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百人一首 百人百様 44番(2000字の小説)➕追伸
中納言朝忠(44番) 『拾遺集』
逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに
人をも身をも 恨みざらまし
現代語訳
もし逢うことが絶対にないのならば、かえってあの人のつれなさも
我が身の辛い運命も恨むことはしないのに
君を初めて見かけたのは、全校生徒が集う朝礼だった。
僕はこの学校に転校したばかり。
小学5年の春だった。
君は僕より一つ下でも
身長は僕より高かった。
君の横顔がひとみに写る。
長いまつ毛、綺麗な二重まぶた。
日本人離れした精悍な顔立。
髪に紅カチューシャを付けていた。
君は僕より歳下だったけど、お姉さんみたいな人だった。
君と初めて話したのは、中学2年の春だった。
クラブ活動を終え玄関に行くと、降りしきる雨。
…傘持って無いな、どうしよう…
と、思っている僕に、
君は、突然話しかけてきたね。
「ねぇ、君。さっきのクラブ活動の時、
私のこと見てたでしょ」
と、笑顔で僕を見つめてくる。
彼女はテニス部、僕は野球部。
クラブは違っていたのだが雨が降っていた為に
講堂で練習していた。
その時僕は彼女の事が気になり、
練習中見ていたのかも知れない。
「見て無いよ」
と、恥ずかしさを隠すためか僕はぶっきらぼうに
言葉を返した。
「そうなの、でも私は見てたよ。気になったから。」
僕の体に熱いものが、混みあげてくる。
言葉も出ない。
…からかっているのか?それとも本心?…
「もうすぐお母さんが迎えに来るの、
一緒に乗って行かない?家まで送るよ」
と、すんなりと言われてしまう。
僕は頷くだけ。
でも、心の中は初めて空に羽ばたいた蝶の様に
嬉しさを隠せずにいた。
それから、君と気軽に話す事が出来たね。
それまで、廊下ですれ違う度にドキドキしていたけど、
話しかける事も出来ないでいたのに。
君は、ピアノも弾けたね。
勉強もできるし、テニスも上手いし、何でも出来たね。
将来は女優になりたいと言っていたね。
学芸会の君の演技は驚くほど上手かったよ。
君といる時、僕は本当に楽しかったよ。
嬉しかったよ。
君と聞いたね映画音楽。
お互いに好きだった
「マイ フーリッシュ ハート」
日本名は「愚かなり我が心」
切なくて悲しさに溢れる曲だけど、
綺麗なメロディが心を慰めてくれたね。
一緒に勉強もしたね。
僕の方が歳上なのに、何故か教えてもらっていたね。
「小さな恋のメロディ」そんな映画があったけど
僕たちの方が先だったね。
淡い淡い恋だった。
純情可憐な恋だった。
あの暑い夏の日に君と飲んだね
二人で飲んだねあのラムネ。
強い日差しだったけど、ラムネの瓶に日光を通すと
涼しげだった。
ビー玉の音も風鈴に似て爽やか音色だったね。
美味しかったね、あのラムネ。
暑い夏が過ぎ、秋も過ぎ去り
北風の吹き抜ける冬のある日、君は言ったね、寂しげに。
「少し、身体の調子が悪いの」
と、いつも明るい君が、表情を曇らせていたのを
僕はその時は気づかなかった。
「風邪でもひいたの?」
と、軽く聞いてしまった。
「風邪じゃないの。今度お医者さんに行って検査するの」
言う君の吐く息が白い。
白い息が天に昇って消えて行く。
君の身体から吐き出された息も君の一つ何だね。
その時、何故僕は深刻に受け止めてあげる事が出来ないで
いたのだろう。
軽い気持ちだった。
悔やんでも悔やみ切れない想い。
僕が君と会ったのは、この日が最後だった。
彼女が入院した、遠くの病院に。
僕は見舞いにも行かなかった。
電話で君は僕に言ったね。
「絶対にお見舞いに来て」
と、なのに僕は約束を破ってしまったね。
それほど君の病状を深刻に受け止めていなくてごめんね。
本当にごめんね。
君の突然の訃報を聞いた時、頭の中が白くなって
涙も出なかったよ。
君が死んだ何て信じられなかったよ。
君と最後のお別れをした時、
君は微笑を浮かべていたね。
青い着物を着て綺麗だったよ。
葬儀からの帰り道、僕は見たんだ。
君が天国の階段を登って行く姿を。
振り返り僕の方を見つめながら、ゆっくりと
階段を登って逝く君を!
バックグランドミュージックは、
「愚かなり、我が心」だった。
その歌を聴きながら、君は登って逝く。
振り返りながら。
君は未練を残しているのだろうか
ゆっくりと昇って逝く。
涙で君の姿が霞んではっきりと見えないよ。
そして、君は天国に逝ってしまった。
後姿も残さずに、消えていった。
「さようなら、さようなら、さよなら。
僕は君と出会えて幸せだったよ。
[逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに
人をも身をも 恨みざらまし]
この和歌とは違うよ。
君に会えて僕は楽しかったよ。
会えない方が良いだなんて思わないよ。
悲しい思いはしたけれど。
本当に悲しいけど。
貴女に会えて良かった。
貴女には希望の香りがあったよ。
次に生まれ変わってもまた会おうね。
今度は君が僕よりも長生きしてね。」
それは少年の頃の懐かしい思い出。
辛い思い出。
セピア色に染まる事も無い
色焦せ無い悲しい思い出。
あの時の君の美しい横顔を、
決して僕は忘れ無いよ。
懐かしい記憶が何故か今、鮮やか甦る。
追伸
https://note.com/yagami12345/n/n4834bdef5e7b
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この歌はこの物語をイメージして作った歌です。