のわがままと思って、言う通りにしてくれよ。」
 「言われるまでもねぇよ!」

 克仁と秀仁が、きれいに声を揃えて喚いた。あまりに見事なユニゾン具合に、口にした二人が一番驚いているようだった。

 「・・・ォホン・・・。由乃も、千英も、晶仁や、晶仁がこれから・・・もしかしたら聖もだが・・・選ぶ人間だって、全員が家族だ。絶対に一人にはしねぇ。なぁ?」
 「そうだぜ。兄貴も聖も、もちろん親父もだが、『あの時』だって弥生も、俺と晶仁も、しっかりと守ってくれたじゃねぇか。その時の話は、もう晶仁にもしてある。家族の務めは、しっかりと果たすぜ。」
 「うん。僕はまだできることは少ないけど、由乃姉ちゃんも千英姉ちゃんも、綾子ママもしっかりと守るよ。」
 「見ねぇ、親父。晶仁だって、この通りだ。今更、念を押されるまでもねぇよ!」
 「ほんとだよ! 父ちゃん、まさかボケたんじゃないだろうね?・・・それはともかく、克兄ぃ、『もしかしたら』って言うのは、聞き捨てならないねぇ?」
 「や!・・・だって、お前・・・!」

 その様子をにこやかに見守る伊十郎と、初めてこの軽妙な掛け合いを見て驚いている千英を見て、由乃はこの湯浅家の一員であることに、強い誇りを覚えていた。
 
 その場にいた一同が、誰からともなく笑い出し、やがてそれは大きな渦となって湯浅家に響き渡った。その笑い声を聞いて、一人台所に立っていた綾子が、ホッと息を吐き、安堵に胸を撫でおろしていた。


「オツトメしましょ!」⑥
了。


#創作大賞2024 #ミステリー小説部門 #オツトメ #女子大生
#義賊 #盗賊 #湯浅由乃 #上椙千英 #八神夜宵 #小説 #ミニクーパー
#お盗め #考古学 #考古物 #古文書


いいなと思ったら応援しよう!