
つまらない男(在宅医療)
毎週、往診にお伺いするじいちゃん。
この方は自分で排尿ができず、病院からカテーテルという管を膀胱に入れて帰ってこられた。
しばらくの間、近くの先生が管理していたようであるが、尿路感染のために毎週のようにその管が詰まり、私の所に尿路管理の依頼が来た。
このお宅に往診すると、飛び抜けて明るいお嫁さんが迎えてくれる。
介護なんて面白い作業であるはずがないのに、これだけ明るいと介護が心から楽しいんじゃないかと思ってしまうほどの方であった。
幸いにも私が管理を始めてから管が詰まる事もなく、管に関するトラブルは起こっていない。
先日もその管を交換していると、お嫁さんが「先生が来てくれるようになってから、この管はちっとも詰まりませんね」と言われて嬉しくなった。
私は特別のことをやっている訳ではなく、管が詰まらない理由は自分でもちょっと不思議なのであるが、たとえ私以外の功績であろうと、いい結果はすべて自分の手柄にしてしまうという便利な性格ゆえ、思わず調子に乗ってついつい軽口を叩いてしまう。
「それはきっと、私がつまらない男だという事でしょう」
ところが・・なんら反応がない。
このお嫁さんならこの言葉に打てば響くようなつっこみが入りそうに思ったのであるが、無反応なのである。
意外に思いながら顔をあげてみると、お嫁さんは上目使いで私の顔を見ながら、
「先生、そこは受けないといけないところですかあ? えーと、座布団、座布団・・」
そんなお嫁さんに聞いてみたことがある。
「介護って、辛くはありませんか?」
全然大丈夫ですよ~という、いつもの明るい雰囲気の答えを期待していたが、お嫁さん、ふっと憂いを含んだような表情を見せ、
「そりゃ、しんどくなることだってあります。そんな時には辛いことはみんな裏の川に流してしまうんです」
と窓の外を流れる小川の方を見る。
ちょっと意外な反応に戸惑う私に向かって、
「でも、ほんとうに辛くなったら・・おじいちゃんを流しちゃったりして~」
と、底抜けの笑顔。
ほんとうに素敵な人だ。