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【オードリー・タンの思考・インタビュー】マスクマップを開発した台南在住のシビックハッカー ハワード・ウー

書籍のコラムとして、オードリーとともに働いたことのある人物へのインタビューを収録します。
日本をはじめ世界中から注目を浴びた台湾の「マスクマップ」を開発した台南在住のソフトウェアエンジニアでありシビックハッカー、ハワード・ウー氏のもとを訪ねました。

吳展瑋(Howard Wu)
1985年台南生まれのソフトウェアエンジニア。台南でIT人材のためのコワーキングスペースを備えたソフトウェア開発会社「好想工作室」を経営。2020年2月のコロナ禍で、一晩徹夜して開発したマスクマップがオードリーの目に留まったことがきっかけで政府に採用され、マスク不足のパニックから国民を救った。

時系列で説明!マスクマップはこうして生まれた

2020年2月2日
・夜中0時-翌朝8時ごろ ハワードが「コンビニマスクマップ」を開発。
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・朝10時 「コンビニマスクマップ」リリース。
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・午後13時 ハワードが帰宅して見てみると、Googleから2,000ドル(約21万円)の請求が来ていた。びっくりしたが、まだ払える金額だと思ってそのままに。
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・午後17時 Googleからの請求が2万ドル(約210万円)に。急いでサイトを閉じ、夜中にコードを修正。
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2月3日
・朝10時 再びサイトを公開。
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・夜21時 政府がマスクを買い上げ、実名性のもとで販売することを発表。これによりコンビニでのマスク販売がなくなったため、サイトをクローズ。
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・夜21時半 オードリーが「g0v」のSlack上でハワードと協力者の江明宗をタグ付けし、皆でAPIの記述をしようと提言。
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2月5日
夜中  シビックハッカーらに、データの格式が伝えらえる。
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朝10時 政府と民間のコラボにより、マスクマップ正式リリース。
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4月30日 国内のマスク生産量が大幅に向上、十分に供給したため、サイトはクローズ。

周囲のために作った初代マスクマップ。
思いもよらぬユーザーの爆発的増加で
Googleからの課金費用は600万円以上に

「僕が作ったマスクマップはバージョン1で、まだ政府がマスク買い上げを発表する前に作ったもの。「Google Maps API」を利用してコンビニの位置情報を表示して、そこに実際に行ったユーザーたちが、マスクの在庫がどれくらいあったかを報告できるようにしたんだ。」

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(上の写真)ハワードが開発した初期マスクマップ。マスクの在庫が十分にある場合は緑色、少ないと黄色や赤色のラベルが表示される。画像提供:ハワード・ウー

「ただ、このマップの作り方だと、ユーザーが地図を読み込む度に開発者に請求される費用が発生してしまうんだ。ユーザーが「このコンビニにマスクは無い、じゃあその近くはどうだろう」って地図を動かす度に、約1台湾ドル(約4円)の費用が発生する。開発した時には周りの友人や家族が使えばいいなと思っていたんだけど、結果的に2日分でGoogleからの請求額は6万ドル(約628万円)。こんなにたくさんの人に使われると思わなかった。

後からGoogleがコロナ対策のためのプロジェクトには無料でAPIを提供してくれるようになって助かったよ。自腹で払ったのは2万元(約8万円)くらいかな。でもこの件でたくさんの良い出会いがあったから、それを考えたら安いものさ。」

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(上の写真)彼が経営するコワーキングスペースには、台南だけでなく近隣や海外からの入居者もいる。和気あいあいとした雰囲気で、午後には人でいっぱいになる。

偉大なことをしようとは思っていない。
自分が使いたい物を作るだけ。

「僕がマスクマップを作ったきっかけは二つあって、ひとつはコンビニでマスクを買い占めている人たちを見かけたり、周囲のみんながマスクの在庫について話していたこと。僕自身は幼い娘がいるから家にマスクのストックがあったんだけど、世間はちょっとしたパニック状態だった。

そしてもうひとつは、バージョン2を作る前のことなんだけど、ネット上で知らない人と言い合いしたことなんだよね(笑)。相手は『政府がマスクを買い上げるという対策はひどい。限られた場所で、一人当たり一回に数枚しか買えず、何日間も同じマスクを付けるなんて不潔だ』と憤っていた。でも僕はマスクが足りないんだから仕方ないと思ったんだ。買い占めが起こる方がよっぽど好ましくない。だから僕はその人に『ちゃんとマスクを買えている人がいる』ということを見せたいと思った。僕らエンジニアは、手を動かして論点の証明をしたくなる性分なんだよ。

それに台湾では『自分が必要だと思ったもので他の人にも使ってもらえるのならどうぞ』っていう気持ちがある人が多いよね。日本もきっとそうなんじゃないかな? 自分や身の回りの人が何か困難に遭ったら、もしかしたら他の人もそうなるかもしれないって思うだけ。

だから僕も特に何か偉大なことをしようとかいった考えはないよ。そんな先のことまで考えず、自分が作りたいものを作ればいい、少なくとも自分一人が使えれば、それで十分。」

オードリーとの会話は常に公開の場所で。

「オードリーのことはもちろん知っていたけど、初めてコンタクトを取ったのはマスクマップではなかったんだ。僕はGoogleの技術を扱うエンジニアが集うコミュニティを主宰している関係で、Googleから「検索トップページにコロナ対策コンテンツを設置したい」という相談を受けて、それなら政府単位でやった方が良いと思ったから彼女に連絡したんだ。

そこからマスクマップの話なんかにも話が発展して、みんなで一緒にやることになった。でも彼女は「透明性」を非常に重視している人だから、個別のメッセージではなく公開の場でやり取りしたよ。

螢幕快照 2020-02-24 下午10.34.06

(上の写真)実際にSlack上で交わされた会話。画像提供:ハワード・ウー


メディアで報道されるオードリーと、自分たちエンジニアが知っている彼女は少し違うかもしれない。
徹底した透明性と、オープンマインドを持った人。

「オードリーは本当に賢い人で、知識の範囲が広い。そして反応がものすごく速い。僕たちのコミュニティでは、すべてのエンジニアから尊敬されているよ。技術がすごいのかって? エンジニアって得意な技術の方面がそれぞれだから、技術単独で比べたりはしないんだ。オードリーがすごいのは、見識が広くて実行力があること。実行するための方法も、コネクションも持っているからね。

僕は今回のコロナ禍でオードリーが果たしてくれた重要な役割は、政府にデータの使い方についてコンサルしてくれたことだと思っている。データ活用の先進性が民間ほど重視されない公務員組織の中で、複数の部署を跨ぎながらとスピーディに物事を進めていかなければならない時、全体のソリューションを練りあげられる人物なんて、そういないでしょう。

後のインタビューで彼女は「自分はパイプ役をしただけで、マスクマップはシビックハッカーたちが作った」と答えているみたいだけど、僕からしたら、彼女がいなかったら政府はマスクの在庫情報をここまで活用しきれなかったと思うよ。一般のオフィサーだったら、ひとつの開発会社に依頼するだけでしょう。彼女みたいにオープンソースにして1,000人のハッカーたちと一緒にやろう、なんてことにはならない。

メディアが「天才」だとかいう報道ばかりするから、もしかしたら彼女のことを神秘的と思う人も多いのかもしれないけど、僕らシビックハッカーからすれば、彼女はとてもオープンで、時間があればすぐに返事をくれる存在だよ。マスクマップのことがあって、僕もよくオードリーにコネがあるんじゃないかと思われるんだけど、彼女に登壇や取材を申し込むのに、そんなものは必要ないんだ。時間と目的さえ合えば応えてくれると、僕は思うよ。

オードリーのような人物がデジタル大臣というポジションについていることは、台湾でこれまでよくあることだったわけではないんだ。まさに「天時、地利、人和(天の時、地の利、人の和、すべてが揃ったという意味)」だと思う。

今回のコロナ禍での活躍で、政府の人たちもさらに「開かれた政府ってそんなに怖いものじゃない」という経験になったらいいよね。それに彼女に注目が集まり、オーソリティが高まったことで、これからますます彼女が推進しようとしていることが前に進んでいくと信じているよ。」

たくさんのエンジニアを育て、交流して、
古都・台南を世界中のIT人材が集う拠点にしたい。

マスクマップのことでメディアがたくさん取材に来てくれたけど、僕自身はあまり気にしていないんだ。新型コロナウイルスの抑え込みは、マスクマップだけじゃなくてみんなで守り抜いたものだから。でも僕たちのことを知ってくれる人が増えて、たくさんの出会いがあったのは嬉しいことだった。

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(上の写真)ハワードは、Googleの技術を扱うエンジニアが集うコミュニティ「GDG(Google Developers Groups)」を台南で主宰している。画像提供:ハワード・ウー

「g0v」も2019年の12月にはSlackのメンバーが5,000人くらいだったのが、今は8,000人くらいになっている。「自分も何かしたい」という情熱を持った人たちがどんどん集まっているんだ。僕もメディアの取材を受けたら必ず「g0v」を紹介するようにしているよ。

「g0v」には以前から加わっていたけれど、彼らの活動やイベントは台北で行われることが多くて、時間やお金をかけて参加するのはなかなか難しかった。でも今度、2020年12月に開催される「g0vサミット」が初めて台南で開かれることになって、最高に嬉しい。全力でサポートするし、今もみんなで一緒に準備しているところだよ。

僕たちのコワーキングスペースはちょっと独特で、半分は入居しているエンジニアの席だけど、残り半分はエンジニア志望者に開放しているんだ。エンジニア志願者は「半年間、平日は毎日ここに来て勉強する」という条件を満たせさえすれば、無料で技術を教えてもらえる。と言っても特にカリキュラムは無く、志願者は自主的にプログラムを書く。でもここは素晴らしい環境で、インターネットや冷房などの設備は整っているし、ここにいるエンジニアたちに相談したり交流できるし、本棚には専門書籍もたくさん揃っている。

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(上の写真)エンジニア志望者が無料で教えてもらえるエリア。

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(上の写真)専門書籍の出版社と提携した専門書スペース。エンジニアにとっては最高の環境だ。

台湾のエンジニア人口は確かに多いけど、本当に能力を発揮できるエンジニアは台湾だけじゃなく、世界中どこだって足りていないと思う。日本はハイレベルなIT人材が足りていないのかもしれないけど、台湾は逆で、一般的なエンジニアが足りていない。

こうしてたくさんのエンジニアを育てて交流拠点にすることで、台南を世界中のIT人材が集まる場所にするのが自分の夢。

今、オフィスに僕の席はないんだ。一歳二カ月(※2020年9月取材時)の娘がいて、妻が外の会社で働いているから、時間を比較的自由に使える僕が自宅で面倒を見ている。僕みたいな自営業のエンジニアにとって、子どもを作るというのはそれなりに覚悟がいることなんだ。子連れでコワーキングスペースに来るのは難しいからね。だから次の目標は、子連れが集まるコワーキングスペースを作ること。もう場所の目星もついているよ。」

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近藤弥生子 | 台湾在住ノンフィクションライター
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