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忘年怪異(後編)(三分で読める小説)

目覚めると、そこは不思議な場所だった。
…ここは何処?何故僕は此処にいるの!…

遠くに見えるは広々とした荒野。
空には満天の星々。

昨日の事を思い出そうとしても、思い出せない。
昨日の僕に何があったの?

向こうから一台の車が走ってくる。
…何だろうか、僕を迎えに来たのか?…
ヘッドライトの光が僕の顔を照らす。
その瞬間、僕の記憶が甦る。
…あの時、僕はお笑い会場にいた。そして優勝したのだった。
でも、何故こんな場所にいるの?…
不安は少しずつ恐怖に変わっていった。

車から男が降りて言う。
「ようこそ、私達の世界へ!歓迎します」
と、声が嬉しさを表している。

僕は不安を感じながら
「ここは何処ですか・・?」
と、聞いてみたが、声が恐怖でかすんでいる。
「此処は、黄泉の国です。要するにあの世です」

「あの世!僕は死んだのですか?元気な僕が何故死んだのですか」
と、大声で叫んでしまう。
「何故って、あの忘年会に参加して優勝したでしょう。
だから、この世界に来たのです」
と、冷静に話し掛けてくる。

「そんな、私は元気だったんですよ。まだ死にたく無い!」
「生きるのであれば、あの賞金の1000万は返還してもらいます。
それで良いのですか?貴方の人生は、酷い事ばかりだったでしょ。
生きていても、楽しく無かったでしょ。この世界は楽しいですよ。」

と、彼は何故か僕の事を知っていた。


自分の人生を振り返ると、良い事は一つもなかった。
でも、まだ死にたく無い。
生きたい。
僕は懇願した、
「お願いです、賞金は返還しますから、
生かせてください。
生きたいです。
どんな辛い事があっても乗り越えていきます。
だから、僕の命を返してください」
僕の心からの叫びであった。
…生きたい!どんなに辛い事があっても生きたい。…


「そうですか、それじゃ仕方無いですね。
生命をお返しします。
その代わりに賞金も返してもらいます。
それでは、これを飲んでください。
これであなたの生命は戻ってきます。」

と、言わるままに飲み干すと、
僕は深い眠りに落ちていった。
どれくらいの時間が経過したのだろうか?
解らないまま、僕は目が覚めた。

見えてきたのは、木の天井?
しかも、低く狭い。

暗い箱の中に僕がいる。
声が聞こえる。
何だこの声は?
お経か?
もしかして、これは僕の葬式か!

僕は、跳ね起きようとしても動けない。

声を出しても届かない。
どうしよう、みんな僕が死んだと思っている。
何だか焦げ臭い匂いがする。

周りが熱い何だこの火は?
此処は、火葬場か?
このまま焼け死ぬのか!
せっかく生き返ったのに、
またもや辛い目に遭わされる。
辛い事は乗り越えると決意したのに、
これは乗り越えられない!
「助けてくれ!」
と、叫んでも聞こえてはいない。
僕は生きたまま火葬される。

そんな事なら、賞金を貰ってあの時に
死んでいれば良かった。

僕の人生、後悔ばかりだ。
僕は死を覚悟した。

その時、突然棺桶の蓋が開いた。

……何だ!……と、訳も解らぬまま僕は呆然としていた。

「どうだった、びっくりしたかい?
おかげで良い映画が撮れたよ。」
と、見知らぬ人の声。
「これはね、ドッキリ企画だったんだ。
あの、お笑いの忘年会も、賞金も全部やらせ。
君に、強力な睡眠薬を飲ませて眠らせたんだ。
どうだった、良い夢を見たかい?」

「夢だったのか?あれは。本当に此処は現実の世界なの?」

「頭が朦朧としている君に暗示を掛けて、
ここの出演者が演技をしたんだ。
ロケにも行ったんだよ。
あの広い場所は北海道さ。
賞金はないけど、
君には破格のギャラが出るよ」

何が何だか解らないまま、
その人の言葉を聞いていた。
漫談で優勝したのも、荒野に連れて行かれたのも、
見知らぬ男と話したのも、全部やらせだったのか!

これが僕の忘年会だった。

だが、僕には絶対に忘れる事の出来ぬ忘年会。

これからの人生、どんなに辛くても諦めずに、
乗り越えて行く。
二度の死を味わった僕だから。






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