鳴海章「14歳、夏。」
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東京に住む中学2年生のトモこと木村友親は、夏休みに突然に北海道帯広の親戚のところに10日間行くように両親に告げられた。医者の両親の下で将来の医師を目指して受験勉強に明け暮れる友親には迷惑な話だった。シブシブ行った北海道。しかしそこでの10日間は、友親の人生観をすっかり変えてしまう体験だった。そこで出会ったのは「ばんえい競馬」。450kgの重しを載せた橇を馬が引く障害物レースだ。初めて観たレースで、疲れ切った馬が絶命した衝撃的シーンを目撃する。泊めてもらった親戚の家でも、タイコことトキノタイコーという馬の馬主である祖父と、その世話をする同い年の従兄弟ヤスと親しく交わることになる。祖父やヤスは競走馬を「経済動物」と呼ぶ。ペットではないから引退すれば種牡馬。その役目を終えれば食肉馬として市場で売られる。引退馬で争う草レースで、ヤスが騎手となったタイコは「経済動物」としての役目を終える。後に医師となったトモは、ここで反発しながらも、命の意味や重みを実感する。
北海道の滞在中にトモには多くの知り合いができた。新聞社のカメラマン上がりで中古車屋兼自動車修理工場の社長タケ、トモを誘惑するヤスの異母姉ミユキ、ヤスが憧れている夏見牧場の跡取り娘の美しい楓子、町長選に打って出た薬屋の魔女・和代、ジョッキー崩れで肥満した無職のダブ、そして多くのジョッキーや調教師たち。いずれも個性的でアクが強いが、エネルギーに溢れた人々だ。ばんえい競馬が経済的に追い詰められてゆく現状も描かれている。トモが北海道に行かされた理由は、両親の離婚調停にあった。周囲の大人たちは、そんなトモを何ごともなかったように自然に受け入れる。読んでいて、その心根の優しさに包まれる。トモはただそこにいるだけではなく、ばんえい競馬を手伝いながらいることで、タイコのレースに夢中になる。最後のレースは涙なしでは読めないシーン。そして性に目覚める年齢特有の、歳上女性への憧れも甘く切なく物語を彩る。何よりもヤスとの友情、そしてヤスの祖父(これが実はヤスとは血の繋がりのないとんでもない祖父だった)へのリスペクト。美しい目を持つ馬たち。人間と寄り添って生きる犬。もうもうと煙をあげるジンギスカン鍋。何もかもが東京と違う北海道。