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傘と私の人付き合い
ビニール傘
ある時のデートで、私と当時の恋人は雨に降られました。その時いた元恋人の地元ではすぐ止む予報でしたが、私が帰る予定だった地域では次の日まで降り続く予報でした。
「百均で傘買って帰りな」
私は少し困って、丁重に断ろうと思いました。
「あっちの駅ビルに雑貨屋さんがあるのでそこで買います」
彼は節約志向でした。別に間違っているわけではありません。普段の私ももっぱらそうです。けれどビニール傘だけは、どうしても買いたくなかったのです。
物持ちの良さと気に入った傘を壊れるまで使う実家の習慣で、ビニール傘を使ったことがないまま大人になりました。中学に入る前に買った傘は、黒地に赤の糸でシンプルなラインの刺繍がしてあって、私はそれを実家を出るまで使っていました。まだ実家にあるはずです。
そんなわけで、私はビニール傘を使ったことがありませんでした。自分のもの以外を使うのには抵抗があり、かつどれも同じような見た目をしたビニール傘をずっと自分のものにしておける自信もなかったのです。どうせ買うなら大切に使いたい。その頃は一人暮らしを始めてすぐで、私の新居には折りたたみの小さな傘しか無かったので、傘を買ういい機会だと思いました。
「だめだよ」
許可はもらえませんでした。
「無駄じゃん」
彼は節約志向で、かつ自分の思考を正しいと思っている人でした。
私は前述の理由を説明しましたが、理解は得られませんでした。
「俺といっしょに買った傘なら、どうせ大事にするでしょ」
嫌がる私の手首を引っ張って彼は100円ショップに向かい、ビニール傘を1本取りました。私は悲しくなってしまって、抵抗する気力も失って、傘を買いました。それでも自分の手元に来たものだから、大切に使いました。けれど雨のたびにその時の悲しみがモヤモヤと蘇って、私は毎度少しだけしょんぼりしました。
多分、傘を選べなかったことが嫌だったのでも、彼が傲慢なことを言ったのが嫌だったのでもありません。理解を得ることを諦めたとき、自分が少しだけ死んでしまったのが嫌だったのだと思います。
日傘
その人との関係は、私が彼からの数々の行為がデートDVであったことに気づいた(周りに気づかせてもらった)ことで終わりました。
今の恋人と付き合い始めたのは冬で、私は悲しみを閉じ込めたビニール傘を手放しました。まだ綺麗だったので捨てる選択肢はなく、バイト先の誰もが使える傘コーナーに置きました。
春が来て、私はそろそろ長傘があってもいいな、と思うようになりました。彼が私の家に住み着いてから、コンビニで買った小さい折りたたみ傘では事足りなくなってきていたからです。傘を探していると言うと、彼は「俺、可愛いの知ってるよ」とスマホを開き、なにやら操作してから私に差し出しました。私達の職場のあるエリアから歩いて少しのところにある、ふたりのお気に入りの雑貨屋さんのオンラインショップのページでした。
外側は真っ黒の傘でした。でも内側には大輪の椿。
「俺は傘持つの嫌いだけど、このシリーズ可愛いなーって思ってたんだよね」
気が向いたら見てきたら、と言って、彼は笑いました。なんだか目頭がツンとしました。
夏になってにわか雨が増えた頃、ビニール傘は誰かにもらわれていきました。
私は黒い日傘を大切に使っています。
あのビニール傘も、誰かのもとで大切にしてもらえているといいなと思います。