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日本茶AWARD2024後発酵茶部門考察

はじめに

本稿では、日本茶AWARD2024後発酵茶部門の審査結果について、特にプラチナ賞受賞茶と部門規定との整合性を中心に考察します。

審査結果

昨年から受賞者の顔ぶれは変わらず

  • 丸山園本店のLa香寿が2年連続でプラチナ賞受賞

  • 菩提酸茶2022秋摘みがファインプロダクト賞受賞

  • 後発酵茶部門の審査員奨励賞は該当なし

  • 新設の有機茶部門では、おさだ製茶の有機山吹撫子が審査員奨励賞を獲得

  • 伝統的な後発酵茶は高宇賞を含め、一点も入賞せず

昨年の後発酵茶部門への出品数は8点、出品者は6名と全部門中最も少ない状況でした。この低迷が続けば部門の存続が危ぶまれます。さらに、後発酵茶部門で2年連続して微生物発酵ではないお茶がプラチナ賞を受賞しています。

La香寿と出品規定との適合性について

ここからは、今年の規定変更とLa香寿の製法について取り上げます。二連覇という結果が示す通り、このお茶は非常に高品質かつ、魅力的な茶であることに疑いはありません。

考察する内容はあくまで、La香寿の製法と日本茶AWARD2024における後発酵茶の出品規定との適合性についてであることを強調しておきます。

出品規定の前年からの変更箇所

後発酵茶部門の出品規定の変更箇所です。

2023年
注意書き:「後発酵茶は、殺青後の茶葉を自然または人工的に微生物によって発酵させた茶で、カメリア・シネンシスが100%のもの」

審査要点:「渋みや苦味がなく、その茶に特有の芳醇な香りと風味が備わったもの」

日本茶AWARD2023審査規定 後発酵茶部門

2024年
注意書き:「後発酵茶とは、殺青後の茶葉を自然あるいは人工的に発酵させた茶で、カメリアシネンシス100%のもの。」

審査要点:「特有の芳醇な香りと風味が備わった茶」

日本茶AWARD2024審査規定 後発酵茶部門

(1)注意書きから「微生物によって」という文言が削除されました。
(2)審査要点から「渋みや苦味がなく」という文言が削除されました。

これにより、後発酵茶の本質である微生物発酵や、苦渋味がないという特徴が規定から外れる形となりました。

ただ、実際の運用では昨年の規定でも微生物発酵ではない茶がプラチナ賞を受賞しており、今回の変更の意図はわかりますが、動機は不明です。

殺青後の茶葉による酵素反応という矛盾

この変更により、殺青後の変化に酵素反応も含まれると(文章的に)解釈することができるようになりました。しかし『酵素失活後の酵素反応』という解釈は論理的に矛盾します。

殺青が不十分であれば残存酵素による反応は起こり得ますが、これは紅茶や烏龍茶で意図的に行われる酵素反応とは本質的に異なります。

La香寿の製法

日本茶AWARD2024のプラチナ賞受賞者インタビューからLa香寿の製法に関する部分を文字に起こしました。

静岡県葵区で栽培された香寿を一度釜炒りで仕上げ、そこに生葉のエキスをかけ、生葉の持つ酵素の力で発酵させています。そうすることで通常の蒸し製の日本茶よりも数倍にも香りを高め、人工香料を一切使うこと無くフルーティーな香りのお茶に仕上がっています。

丸山園本店プラチナ賞受賞者インタビューより

殺青後の茶葉+殺青前の茶葉=殺青後の茶葉か?

殺青後の茶葉で烏龍茶のように短時間で香気発揚を促すような酵素作用を引き起こすには、殺青前の生茶葉を加える必要があります。

しかし、「殺青後の茶葉を」とする規定要件と明らかに相反します。殺青前の生茶葉由来の懸濁液を添加する場合、それを「殺青後の茶」と見なせるのかという本質的な問題が生じます。未失活の酵素を豊富に含む懸濁液の添加は、単なる加水とは異なり、明確に別種の反応を引き起こします。

製造者の山梨氏からの回答

この点について、La香寿の製造者である山梨商店の山梨宏之氏に質問し、回答を得ました。以下は議論の核心部分を抜粋したものです。

山梨氏は日本茶AWARDの発起人の一人であり、部門の改廃や規定の変更に関わる運営の中枢的な立場にある人物です。

「発酵は微生物の働きによる変化で、それによりできるものが発酵食品」というのが「発酵」および「発酵食品」の一般的な理解と思います。

La香寿はおっしゃるとおり、殺青後の茶に殺青前の生茶葉の懸濁液を加えて酵素反応を促し、十分香りが高まったところで殺青し、加わった水分を揉み乾燥してできる製品です。 以前もお話したように、微生物の影響が皆無ではないかもしれませんが、微生物の関与を期待して造っているわけではないので、発酵食品とは言えそうもないし、一般的な後発酵茶でもないと思います。 結果的には、後発酵茶の奥深い味わいと異なり、烏龍茶の香味に近いものといえます。
(中略)
生葉を加えるにしても1%に満たず、99%以上が殺青後の茶葉ですし、少なくとも、すべて生葉から出発して1度で殺青する烏龍茶ではないと思いました。「2度殺青する製法の点」のみながら、後発酵茶の方が近いと考えざるを得なかったです。

この回答を要約すると、以下の3点に集約されます。

1.一般的な後発酵茶ではなく、烏龍茶に近い香味という認識。

2.重量比では殺青後の茶葉が99%以上、殺青前の生葉は1%未満※である。

3.現行の部門区分では、後発酵茶部門が最も近いと判断して出品した。

※生葉の使用比率について:
仕上げ茶重量100に対して、生葉5と水30~50を使用します。生葉と水をミキサーで攪拌し、35~55の懸濁液を作ります。この懸濁液を仕上げ茶100と混合し、曝気処理を行います。なお、生葉は乾燥後、重量が約1/5になるため、最終製品における生葉の比率は約1/101(約1%)となります。最終的な仕上げで破砕葉は風力選別で除外するため、重量としては1%未満になります。

使用量の多寡ではない

後発酵茶部門には明確な製法規定が存在する以上、使用量の多寡は本質的な問題ではありません。

特に、生葉由来の酵素を懸濁液として仕上げ茶重量の35〜55%もの量で添加し、茶葉全体に均等に作用させる工程が、このお茶の根本的特徴です。

たとえ最終乾燥物として1%未満になったとしても、明確に「殺青前の茶葉(未失活酵素)」を用いた製法であることに変わりはありません。

食品の製造において、わずか数%の添加物が製品全体の性質を大きく変える例は少なくありません。

これは、ノンアルコール飲料コンテストで1%のアルコールを含む飲料が最優秀賞を取るようなもので、アルコールを全く使用しない努力を重ねてきた出品者から見れば、その結果は到底納得できないでしょう。

 「最も近い」のは後発酵茶部門か?

「二度殺青する製法」という点が類似していると示されていますが、これは誤りで、後発酵茶も殺青は一度だけです。

後発酵茶は殺青後に発酵の工程があり、最後は乾燥です。この乾燥は伝統製法では天日干しであり、二度目の殺青は行われません。

La香寿は生茶葉懸濁液を混合・曝気し、その後、殺青・揉捻・乾燥を行っています。この一連の工程を考えれば、烏龍茶に最も近い製法と言えます。

烏龍茶部門の審査規定は以下の通りです。要点のみが示され、製法規定は明記されていません。そのため、烏龍茶部門なら出品も受賞も可能であると考えられます。

③烏龍茶部門
(審査要点)甘い花の香りや熟した果物の香りなどを持ち、澄んで艶の ある水色の茶

日本茶AWARD2024審査規程 (日本茶飲料部門を除く)
12.出品部門と審査要点 【部門】についてより

La香寿は、山梨氏も仰っている通り「結果的には、後発酵茶の奥深い味わいと異なり、烏龍茶の香味に近いもの」であり、その製法と目指す香味から、本来は烏龍茶部門への出品がより適切だと思われます。

これは、優れた煎茶の生産者が、煎茶を紅茶部門に出品しないのと同じことです。仮に何かの間違いで受賞したとしても、そのお茶の価値が高まることはなく、それを誇ることもできないでしょう。

まとめ

日本における後発酵茶は、以下の2種類に大別できます。

  1. 伝統的な微生物発酵茶:地域文化に根ざした自産自消型の微生物発酵茶

  2. 河村傳兵衛氏が考案した黒麹菌を用いた微生物制御発酵茶:特定の微生物を茶葉に添加し、現代的な製造方法で品質を安定させた微生物発酵茶

微生物発酵茶は、生化学的なプロセスによって特有の香味を生み出すものであり、酵素作用とは本質的に異なります。

一般に後発酵茶は伝統や健康効果に注目が集まりがちですが、乳酸発酵茶は、従来の茶にはない「酸味」という新たな可能性を切り開きました。この酸味は、ノンアルコールドリンクの味わいに重要な要素をもたらすと考えられています。

私は昨年、日本茶AWARDに後発酵茶部門が設けられたことに大きな期待を寄せました。それは、後発酵茶を伝統や健康効果だけではなく、微生物発酵が醸成する香味そのものを評価する場になると考えたからです。

その評価の場としての役割を果たすためには、規定を明確に定め、厳格に運用することが必要です。

それは出品者と審査員の間に信頼関係を築く土台となり、公正な評価を可能にします。その公正な評価こそが、この茶種の本来的な可能性を引き出し、日本茶の多様性を広げる一助となるでしょう。今後の発展を心から期待しています。


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