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松山英樹「彼方への挑戦」

松山英樹「彼方への挑戦」(徳間書店)。電子書籍版はこちら↓
https://www.amazon.co.jp/dp/B096VF124R/
 徳間書店でもスポーツ書籍に抜群の実績がある編集者が担当した、おそらく徳間書店の今年最高のノンフィクション(そう言っている外部の方もいた)。松山英樹がマスターズに優勝したから出した本ではなく、ずっと以前から進めていた企画で、それがマスターズ優勝を機に出版されたということ。マスターズ優勝をきっかけに出版オファーは、松山英樹に山ほど来たそうだ。松山英樹は寡黙にして、自らを多く語らずという人なので、本書は貴重な書籍である。こういう意義ある本は、思いつきやブームでパッと出されるものではなく、平素からの不断の努力で実現した本である。
 この本を読んでいると、傑出した人というのは、若い頃というより幼い頃からの目標がハッキリしているということ。松山英樹の場合は一歳半でクラブを握り、小学一年生でラウンドデビューした。そしてご両親や家族のバックアップがあって夢が実現していること。ゴルフにはお金がかかる。ましてやプロを目指すともなれば生半可の投資ではない。その費用を捻出するために、姉が大学進学を諦めたという下りには胸を突かれた。さらに決断すべき時には、本人自身が自らの身の振り方を決めていること。親元を飛び出して、明徳義塾高校を経て、東北福祉大学に進む。そこにはゴルファーとして自分を育ててくれた父親との葛藤もあった。学生時代からローアマチュアに何度も輝き、オーガスタでの参戦を経験する。そして学生のうちからプロに転向して、日本国内で賞金王の獲得を経て、アメリカでPGAツアーの道を歩み始める。
 僕は30〜40代に少しゴルフを嗜んだが、怠け者だったので、練習せずにコンペに行って「もっと真面目にやれ」と周囲の上司に叱られたりしたものだ。ゴルフの練習は厳しい。練習場では待機が多く、打てば打つほどお金がかかるし、力み過ぎてスイングがおかしくなることもある。レッスンプロに習っても、ビシビシ言われて、しかも身体の使うべき部分が変わってあちこちが痛くなる。それでもスコアが悪いと落胆したり、悔しかったりするから、勝手なものだ。それくらいゴルフはプライドを左右する競技なのだ。
 松山英樹のマスターズ挑戦は10回目である。それまで全米オープンで逆転負けを喫したり、故障に苦しんだり、数々の苦労を重ねてきた。その呻吟が文中から強く伝わってくる。常に自分のショットに疑問を持ち続け、改造に改造を重ねていった。直ぐには上がらない成果に、周囲に当たり散らす自らの至らなさへの自己嫌悪。キャディ交代という大きな選択もあった。どんなスポーツでもそうかもしれないが、ゴルフは練習の賜物である。人の何倍も練習をする。それもただただ球を打って、素振りするだけでなく、考えに考え抜いてのトレーニング。そのために、ありとあらゆるアドバイスを求め、自分の求めるゴルフを目指してきた。苦しみに苦しみ抜いた、もがきにもがき抜いた、その結実が日本人初のメジャー制覇だった。多くのゴルファーが、多くの日本人が涙した感激は、偶然でも幸運でもなく、努力に開いた花だったのである

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