見出し画像

やはり難しい、急勾配滑走路への着陸

フランスアルプスの標高2千メートルにある クールシュヴェル飛行場(Courchevel Altiport)。これまで何度か事故が起きています。今回は、2019年と2021年に発生した2件の事故に着目します。(冒頭の写真は恵庭岳とA321)

前回のnoteでは、急勾配の滑走路に着陸するにはどうしたらいいのか、あれこれ考えてみました。その記事は、こちらから。


2019年のパイパー事故

フランスの航空事故調査機関(BEA)による調査報告書を基に、私見を加えつつ事故の状況を見てみます。

■ パイパー PA46-350P マリブミラージュ、登録記号 F-GUYZ の航空事故
~ 着陸時の滑走路オーバーラン、雪山への衝突 ~

日時:2019年2月8日、11:18ごろ(現地時刻)
場所:クールシュヴェル(サヴォワ県)
搭乗者:パイロット2名および乗客3名(うち乗客1名が負傷)

クールシュヴェルの北北西100kmのジュネーブ(スイス)を横に見て IFRをキャンセルし、クールシュヴェル飛行場へと降下を続けました。前回の記事で紹介したビジュアル進入チャートの経路に沿って北側から進入しました。

▲ ファイナルの飛行航跡(BEAの調査報告書から)

赤マルのは、滑走路22の進入端まで2.7km地点です。ここで高度6830ftだと、標準的な約3°のパスで進入することになります。よしっ。

風は 240°/3ktでしたから弱い正対風です。視程は良好で、QNH 1018、気温マイナス1℃と通報され、滑走路は除雪されていました。

調査報告書では、「滑走路22に着陸する際、車輪が着かないまま滑走路上を飛行し、滑走路進入端から約270メートルの地点に接地した。そのときの速度は約80ノットであった。急ブレーキをかけたが飛行機を止められずに雪山に衝突した」とされています。

▲ ファイナルの飛行高度(BEAの調査報告書から)

536メートルしかない滑走路なのに、接地位置が270メートルも先になってしまうと残りの距離はわずか266メートルです。急勾配の上りとはいえ、約80ノット(約150km/h)から停止するには十分な距離ではなかったようです。

この航空機は単発ピストン機で、装備されていたガーミンG1000アビオニクスに飛行データが記録されていました。

▲ ファイナルの飛行記録(BEAの調査報告書の図に加筆)

赤マルのではいい高度でしたが、その後の降下進入が非常にまずかったようです。

速度が100kt以上にまで増速していました。降下中、パワーコントロールが適切でなかったようです。途中で速すぎることに気付いたのかパワーをアイドルに絞りました。滑走路進入端(赤マルの)の上空では 90ktを超えていました。

PA46-350PPOHには、APPROACH AND LANDING の “Normal Technique” として、

Flaps : UP to FULL DOWN
Airspeed : 80 - 85 KIAS (flap down)

Pilot's Operating Handbook, PA46-350P

通常はフルフラップで着陸、最終進入コースの速度はフルフラップで 8085ノット(フラップアップでは 95ノット)と記載されています。

フラップのセットはどうだったのでしょう? 乗客が撮影していた動画からフラップがフルダウンされていなかったことが分かりました。0°/10°/20°/36°のうち、20°までしか下げられていなかったのです。20°と 36°(フルダウン)では減速効果が大きく変わるはずです。

当該機は、滑走路22の進入端を通過してもパワーが絞られずに90kt以上の速度が続いていました。数秒後、スロットルがアイドルにされ速度約83kt(BEAは “約80kt” としている)でようやく接地しました。

前回の記事で書いたように、やや上昇気味に接地させたいクールシュヴェルの滑走路22は、平らな滑走路に着陸する場合の速度では不足でしょう。機長は前日に行われたPA46のスキルテスト飛行で、クールシュヴェル飛行場への進入では速度を 5~7kt 増やすようアドバイスされていたそうです。PA46の進入速度を85ktと考えていた機長は、90~92ktでの進入を目指していたのかもしれません。

しかし、POHの “Short Field Technique” で(フルフラップの)最終進入速度が 78 ktとされており、補正を加えても速度90kt以上での進入端通過は速いと感じます。そもそもフラップをフルダウンしていなかったし…。

Stall speed (gear, flaps down) --- 60 kt
60 kt × 1.3 = 78 kt

NORMAL PROCEDURE
Landing Final Approach Speed (Full Flaps) --- 77 KIAS

Pilot's Operating Handbook, PA46-350P

急な上り勾配の滑走路なので、進入端通過後もスロットルをすぐには絞らず機首を上げて接地に備えていたと思いますが、その間まったく減速されていませんでした。あわててスロットルを急に絞ったが時すでに遅く…と、このグラフから読めそうです。

BEAの報告書では、ファイナル進入中 “The plane's parameters were not stabilized.”(安定していなかった)ことや、フレア操作の後 “the pilot throttled back late.”(スロットルを絞るのが遅れた)ことなどが指摘されています。また、着陸時の許容最大重量をオーバーしていたとも。機長の経験不足が関与したことは間違いなさそうです。

事故時の映像は、YouTubeのこちらで見ることができます。


2021年の死亡事故

昨年の夏、同じくパイパーPA46がクールシュヴェルに着陸しようとして事故が発生しました。

2021年8月6日、登録記号 F-HYGAPA46-350P が着陸する際、滑走路22進入端手前の土手に衝突しました。飛行機は滑走路内に滑りこんで停止した後、火災が発生しました。(フランス航空事故調査機関、BEAの情報から)

この事故は “In progress”(調査中)となっており、2022年11月19日時点でまだ調査報告書は公表されていません。詳細は分かりませんが、滑走路22に進入する高度がわずかに低くなって滑走路まで届かなかった可能性があります。搭乗していた3名のうち、1名が亡くなりました。

ネットの写真を見ると、機体はほぼ原形をとどめているようです。右主翼付け根付近の損傷が大きいので、そこから燃料が漏れて火災が発生したのでしょう。胴体の右側面が焼けて外板が歪んでいます。

(写真は「F-HYGA」などでネット検索するとヒットするはずです)

-+-+-+-

接地点が先に伸びて止まり切れなかった例と、接地点が手前になって滑走路まで届かなかった例を見てみました。この飛行場への着陸が難しいことは容易に想像できますが、これらの事故からも、かなり正確に飛行できる能力がなければ安全な着陸はできないことが分かります。

長さが短く急勾配の滑走路を持つクールシュヴェル飛行場、世界で最も危険な飛行場の一つと言われるのも当然かもしれません。

-+-+-+-

次回は、クールシュヴェル周辺で他にもある山岳飛行場について調べてみます。


いいなと思ったら応援しよう!