択捉島のブレヴェスニク飛行場分析
北方領土の択捉島には、ヤースヌイ空港の他にもう一つ飛行場があります。それが ブレヴェスニク(BUREVESTNIK)飛行場。2014年にヤースヌイ空港が開港するまでは民間機もブレヴェスニク飛行場を使っていたとのこと。現在は軍専用として使われているようです。(※ 冒頭の写真は F-15J Eagle、2021年10月 千歳飛行場で、やぶ悟空撮影)
ヤースヌイ空港については、こちらをご覧ください。
▲ 択捉島のエリアチャート(AIP)
この図の右上、Kurilsk(紗那)の東に建設されたのがヤースヌイ空港で、航空保安無線施設 ITURUP VOR/DMEが矢印で示されています。ブレヴェスニク飛行場はこの図の中ほど、ウェイポイント "BURAP" 付近にあります。
・AIP : Aeronautical Information Publication、航空路誌
・DME : Distance Measuring Equipment、距離測定装置
・VOR : VHF Omni-directional radio Range、超短波全方向式無線標識施設
▲ ブレヴェスニク飛行場の位置(AOPA Russia の図に加筆)
第二次大戦前、日本軍は単冠湾の南西の端に、天寧飛行場を建設しました。戦後、ソ連軍がその付近に長い滑走路を造り、ブレヴェスニク飛行場となったのでしょう。現在は、長さ2383メートル×幅30メートルの滑走路14/32が1本、と AOPA Russiaの情報にありました。ちなみに「ブレヴェスニク(Буревестник)」とは、ミズナギドリ、ウミツバメの意味らしい。
・AOPA : Aircraft Owners and Pilots Association
▲ 天寧飛行場とブレヴェスニク飛行場の衛星写真(Googleマップに加筆)
この写真で見る限り、旧天寧飛行場にあった交差滑走路2本は、現在は滑走路としては使われていないようです。長いほうの滑走路がざっと1200メートル、クロスの滑走路は800メートルほどです(Googleマップで測定)。webには日本海軍飛行場として「滑走路(850×40)2本」という情報もありますから、時期は分かりませんが延長されたのでしょう。
1950年ごろには、これら2本の交差滑走路の西側に、もう1本の滑走路(1150m)があったようです。ブレヴェスニク飛行場の現滑走路14/32は、その滑走路を拡張整備し北西に延長して建設されたようです。Googleマップ上で計測すると、現滑走路は 2350×32 (m) です。
滑走路の脇に3か所の広いエプロンが見えます。仮に、Nエプロン、Cエプロン、Sエプロンとしておきましょう(North、Center、South)。滑走路14端の東側にもエプロンらしきスペースがありますが、拡大すると幅の狭いゲートが見えるので、今はエプロンとしては使われていないのでしょう。
2014年のヤースヌイ空港完成前、軍民共用で使われていたときの民間用エプロン(らしき場所)が滑走路14端の西側に見えます。2機分程度の広さでしょうか。
▲ 滑走路14/32末端付近
滑走路14(上)と、海寄り滑走路32(下)の付近です。滑走路灯や滑走路末端近くに灯火らしきものが見えますが、PAPI(精密進入角指示灯)は設置されていないようです。また、ILS(計器着陸装置)などの無線施設の類はGoogleマップの写真からは見つけられませんでした。
・ILS : Instrument Landing System
・PAPI : Precision Approach Path Indicator
▲ Cエプロン付近
センターエプロンに5機のヘリコプターが見えています。そのうち1機だけ、5枚のメインローターが開いています。Mi-8ヘリコプターでしょう。滑走路上の丸印マーキングは滑走路の中央位置、この場所は飛行場標点の座標と一致しています。
タワーの場所がどこなのか分かりませんが、AOPA Russiaの情報によれば、周波数は124.0 MHz、コールサインは「Guardsman」だそうです。
▲ 民間機用施設らしき付近
現在では使われていない民間機エリアはこの付近、滑走路14サイド西側だろうと思います。ネットで見つけた旧ターミナル建屋の写真などから推測したので明確な根拠はありませんが…。
択捉島の中心市街地「紗那」(Kurilsk)からはかなり遠く、道なりで55キロほど(Googleマップで計測)離れていますから車で片道1時間以上、舗装されていない時なら2時間ほどかかったことでしょう。今では紗那から10キロ以内という近くにヤースヌイ空港ができ、島の住民にとっては格段に便利になったと思います。
▲ 航空機の残骸(Bing Maps)
Bing Mapsでは、ブレヴェスニク飛行場の周辺に、こんな戦闘機やヘリコプターの残骸が見えます。形状から見て、おそらく MiG-15か MiG-17、そして MiG-23でしょう。「択捉島天寧飛行場には、MIG-23戦闘機フロッガーが現在約40機配備されている」(昭和63年=1988 防衛白書)とのこと。ミグ23の残骸は、可変翼の後期型MiG-23MLD(Twitter情報)らしい。MiG-17は1950年台には製造終了したさらに古い機体。なぜ択捉島にあるんだろ?
滑走路14末端の東側には、廃棄された双発プロペラ機の傍に航空機の残骸が多数見えています。Googleマップの写真で同じ場所を見ると、残骸がずいぶん増えていました。
▲ 航空機の残骸(Googleマップ)
Cエプロンの脇に捨てられていたヘリコプター3機の残骸が、この写真の中に見えています。あちこちに散らばっていた機体をここに集めたということですね。
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▲ 滑走路14進入コースの地形(地理院地図に加筆)
国土地理院の地図を見ていると、滑走路14への進入コース直下が標高100メートルほどの地形であることに気付きました。滑走路末端付近の標高が19メートルですから、この丘は進入表面より上に出ているのでは? 簡易的に地図上で計測し、計算してみました。
着陸帯の範囲がはっきりしないので正確ではありません。ILSや PARなどの精密進入には対応していないものとして、滑走路14の進入区域(進入表面)を薄い黄色で示しました。「進入表面」は着陸帯の短辺に接続します。着陸帯からの距離は3000メートルですから、ちょうど標高「93」メートルの辺りまで。その地点での幅は750メートルですから、おおよそ図の黄色の範囲ぐらいになるでしょう。(距離や標高は地理院地図による)
・ILS : Instrument Landing System、計器着陸装置
・PAR : Precision Approach Radar、精測進入レーダー
▲ 滑走路14の進入表面と地形(概略図)
進入表面の勾配は 1/50ですから、水平距離3000メートルで高さ60メートルとなります。標高93メートル地点だけでなく、この地形では完全にアウトだろうな。
ブレヴェスニク飛行場では北側からの進入・着陸を行わず、着陸時は滑走路32に、離陸時は滑走路14から、と限定しているのかもしれません。
▲ 着陸に失敗したAn-12機(SAKHALIN.INFO)
今年(2021年)2月、アントノフAn-12輸送機がブレヴェスニク飛行場に着陸する際、「欄干に引っかかって」(SAKHALIN.INFO)脚を損傷しました。複数の写真から、An-12輸送機が左に傾いて滑走路上で停止していることが分かります。左端エンジンのプロペラ先端が4枚とも損傷しているのは、機体が傾いたせいで滑走路に当たったのでしょう。折れた左主脚の近くに、車輪や左端プロペラのスピナーも見えます。前脚も損傷し、ほぼ引き込まれていますから、かなりハードな着陸だったようです。
吹雪の中の太陽光やその影から、この4発ターボプロップ機は滑走路32に着陸したことが分かります。2月の吹雪の日なら、おそらく北西の風だったのでしょう。
▲ 滑走路32進入時の障害物(Googleマップに加筆)
脚が引っかかった「欄干」って、これのこと? はっきりしませんが、何か建造物のように見えます。軍事施設でしょうか? 滑走路32進入コース直下の、進入端から230メートルという近くに、こんな障害物があっちゃダメでしょ。
脚を損傷した輸送機はおそらく現地で修理され、再びロシアの空を飛行していることでしょう。残骸置場行きにならなくて良かったね、An-12。
・「択捉島への着陸中に軍用機が着陸装置を失った(Google翻訳)」(SAKHALIN.INFO、2021年2月9日)
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在日ロシア連邦大使館は、大使館ニュースとして“2機の最新型戦闘機Su-35Sが、ハバロフスク地方の常設拠点からイトゥルプ島の軍用飛行場「ブレヴェスニク」まで飛行した(2018/03/26)”とwebサイトに掲載しています。「仮想敵機迎撃のための予備飛行場への移動訓練」とし、パイロットらは計2000キロ以上飛行して常設拠点に戻ったとのことですから、そのまま戦闘機が配備されたわけではないようです。
▲ 在日ロシア連邦大使館ニュース(18/03/26)に掲載された写真
しかし、それから4か月後、SAKHALIN.INFOは スホーイSu-35S戦闘機3機が択捉島のヤースヌイ空港に配備されたことを伝えました。この3機はいまでもGoogleマップの写真に見えており、2018年2月の政令施行で軍民共用とされたヤースヌイ空港に常駐しているようです。
▲ 択捉島ヤースヌイ空港のスホーイSu-35S戦闘機(2018年8月3日SAKHALIN.INFO より)
さて、これからのブレヴェスニク飛行場はどうなっていくのでしょう?
2020年7月の記事(「赤い星」redstar.ru)によれば、ロシアの航空宇宙軍は2023年までにブレヴェスニク飛行場を含む5つの飛行場のインフラ再建を完了するとしています。しかし、ヤースヌイ空港における軍の航空基地としての施設整備に加えて、ブレヴェスニク飛行場の整備にも多額の予算を割く余裕があるのでしょうか? 択捉島に2つも飛行場が必要なのだろうかという疑問です。
標高が低いため海霧の影響を受けやすいことや、この記事中でも述べた滑走路14延長線の地形の問題などを考慮すると、新たに投入する費用に見合った有効利用ができるのか疑問です。そんなことから、軍用飛行場として最低限の離着陸機能を維持する程度のインフラ再建に留まるのではないかと想像しています。
ともあれ、このような状況では北方領土の返還交渉について、いまだ光明が見えてきそうな気配はありません。
※ 記事の内容は作成当時のものです。