柏鵬時代と並走した小兵横綱・栃の海
第49代横綱栃ノ海である花田茂広氏が亡くなった。私が相撲を見始めたきっかけは、名前がよく似ていた第50代横綱・佐田の山を一家で応援したことがきっかけだった。栃の海は、ちょうどその時期に当たるが、幼かった私にはあまり記憶に残っていない横綱である。
これは佐田の山にも共通するが、栃の海がすごいと思えるのは、横綱在位期間が柏鵬時代とかぶること。大鵬柏戸という2強在位期間中に、横綱に昇進している。この同時代横綱4人の在位期間を比べてみたい。栃の海と佐田の山は、完全に柏鵬時代後期にかぶっている。この時期は「巨人大鵬卵焼き」と言われたくらいなので、よくぞ横綱に昇進できたものだと感心。それも身長177cmはともかく、体重110kg。今なら炎鵬クラスの小兵力士だ。ハズ押しで起こしてから、中に入っての食い下がりのしぶとい相撲が身上。そうは言っても横綱在位期間は、大鵬の独走時代。横綱としての最後の2年間は、ケガに悩まされた。今の鶴竜や引退間際の貴乃花や稀勢の里以上の休場と不成績を繰り返す成績だった。
引退後は中立親方として、小結・栃乃花や前頭・栃栄らを育てた。春日野部屋の創設者である栃錦の死後、部屋を継承。関脇・栃乃和歌だった現在の春日野親方は「生みの親は栃錦、育ての親は栃ノ海だと思っている」と故人を偲んでいる。早逝が多い角界では、82歳の横綱経験者として最高齢であった。
1️⃣大鵬→1961年11月〜1971年5月(横綱優勝:29回)
2️⃣柏戸→1961年11月〜1969年7月(横綱優勝:4回)
3️⃣栃の海→1964年3月〜1968年11月(横綱優勝:1回)
4️⃣佐田の山→1965年3月〜1968年3月(横綱優勝:3回)