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12年が過ぎた空

帯広の航空大学校です。2023年6月の朝、訓練機が次々と飛び立っていきました。

▲ 帯広空港

定期便は さほど多くない空港ですが、航大帯広の訓練機が帯広タワーの118.7MHzを賑わしています。

▲ シーラスSR22訓練機

訓練に使われているのは、シーラス式 SR22型という単発機。機体の色は導入時期の違いによって白と赤があるみたい。写真で分かるように固定式の脚なのですが、「Landing Gear Simulator System」をオプション装備しているそうです。それは訓練機用に引込脚システムを模擬した装置で、ランプ表示や警報音なども再現しているとのこと。

そして、この機種の大きな特徴の一つが、緊急用パラシュート(CAPS)を搭載していることでしょう。墜落が避けられないような事態になっても、ハンドルを引くとパラシュートが出て機体をゆっくりと水平に降下させるシステムです。

CAPS : Cirrus Airframe Parachute System

https://www.cirruspilots.org/Safety/CAPS


▲ 滑走路35に進入する SR22訓練機

複数のSR22が連続離着陸訓練(タッチアンドゴー)を繰り返していました。


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さかのぼって 2011年、7月28日木曜日の朝。航大帯広の当時の訓練機、ビーチクラフトA36(JA4215)が近郊の剣山つるぎやまに衝突する事故が発生しました。

あれから12年が過ぎようとするこの夏、航空事故調査報告書を改めて読み返してみました。


▲ 事故現場(運輸安全委員会の航空事故調査報告書より)


▲ 事故機の残骸(運輸安全委員会の航空事故調査報告書より)

搭乗していたのは4名(教官2名と学生2名)。そのうち学生1名だけが重傷を負いながらも生還しましたが、他の3名は亡くなりました。


▲ 独立行政法人 航空大学校所属 ビーチクラフト式 A36型(2008年、Wikipedia)

この写真は、ウィキペディア「Beechcraft A36 Bonanza.jpg」ファイルを使用させていただきました。

この写真の機体(JA4218)は当該事故機(JA4215)ではありませんが、同じ型式で塗装も同じです。


▲ 事故発生時の着座位置

航空事故調査報告書の内容から作図したものです。学生Aは基本計器飛行(BIF)の訓練のためフードを装着していたので、機外が見えない状態でした。そのため、教官Aが外部の安全確認を行う全責任を負っていました。

BIF : Basic Instrument Flight、基本計器飛行

事故から2年5か月後、運輸安全委員会は航空事故調査報告書を公表しました。その「原因」の項の全文を以下に引用します。

原因
 本事故は、有視界飛行方式下での基本計器飛行訓練としてフードを装着した学生の操縦する同機が、教官の指示どおりに飛行して山岳地帯に進入し、山を覆う雲に接近又は入ったため、機外目標を失い、山との間隔が教官が考えていたよりも近づいていることに気付かず、地表に異常に接近し、教官が学生から操縦を代わり山を回避しようとしたが、適切な方向に回避することができず、山腹に衝突したものと推定される。
 教官が山を覆う雲に接近又は入ったのは、何らかの意図を持って行われた行為であった可能性が考えられるが、本人死亡のためその意図を明らかにすることはできなかった。
 同校においてこのような事態が発生したことについては、安全管理体制が適正に機能せず、同校の理念から離れ、管理職と現場との間で安全に対する意識のずれが生じ、不安全行動を見過ごしてしまうような職場環境・組織風土であったという組織的な問題が関与した可能性が考えられる。

航空事故調査報告書 4.2 原因(54ページ)


「教官が山を覆う雲に接近又は入ったのは、何らかの意図を持って行われた行為であった可能性が考えられるが、本人死亡のためその意図を明らかにすることはできなかった。」という一文だけでは、原因は分からなかったと早計に受け取られるかもしれません。しかし、報告書全体(全73ページ)に目を通すと、もう少し掘り下げた原因に近付いていることが分かります。

● 複数の学生が教官Aとの有視界飛行方式下での訓練中に雲に入った経験を有し、BIFを受けた学生全員が1回は雲に入った経験を有していた。(航空事故調査報告書20ページ)
● 雲が多い日にBIF以外の訓練を計画するとBIFに、良い天気では逆にBIFをBIF以外に、飛行前のブリーフィングにおいて教官Aの指示により訓練計画を変更させられていた。(同20ページ)
● 学生らは、教官Aが目の前に雲があっても「クリア」といって雲を避けることはなかったため、意図して雲に入っていると思っていた。(同21ページ)
● BIF以外の訓練中に雲に入った学生らは、小さい雲に近づいたときに避けようとしたが、教官Aからこのまま行くように言われ、一瞬入ったものだった。(同21ページ)
● 教官Aは、通常使用される新嵐山より東側の空域ではなく、地面との間隔が狭くなる西側の山岳地帯の縁辺部の、雲底高度付近を訓練空域として選定したものと推定される。(同39ページ)

航空事故調査報告書 AA2013-9

これらの記述から、教官Aは、有視界飛行中の訓練機を意図的に雲の中に入れるという違法行為を学生に強いていて、それが常態的に行われていたようだ、と私は読み取りました。

そしてもうひとつ、気になった部分があります。

● これまで同校で発生した死亡事故4件のうち3件が平成14年から平成23年までの最近の10年間で発生した。平成21年以降は毎年事故が発生し、平成23年に本死亡事故が発生した。10万飛行時間当たりの事故件数を見ると、(略)同校の独立行政法人移行後の平成14年~平成23年の10年間に急に増加し、特に死亡事故の増加が顕著である。(同46ページ)

航空事故調査報告書 AA2013-9

えっ?と驚いてしまいました。このように明確に言い切れるほど、データに表れていたということに…。運輸安全委員会が「組織的な問題が関与した可能性」を原因に明記した根拠になっていると思います。

これが、「我が国の唯一の公的な操縦士教育訓練機関」(独立行政法人 航空大学校のwebサイトの記述を引用)で起きた、12年前の航空事故の原因のひとつだったのです。

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そして、2023年の夏。

▲ タッチアンドゴーで離陸するSR22訓練機

訓練機は A36から SR22に代わっています。この写真の背景が航空大学校帯広分校とそのタワーです。

運輸安全委員会は、2013年12月、国土交通大臣および航空大学校に対して勧告を出しました。そして、その実効性を担保するため、実施された改善内容を運輸安全委員会に報告するよう、フォローアップが行われています。

この事故の概要、航空事故調査報告書、その説明資料、勧告およびそのフォローアップなどは、こちら で見ることができます。


▲ 滑走路35に進入するSR22(JA22HG)

乗客はもちろん、乗務員も共に無事に降り立つことが飛行のゴールなのです。


※ 特記のない写真は、2023年6月、やぶ悟空撮影

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