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椎間板ヘルニア その3

 3日続いた発熱、下痢の後、整形外科と麻酔科の診察のため大学病院へ。

 気がつかれた方もあると思うが、入院や手術の日程まで決まっているのに、私は今まで一度も整形外科での診察を受けていない。
 聞くと、すでに整形外科では術前カンファレンスに私が登場したらしい。
 担当医は私の顔さえ知らないのではないか。

 いくら母校だとはいえ、なぜ VIPでもない私にこんなことが許されるのか。
 ひとえにそれは整形外科の教授と私が古くからの知り合いだからである。

 おばあちゃん思いだった整形外科の教授。
 かつてそのおばあちゃんが泌尿器科に入院した時の担当医が卒後1年目の私。
 まだ卒後2年目だった彼はいつも私の所におばあちゃんの様子を聞きに来ていた。

 それから時は流れ、片や各地から有名人が頼ってくる日本中に名の知れた整形外科の教授となり、片や町の小さな診療所の院長。
 一応二人とも組織のトップには変わりはないんだけど、立っている山の高さが違いすぎる。
 あの頃は大した違いはなかったのになあ・・
 
 その教授から「格好がつかないから入院前に一度ぐらいは顔を見せに来いよ」 

 整形外科の受付にいた看護師長。
「先生、どうしたんですか?」
 彼女もかつての同僚である。君も出世したんだなあ。

 麻酔科での診察を指示されて行ってみると、私の前に座った担当医、
「先生、どうしたんですか? どこかで見た名前だと思っていたら・・」
 大学のクラブの後輩・・覚悟はしていたが、周囲は知った顔だらけである。

 他科である整形外科と麻酔科でこの状況である。
 これが泌尿器科となると・・ 考えるのも恐ろしい。
 
 できるだけ顔を隠して移動しよう。
 指名手配犯の気持ちが少しわかるような気がする。

 そして午後からの整形外科での教授診。
「おお~、久しぶり。思ったより元気じゃないか」

 診察なんてせずに世間話ばかり。
 芸能人の誰が来たとか、スポーツ選手の誰から電話が来たとか・・後ろには学生達もいるのに。

「ところでお前、思った以上に普通に歩けてるな」

 このあたりはさすがである。
 実は前日あたりから足の麻痺は急に改善し、痛みも明らかに軽くなっていたのである。
 駐車場から整形外科まで一度も休まずに歩いてこられたし。

 思い当たる理由はただひとつ。
 3日間続いた下痢で、一挙に体重が3~4キロ減少したこと。

「この程度のヘルニアなら1時間で治せるけど、それだけ歩けてるなら手術なんてする必要はないぞ。私も忙しいんだよ。入院はキャンセルしておいてやるからさっさと帰れ」

 忙しいって・・さんざん無駄話をやってたくせに。
     
 人間の運命なんてちょっとしたことがきっかけでコロコロと変わるのである。

 さっそく職員達に LINE
「手術キャンセルになりました。休診を取り消して仕事していい?」

 即座に全員から「はい!」

 ヘルニアになってこの2ヶ月、散々ひどい目に遭ったけど、ちょっと幸せな気持ちになれたこともあった。
 職員の気持ちとか、普通に歩けることの有り難さがわかった事とか。
 
 悪いことといいことは、いつも混じり合ってやって来るんだ。
 そんなことを思いながら、大学病院を後にした。

 それから何年かが経った今も、私は相変わらず時々訪れる腰痛と一緒に生きている。


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