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「本は間口が広い。いろんな人のかかわりしろを生む。」 インタビューを通しての対話③               バリューブックスNABO&LAB 池上幸恵さん      

2025年 1月 9日 (木) 
話し手:池上幸恵さん  聴き手:池田志乃ぶさん、秋山紅葉  撮影:篠原さん
場所:本と茶NABO


バリューブックスとのつながり 

バリューブックスはオンラインを中心に古本の買取・販売をしている上田を拠点とする会社で、街にブックカフェ「本と茶NABO」とアウトレット本屋の「バリューブックスラボ」というふたつの実店舗も運営している会社だ。

NABOは遠方からわざわざ目掛けてくる人も多い上田の中心的な文化スポットとも言える場所、バリューブックスラボは本来なら処分するはずの本を「捨てたくない本」と名付けて50円や100円で販売するアウトレット本屋で、近隣のこどもたちがマンガを買いに来たり、古書店の店主が買い付けにくるなど様々な人が訪れている。

バリューブックスラボでは以前からひきこもりや不登校の若者が働く場として受け入れをしており、その流れでやどかりハウスで店番を担えないかと相談したのが、2023年の秋頃。

2024年の2月からは、毎週金曜日の営業をやどかりハウス利用者が店番を任せてもらうことに。当初はバリューブックスラボで仕事を提供してもらい、やどかりハウスの母体となるNPO法人場作りネットが申請した助成金から、勤務した人へ勤務時間分の対価を支払うというやりかたでやってきた。 始めてみると、やどかりハウスのスタッフ側に負担があったり、継続していくことができないことがわかり、現在ではやどかりハウスのスタッフは最低限の関わりで、店番の給与もバリューブックスから支払ってもらうなどして今後も長く継続できる形に変化している。

ここでは、普段やどかりハウスでコーディネーターと相談員として働く2人(池田、秋山)が、今年度の〈のきした仕事事業〉のふりかえりとしてNABOとラボの担当者である池上さんにインタビューをした時の対話を、その時の空気を乗せて記録に残したい。

「本は、間口が広い。いろんな人のかかわりしろを生む。」


その日のインタビューは、池上さんのその一言から始まった。

個々の出会い


遠くから自転車漕いでやって来て、たった1時間、本の値付けシールを貼って帰る高校生。
彼にとって、それはどういうことなんだろう?
仕事をするって、なんだっけ。
そんなことを巡らせながら、月に1,2度、店で彼を受け入れている。

そう語り始めたのは、バリューブックスが街の中で開いているNABOというブックカフェの店長の池上幸恵さん。
1月初旬、今年度の事業終了に際して彼女にインタビューした時の対話をふりかえりたい。

ある日の金曜日、予定の時間に姿を現した彼は
「昨日、39度の熱を出しました」と、
まるでそれが何でもなかったかのような声で言った。

マスクもせずやってきた彼。
頭の中に、色々巡る。
スタッフなら普通に帰ってもらうところだが、“時間も短いしお客さんと接することはない作業だから”と、自分に言い聞かせるようにして、仕事をしてもらうことにした。

「そういう時は事前に連絡して相談するんだよ」という声かけをすることも考えた。しかし、そのやりとりが本人にとって“怒られた”という経験になり、“もし、来なくなってしまったら”ということも同時によぎった。
迷った末に「マスクだけはつけてね」とマスクを渡して作業に入ってもらった。

NABOのブックカフェでは、コーヒーではなくお茶を主に提供している。のきした仕事事業で来てくれる人には、お茶を出してコミュニケーションを取りながら「仕事をしてくれてありがとう」の気持ちを表している。

高校生の彼にも温かい白茶を出していたのだが、なんだかいつも茶碗にお茶が残っている。熱いからかと思い、猫舌なのか聞いてみると「猫舌って何ですか?」と返ってきた。聞かれたので説明してみると「猫舌かもしれません」と言う。毎回、彼が来る数時間の中で、少しずつやりとりを重ねていき「氷なしのりんごジュースをください」と言ってもらえるような関係性にはなってきた。
ある日、彼が本の値付けシールを100冊ほど間違えて貼った日があった。ハサミを借りたいと言うことが憚られたのか、気づかず貼っていたのかはわからない。
ふりかえってみれば、彼とのあいだでおたがいに“ちょっとこれ、どっちかな?と思っても聴かないでおく”という距離感がいつの間にかできていたのかもしれない。
そういう関係の中に漂いながら、彼は自転車に乗ってこれからもNABOにやって来て、池上さんは常温のりんごジュースを出す。

一方で、この人については、やどかりなしで単体では付き合えない人だと思う人もいる。なんだかムカついてしまうのだ。そんなに一生懸命になって私ってこんな人なのよと自慢しなくても、話していれば本を色々読んで勉強し、文化芸術にも親しんできた人だということはわかる。
なんだかムカついてしまう一方で、この人(を受け入れたこと)が一番、(ここが)本屋である意味があったとも思っている。それは、彼女がとにかく本を愛しているから。彼女からは、隠しきれないやりがいを感じてしまう。

(補:彼女は、接客すると話が止まらなくなったり喧嘩になったりするので、その週のおすすめ本を選書し、黒板に紹介文を書くことを仕事としている)

バリューブックスラボの店内

個人として

働くのは3時間がちょうどいい、重たいものを持つのが大変、気力体力がフルで続かない人がいる・・など、〈のきした仕事事業〉は、働くということの荷の重さがある人達と出会うきっかけになり、いつも想像していなかったことが起こる。おかげで、想像の範囲が広がったと思う。

みなに共通していることは、「疲れちゃう」という自覚症状がすごくあること。何をすると疲れちゃうのか、疲れたその先はどうなるのかを知っている。カチッと言葉にできるくらいの疲れへのジャッジができること。そういう姿に触れると、仕事をしている時の自分をふりかえる。自分は仕事をしていても、疲れるということがない。それは、ONモードでやっているからかもしれないと思ったりする。
また、もう一つ共通していることは、一人一人違う拗れや怯えがあるように感じられること。ある若者からは、就職面接で「じゃあー」と言われると落ちるということを教えてもらった。本人の希望就労時間が雇用主の求めと合わず「じゃあ―」と別の提案をされる場面があると、これは落ちるなと思うと言う。今やバイトを4つかけもちしている彼女が、長い就職活動の中でどう泳いできたかが窺える。

事業主として

〈のきした仕事事業〉は、事業主の持ち出しのお金が発生しないので、『100%のありがとう』と言う気持ち。お客さんとスタッフの間の存在としてケアをしたい対象になる。そこ(ケアすること)にエネルギーを割きたくなる。
〈のきした仕事事業〉では、求人に合わせて人が来る従来のかたちではなく、来る人に合わせて仕事を生み出していくという作業をする。最初はどうなるかと思ったけれど、仕事はひねり出そうとするとわりと出てくるものだということがわかった。以前、古本の値付けシール貼りをやっていたバリューブックススタッフには、もう別の仕事が生まれている。そうやって、来た人によって仕事が生まれていくのはおもしろい。

いいことだけではないのでは

それはもう、個別対応を考えるととても面倒くさいです。
1週間のうち1日3時間勤務のスタッフを3人抱えるよりも、毎週6時間のスタッフをひとり雇用したほうが連絡もスムーズだし、まかせられることもどんどん増えていく。
面倒くさくても受け入れる理由としては、同じ地域で活動するNPOのやどかりハウスを応援したいという気持ちのほか、当たり前だと思っていた「携帯を持っている」とか「重たいものを運べる」とか「6時間勤務できる」ということが全く当たり前じゃない、ということに気付けることが、面倒くさいことも含めて刺激的で楽しいのだとか。

面倒くささをおもしろがれる、そういうことが起きる街であってほしいと思っている。

インタビュー後記(聴き手:秋山)

話を聴いていて、どうしてこんなにワクワクするんだろうと思った時に、やどかりハウスを運営している中でわたしたちが大事にしたいと思っていた視点を、ブックカフェの店長である池上さんもまた持っていたことが、とても嬉しかったんだということに気づいた。

わたしたちは、相談をあいだに置いて目の前の人とかかわる。
池上さんは、本をあいだに置いて店に来る人とかかわる。
のきした仕事事業の人たちは、仕事をあいだに置いて池上さんとかかわる。

街の中に出番(仕事)を作り、関係性を捉え直す実験として、のきした仕事
事業は始まった。

氷なしのりんごジュースの高校生と池上さんの関係は、巷のバイトと店長との関係とは少し違っていて、言葉にならない機微でつながっている。
それを池上さんは、自問しながらふりかえる。彼にとって働くってなんなんだろう。私にとっては、なんだったっけ・・

文化芸術に造詣のある女性についても、どんな関係性だったら同じ店で働く仲間として眺めることができるのか、池上さんは考え続けている。
他のスタッフと一緒に彼女のお薦め本棚のスペースを作り、政治色の強い彼女の推薦本はそこに帯付きで置くようにするなどキャラを殺さず立ててくれている。

そうやって、その人の存在自体に耳を澄ませ、目を凝らしている。
こういうことが、街で起こっていることに、ただ嬉しいし、この街がもっと好きになってくる。

2024年夏、バリューブックスラボの2階で刺繍の販売会を開いた時の写真
(1番右が池上さん)

わたしとあなたのあいだに何を置くのかを考えるところから場作りを始め、関係性を味わってみる。

わたしたちは、そこで起こっていることを歓び合うことができる。
すれ違いや齟齬や矛盾でさえも、おもしろがれる。

そういう余地を生みたいがために、形を変えて色んなことをやっている。

やどかりハウスが、みんなが目にする街の中にあることの意味は、こういうことに表れるのだなということを噛みしめられるいい語りを聴くことができた。


(この事業は、内閣府の「地域における孤独・孤立対策に関するNPO等の取組モデル調査」の助成金を活用して取り組みです。)



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