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大岡昇平「ながい旅」、東海軍司令官・岡田資中将の法戦

大岡昇平「ながい旅」( 角川文庫)。電子書籍版はこちら↓
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 第二次大戦中、空爆を行った米軍搭乗員の処刑を命令した容疑で、B級戦犯として起訴された東海軍司令官・岡田資中将は、軍事法廷で戦う決意をする。米軍の残虐な無差別爆撃を立証し、部下の命を救い、東海軍の最後の名誉を守るために。司令官として、たった一人で戦い抜いて死んだ岡田中将の最後の記録。『レイテ戦記』を書き終え、戦争の総体を知った大岡昇平が、地道な取材を経て書き上げた渾身の裁判ノンフィクション。(以上、公式解説)
 このノンフィクションには二つの柱がある。1️⃣一つ目は罪を一身に背負い、部下の生命を守り抜いて絞首台の露と消えた上司の責任感。横浜軍事裁判の最初から最後まで、そして巣鴨プリズンにおいても、その一貫した態度は変わらなかった。問題が起こった際に、部下のせいにして、自分は責任逃れしようとする人は珍しくない。特に戦後の軍事法廷においては、かくなるトホホな上官が多かった。その点で岡田資中将は、その凛とした態度が多くの人に感銘を与えた。俘虜の処刑は全て自身の命令によって執行されたわけで、部下はその指示に従っただけだと断言した。そして自らの死刑と部下の救命を望んだ。裁判で死刑宣告された後には、助命嘆願も秩父宮から元部下に至るまで、幅広く数多かった。何しろ助命嘆願のデモが起こり、横浜軍事裁判の検事まで助命嘆願に加わったほどだった。
 2️⃣二つ目は「法戦」だった。岡田資中将が裁かれたのは、俘虜の裁判を経ない処刑だった。しかし岡田資中将によれば、終戦当時の軍律によれば合法で、かつ無差別爆撃を遂行したB29搭乗員たちは戦争犯罪を起こしたとの認識だった。従って、自分は罪を犯したわけではないと主張した。軍需工場ではない一般庶民をも大量に巻き込んだ無差別爆撃は、紛れもない戦争犯罪であると立証した。米軍爆撃機に精緻なピンポイント攻撃能力があるにも関わらず、名古屋を包括的に無差別爆撃した意図を明らかにした。これは広島・長崎に投下した原爆と同じで、日本国民の戦意喪失を狙った作戦であった。これは戦勝国の論理で仕切られる軍事裁判に対する強烈なアンチテーゼである。岡田資中将の打ち出した方針の下、横浜軍事裁判で被告となった部下たちや、証人台に立った部下たちも上司の意図するところをよく理解してチームワーク良く一致団結した。そして裁判長も検事も弁護士も、無差別爆撃に関する戦争犯罪性を退けずに熱心に審議した。
 本書は油山観音慰霊祭でお世話になっている深尾裕之氏に教わって読んでみた。自分は亡父が西部軍で油山事件に関与して戦犯となった関係で、西部軍関係の三大事件についてはよく調べた。油山事件については亡父の遺した資料があったし、吉村昭先生の著した小説「遠い日の戦争」があった。また九州大学医学部生体解剖事件に関しては、遠藤周作先生の小説「海と毒薬」があった。また石垣島事件に関しては島尾敏雄先生の「石垣島事件補遺」があった。いずれも俘虜の処刑事件であった。西部軍に関しては、岡田資中将のような立派な人が見受けられず、「自分には責任がない」と主張する上官が多かった印象である。まさに東海軍とは好対照であったが、むしろ東海軍が特別であったのかもしれない。そして本書を読み進めるうちに、見知った名前が数多く出てきた。秩父宮、笹川良一氏のような有名人はともかく、油山観音慰霊祭でご一緒する冬至克也氏の父である冬至堅太郎氏や、西部軍で亡父と同じくした楢崎正彦氏なども登場していた。それだけ亡父が戦火のただ中に身を置いていたということだろう。

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