世界で最も傾いた斜塔を見に行った話
【単発シリーズ#04】
タイトルをあえてキャッチーにしましたが、コラムの主旨からすると、もっと別のタイトルが良かったかもしれません。というのも、このコラムで取り上げる「斜塔」は、実のところ付随的なテーマで、”行動力”の象徴的な一例として私の体験談を語ることが主目的だからです。私は比較的行動力がある方だと自負していますが、かといって突出しているわけでもありません。20年以上同じ企業で会社員として勤めており、起業家のようにバリバリ活動しているわけではありませんが、同じ会社員の中では行動的な方だろうと自分なりに考えています。今となっては笑い話で、こうしてコラムのネタになる程度のエピソードですが、「行動力がある」とはこういうことかと自分で感じた体験を書き残したいと思います。ちなみに、私は過去に3年間、中国に駐在していたことがあり、そのことについては自己紹介の記事や、相対性理論をテーマにしたコラムでも触れています。興味がある方はそちらもご覧ください。
駐在中のある日曜日の朝、日本のNHKニュース番組を観ていたところ、「世界で最も傾いている斜塔は、かの有名なピサの斜塔ではなく、実は上海に存在している」という話が紹介されていました。ちょうど上海に駐在していた私は、これを聞いた瞬間、見に行きたい衝動に駆られたのです。まだ朝のシャワーも歯磨きも済ませておらず、着替えもしていない状態でしたが、飛び起きて身支度を整え、すぐに地下鉄に乗り込みました。上海の地下鉄は、少し慣れればさほど難しくはなく、数日間の駐在でも十分に乗りこなせます。バスも交通カードにチャージしておけば、指定の料金を支払うだけで問題ありません。また、タクシーの料金も安く、目的地さえ正確に伝えられれば気軽に利用できました。
少し余談になりますが、中国ではほぼ全ての道路に番号ではなく名称が付けられており、日本で言うところの「○○通り」のように、南北や東西の通りがそれぞれの名称で呼ばれています。このため、南北方向の通り名と東西方向の通り名を告げるだけで、その交差点まで連れて行ってもらえるという、とても合理的なシステムです。したがって、たとえ目的地の直近ではなくても、主要な通りの名前さえ分かれば「そこから歩いて200メートルくらいだから行けるだろう」という感覚で移動できました。
話を戻しますが、私はその斜塔のある場所まで仮に辿り着かなくとも、最悪の場合タクシーで帰ればいいだろう、通りの名前か最寄りの駅名を伝えればよほど帰れるだろうと、楽観的な気持ちで家を飛び出したました。多少お金はかかるかもしれませんが、不可能なことではないと高をくくっていたのです。
地下鉄の移動自体は予想通り、距離は遠かったものの難なく目的地に到着しました。しかし、最寄り駅に着くと、少し困った状況に直面したのです。タクシーがほとんどおらず、バスも見当たりません。加えて、スマートフォンでの検索も上手く機能しない中、ふとバスに続々と乗り込む人々を見かけ、「とりあえずこのバスに乗れば何とかなるかも」と、何の根拠もなくほぼ無計画で乗り込んでしまいました。今にして思えば、これが一番無謀な行動だったかもしれません。
市街地であれば支払い方法も分かっていたのですが、郊外の田舎のバスでは勝手が違い、乗客がどうやって料金を支払っているかを「見よう見まね」で確認するしかありませんでした。ところが、乗車した場所や目的地を伝えた上で支払うシステムのようで、どこで乗車したかも次に停まるバス停の名前も分からない私にとって、観察の意味はほぼありませんでした。つまり、この時点で支払い方法も降りる方法も分からず、途方に暮れていたのです。
幸いにも、バス停ではなくその先の真の目的地である「天馬山公園」の漢字は、中国語初心者の私でも読みやすく、「ここに行きたい」という意思を伝えることができました。バス内で乗務員と思しきおばさんに「我想去天馬山公園(天馬山公園に行きたいです)」と伝えたところ、そのおばさんが運転手に向かって大声で「この韓国人が天馬山公園に行きたいと言ってるよ!」と叫んだのです。もちろん、私は韓国人ではないのですが、訂正する余裕も語学力もなく、ただただ頷くしかありませんでした。
しかしそのおかげで「このバス停で降りればいいよ」と教えてもらい、指定された料金を支払ってバスを降りました。そして、徒歩で進むと無事に目的の公園へたどり着くことができました。
このチャレンジを実行したのは2015年頃で、当時すでにスマートフォン文化が中国にも浸透していました。私も当時最新機種ではなかったものの、iPhone 4Sを持っており、そこから公園までの道のりをiPhoneで検索し、徒歩ナビを頼りに向かうことができました。そのおかげで、比較的簡単に斜塔にたどり着くことができたのです。後から分かったことですが、私が到着したのは公園の表口ではなく裏口だったようです。しかし、私の主目的は「最も傾いた斜塔」を見ることだったので、目的は果たせました。後で調べてみると、この公園には他にも見どころがたくさんあったようですが、当時の私はそれを知らず、斜塔だけを見て帰路につきました。今振り返ると、よくそんな無謀な行動をしたものだと感じますが、当時は若さ(といっても30代中盤)もあり、特に深く考えずに行動していたのが正直なところです。
加えて、上海の地下鉄網は非常に発達しており、利用も簡単で、情報検索もしやすかったため、安心していたというのも大きかったです。また、日本と違い上海ではタクシーが非常に安価で、気軽に利用できたことも安心材料でした。最悪の場合、タクシーで駅名や目的地を伝えさえすれば、何とか元の場所に戻れるだろうと考え、楽観的に行動できる背景があったのです。
このコラムを読んでくださった皆さんも、受け止め方はそれぞれかと思われます。「ただの無謀な人」と受け取るか、「自分も思い立ったらすぐに行動するタイプ」と感じるか、人それぞれだと思います。どれが正解とは言いませんが、今こうして無事に「ネタ」として書けているのも事実ですし、あのとき危険な目に遭っていた可能性もあります。これは結果論に過ぎません。ただ、「もっと行動力を高めたい」と考えている方には、この経験談がヒントやカンフル剤になればと願っています。よほど犯罪に近いことや違法行為をしない限り、たいていのことは笑い話に昇華できるものです。少々極端かもしれませんが、私のモットーは「どうにもならなくなった時=死ぬ時」と割り切っています。誰ぞやの座右の銘にある「死ぬこと以外かすり傷」と、ほぼ同じニュアンスですね。
いかがだったでしょうか?少しでも刺激になれば嬉しいです。「10年近く前の話を持ち出すということは、その後は…?」と感じる方もいるかもしれませんが、国内にいるとここまで刺激的な経験談を得るのはなかなか難しいものです。今回のエピソードを通じて、「行動力」についてお伝えしたかったことと、斜塔の存在自体も知っていただければと思い、この話をご紹介しました。「上海␣天馬山公園」で検索すれば、いくつか出てきますが、参考までにTrip.comのリンクを添付しておきます。是非皆さんも見に行ってみてはいかがでしょうか。