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0歳のお姉さん
今年、36歳になります。いわゆる”アラフォー”の仲間入りです。若かりし頃に想像していた”アラフォー”は、もっと成熟していてしっかりした印象だったので、まだまだ幼いところが残る自分に、どこかで焦りを感じます。
この年齢になって、ある人を思い出しました。私が新卒で入社した会社でお世話になった、エミさん(仮名)という女性です。
彼女は、私が勤めている会社から仕事を頻繁に依頼するフリーランスでした。年齢は当時36歳。22歳で入社した私から見たら、人生の大先輩であり、仕事を熟知する頼もしいお姉さんでした。
毎日ミスをしては上司に叱られ、着慣れないスーツの下で肩を縮めていた私を、エミさんは妹のようにかわいがってくれました。発注者と受注者という関係性にとらわれず、仕事や処世術についてやわらかく教えてくれたことに、今でも感謝しています。
エミさんは明るい茶髪で、取引先に顔を出すときでもカジュアルな服を着ていました。ほかのみんなは基本スーツで黒髪なのに……と、当時の私は不思議に思っていました。
だいぶ親しくなってから、「エミさんは自由な服で仕事ができてうらやましい」と口をとがらせたとき、「なら結果を出せばいいのよ、周りから文句を言われなくなるから」と笑っていた顔が、さっぱりとしていて、実に明るくて。こんな女性になりたいと、心から思いました。
エミさんはフリーランスでしたが、何をしているのかと問われると、一言では言い表せない人です。出会ったときにもらった名刺にも、名前と連絡先しか書かれていませんでした。一緒に働いてみても、デザイナーやライターみたいに、はっきりとした専門業務を担うわけではありません。
でも、エミさんがひとたびプロジェクトに入ると、魔法みたいにうまく事が進むのです。誰かがこぼしたボールをいちはやく拾い、これから大炎上しそうな火種をキュッともみ消す。厄介で気難しいクライアントも、エミさんが定例会議に同席するようになってからしばらくすると、なぜか頬を緩ませて合理的な意思決定をしてくれるようになっていました。
それらはすべて事が済んでから「エミさんのおかげだった」と理解できるので、進行しているときはどうやっているのかがわからなくて、私はいつも「仕事ができる人ってすごい」という解像度の粗い感想を胸に、華奢なのにやたら大きく見える背中を、目で追うことしかできませんでした。
そんなエミさんは、プロジェクトが終わったあとの打ち上げにも必ず参加していました。
私が勤めていた会社はエンタメ業界に根を下ろしていて、一般的な企業よりも飲み癖が悪い人の割合がかなり高かったと思います。
最年少だった私は「はやくお酒注いで、気が利かないなぁ」と赤ら顔で呼ばれ、焦りながら隣に行くと、テーブルの下でねっとりと太ももを触られるというような機会がざらにあり、そのたびに気持ち悪くて泣きそうになるのをこらえていました。
そういうとき、きまってエミさんは「はいはい、期待の若手にお酒を注がせるんなら、別料金いただきますよ」などと言いながら自然に割って入り、私と男性の距離が近づかないよう隣に座ってくれていました。
「じゃあエミちゃんでいいよ、おばちゃんなんだから無料でよろしく」と空いた猪口を向けてくる男性を見て、私は思わずキレかかりそうになってしまったのですが、エミさんはそんな私を制して身を乗り出し、「やだ、あたし0歳だけど」と笑いながら、すぐさまなみなみと酒を注いでいました。
……0歳。
不思議に思いました。よくこういう切り返しで聞くのは、「若い」ことを冗談めかして主張するのに適当な年齢、20代とか、そこらのような気がして。泥酔していて誰もその言葉を気にしていないようだったけれど、私はやけにこの「0歳」が耳に残りました。
「エミさんって、0歳なんですか?」
結局、その日は終電がなくなる時間まで付き合わされて、ハイペースで吞まされていた私は呂律が回らなくなっていました。ふらふらしながらタクシーを待っていると、エミさんが私の家の方向を確認して、「途中まで一緒に乗って行こうよ」と言ってくれたので、後部座席にふたり並んで座ったのです。
「うん、0歳だよ」
エミさんはタクシーの窓から目を離さずに答えました。街にはまだネオンがぎらぎらと輝いていて、紫色やらピンクやら、エミさんの目が光っていたのを覚えています。
「永遠の17歳じゃないんですか」
私がバカみたいなことを重ねて訊いたら、ぷはっとエミさんは笑いました。
「そういう意味じゃないよ。いつもね、何も知らない0歳だと思って生きてると気が楽なんだよ」
私は眉間にしわを寄せて、首をかしげました。頭が予想以上に傾いてしまって、吐きそうになりながら。エミさんは続けました。
「だってさ、0歳だったら何も知らなくて当然だし、これからできること、ぜんぶすごいじゃん。そうやって一生懸命に生きて、これまでと同じ年数、経ってごらんよ。今の自分よりもっともっとたくさんのことができるようになってるんだよ。最高じゃん」
「あー……なるほど」
相槌を打ったけれど、当時の私はその言葉の意味を半分すら理解していませんでした。でも、想像はしました。
今の自分が22歳じゃなくて、0歳だとしたら。来年ようやく立てるようになって、2年後ようやく言葉が喋れるくらい。ちょうど当時の私は社会人としては0歳だったので、今はミスしても当たり前か、くらいの粒度でその言葉を受け止めました。
「じゃぁ、私も0歳になります」
私がへらへらと笑ったら、エミさんは「今日から私たち同い年だね。お互いこれからなんだってできるよ」と、目を細めていました。
タクシーが私の家に着くと、「代金はいいよ、私が経費として御社に請求しとくから」とエミさんは言い、私を車から下ろしました。ぐらぐら揺れる体を玄関になんとか滑り込ませたあとの記憶はありません。
その夜のエミさんとの会話は、翌日から残業続きの日々を重ねるうちに、まるで夢のように遠く、ぼんやりしたものとなっていきました。当時の私には、誰かからもらった言葉をすぐさま日常に活かせるほどの心の余裕が、まだなかったのです。
当時のエミさんと同じ年齢を迎えることを意識して、その夜のことを思い出しました。36歳のエミさんが「0歳」とさらりと言えたことがどれだけすごいか、今になって痛感します。
いつの間にか私は、たいそう大人っぽい顔をして、なんでもできる気になっていました。その反面、36歳にもなって何ひとつ成し遂げられていないとも感じ、人生の大半を無駄にしたかもしれないという絶望に襲われて、虚無感が胸を締め付けて眠れない夜もあります。もっと学んでおけば、もっと努力しておけば。後悔をいくら並べたって、時間は戻ってこないのに。
「あたし、0歳」
そっとつぶやいてみたら、なんだか肩の力がすうっと抜けた気がしました。私はまだ、何も知らない。これからいっぱい学んで、自分の足で立っていく。これからできるようになっていくこと、ぜんぶがすごいぞ。
これまでの人生と同じ年数、成長することをあきらめずに生きていくと、私は72歳を迎えます。この想像を初めてした頃、つまり22歳の私は、44歳の自分を想像していました。
「0歳」という言葉が想像させてくれる未来が一変したな、と私はおどろきました。でも、それは老いへの絶望ではありません。素敵なおばあちゃんになれるだろう、という希望です。
エミさんが確かな実績を重ねながら軽やかに生きていたのは、この感覚が心を支えていたからなのかもしれません。一方で、あの頼もしいエミさんですら、不安や葛藤を抱えながら「0歳だもの」と自分自身を鼓舞していたのかもしれません。同じ年齢になって初めて、そんな想像をしました。
どんな気持ちで、エミさんは22歳の私を守ってくれていたのだろうか。どんな努力を重ねて、エミさんはフリーランスとしてあんな過酷な業界をひとり生き残ってきたのだろうか。そして私があの会社を離れたあと、エミさんはどんな人生を歩んでいったのだろうか。
あの頃はまったく想像できなかったいろんな問いが押し寄せてきて、胸が詰まります。もっといろんなことを訊きたかった。でも、そんな後悔をするくらいなら、「0歳」という言葉を胸に刻んで生きていくことで、私なりの答えを見つけていくほうがいい気がしました。
私は今年、36歳になります。エミさんと同じフリーランスになって、数年前には法人成りもしました。泣きたくなるような飲み会には、もう参加しなくても生きていけます。エミさんほどの結果を出せているかはわかりませんが、好きな服を着て働いています。
エミさんは今年、50歳を迎えるはずですね。でも、私たちはいつでも0歳。同い年です。お互い、人生まだまだこれからですね。成長していきましょう。
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