雨の日のバータイム①
外は雨。ザーッと雨音がこのバーのBGMのようになっている。ランプの灯りが数個、照らされているだけのカウンターのみの店内。
シャカシャカとバーテンダーの振るシェイカーの音のみが響き渡る。
カウンターにはショートボブの女が1人、座ってバーテンダーの振るシェイカーを見ている。これからどこかへ行くのだろうか、それとも誰かを待っているのか。
短いパーティードレスから見える足は、滑らかに床についている。高いヒールを纏っている足は、誰もが美しいと感じるほど、彫刻のように滑らかな足、手も同様に滑らかで整えられた爪は、真っ黒に塗ってあるが、光沢を発しており艶を増している。唇に塗られた真っ黒な色も、不思議と何も違和感を感じさせずに美しさを引き出している。何もかもが黒で整えられた女。闇から生まれ出た女。
あぁ、この女はまるで闇の世界から生まれ出た女神だ。
陳腐な物言いだが、そう感じずにはいられない。
「外は雨ね。あれは来るのかしら」
誰も返答を求めていないように、女は勝手に呟いた。もちろん、バーテンダーも答えず、ただただシェイカーを振っている。
カランコロン
ドアベルが店の中に響く。
女もバーテンダーも音の方を振り向かない。
店に入ってきた人物も何も気にすることなくカウンターに座る。
「ボン・ソワール」
「今日はフランス語で挨拶なのね。」
「ただの気分ですよ」
挨拶への感想に特段気にしていないような返事が帰ってくる。
「外は雨ね」
女は話を変えるように話をする。
「えぇ。雨ですよ。まぁ濡れずに入ってこれましたが」
「それはそうでしょうね。……で今日は何にするの?」
「そうですね、ホットワインに。思いの外この雨で体が冷えました」
「ふーん……。外の雨は冷たいのね」
「えぇ。体から心にかけて冷やす雨ですよ」
「あんたがそんなふうに感じるから、外は大雨じゃないのかしら?」
軽口を叩き合いながら、女は自分の前のグラスに口をつける。
バーテンダーがホットワインを出した。湯気がほんのりと立っている飲み物を、美味しそうにゆっくりと味わう。
「あぁ、やはり美味しいですね。冷えた夜には本当に温かいものが沁みる」
「そうね‥…」
そこから二人とも黙ったまま、静けさが広がる。
バーテンダーが音を小さくしてレコードを流す。流れてきたのは、アヴェ・マリア。美しい旋律が店内の静けさに響き渡る。
「そういえば、決まりましたよ。日時」
「そうなの。で、いつ?」
「次の新月の夜、場所はいつものところです。僕は出席しませんが、よければどうぞ」
スッと一通の封筒が差し出される。女はチラリとみただけで正面を向いた。
「あんたが参加しないなんて珍しいわね。あんたも、“探しもの”をしているのに」
「今回は絵画ですから。僕の欲しいものはありません」
「そう‥…。絵なのね」
「えぇ、僕は参加しませんから、よろしければどうぞ。是非感想をお聞かせ願いたいです。どういった絵画が出されているのか。もちろん、作品によっては僕の名義で落としていただいて構いません。そこはいつも通りお任せします」
言葉を一旦切り、ホットワインで口を濡らす。果物の甘さが口の中にほんのりと広がる。
「そういえば、この間とある展覧会に足を運んだのですが、なかなか強烈な作品がありました。今夜は少し見聞きした事をお話ししましょうか。
毎回毎回、情報をお伝えするのだけでは、味気ないので。偶には雑談にお付き合いください」
「へぇ。あんたのことだから、いつも時間に追われていると思ったのに。
どういう風の吹き回しかしら?今も外で誰か待ってるんじゃないの?」
女の少し楽しそうに弾んだ声音に、驚きの次に苦笑いが浮かんだ。
さてさて、彼女たちの期待に応えられるような話かはわからない。しかし、今日はなんとなくこの話をしたくなった。
胸の内でそう思いながら、返事を返す。
「今夜はこちらから連絡するまでは誰も来ないようにと伝えています。
それにあれは賢い男なので、ここでの時間が長い事ぐらい承知しています」
「それはお互い様でしょう。ねぇ、マスター、いいですわね?
たまには閉店時間が遅くなっても」
女の問いかけに、酒瓶を触っていたバーテンダーもといマスターは頷くだけで何も言わない。
二人はそれを了承と取ったらしい。
「これは、先日とある画廊でみた絵とそこで聞いた話です」
→to be continued ②