乙川優三郎「あの春がゆき この夏がきて」
乙川優三郎「あの春がゆき この夏がきて」(徳間書店)。美しい本である。電子書籍版はこちら↓
https://www.amazon.co.jp/dp/B09J8SNR3B/
早くに親を亡くしていた神木(こうのぎ)久志は、養父の遺した不動産で藝大を卒業。出版社で装幀の仕事に就いたが、忖度と安定におさまった生活に心が満たされない。やがて退職して川崎にバーを開く。知性的で心配りのできる彼には折々で寄り添ってくれる女性がいた。島耕作のような華麗な女性歳時記は自分には縁がないが、個性的で魅力的な女性たちが次々と登場。しかしハッキリとせず、一線を引く神木の性格。一緒になることはなく、現れてはまた去って行く。老境に至った神木は、自らの生きる意義が美しい本造りであると覚る。生命を削って打ち込む彼に、フランスに住む旧友の画家が贈ったことばがいい。「君もやっとはじめたか、間違うと寿命を縮めることになるが、なんとなく生きて終わるよりはずっといい、そのうち目の奥で分かるようになる、いつか美しい本ができたら送ってくれ、俺の絵とどちらが美しいか比べてみたい」。
1️⃣春寒
・鮨屋の娘の山下里子は、同人誌を主宰する川又女史の定年慰労会に着物姿で現れた。
2️⃣疎水のある町
・旅行先のフレンチで偶然隣り合った精密工場勤めの吉川清美と昵懇の仲に。
3️⃣雪ノ下
・デザイナーとして巣立った及川早苗とは、いつも口論の末に互いの身体を苛む。
4️⃣夏仔
・バーに勤めたニューカレドニアのマリアに、男性客たちは誘蛾灯のように惹かれる。
5️⃣赤と青の小瓶
・バーの蓋開けに突然現れた富裕そうな漆原夫人。画集の装幀を決然と頼まれた神木。
6️⃣秋麗
・パリで暮らす旧友の画家が帰国してバーを訪問。落魄した彼と己の人生を比べる神木。
7️⃣水
・親族で殺伐と暮らした戦後の貧困、家出してからの浮浪児生活から掴んだものは。
8️⃣あの春がゆき この夏がきて
・バーを畳み、房総半島の漁村にアトリエを持った神木。そこへ訪れたマリエと娘。